惰性と根性
先程まで吹いていた風は止み、グラウンドはむせ返るような暑さだった。
二人がそれぞれコートの中にある魔法陣を踏むと、Aコート一帯が青い半透明の膜で覆われた。これは外の世界と中の世界を分断する為のもので、万が一の事態に備えているのだ。
開始の合図で、耳を劈くような笛の音が鳴る。両者共に身構えた。
「出でよ、弾丸。ジョーヌ・オビュ!」
先に仕掛けたのは、意外にもカネルだった。周りの地面が光り出して、幾つもの岩石がラファール目掛けて突進する。
「風の刃よ、力を貸し給え。ヴェール・ラム!」
風。というよりは、緑色の衝撃波のようなものが集まって、弾丸目掛けて飛んでいった。
やがて双方は激しくぶつかり合い、相殺したかと思ったが、属性の優勢により勢いを余した風の刃はカネルに襲いかかる。
「やはり駄目ですか......。母なる大地よ、我を守り給え。ジョーヌ・プーペ」
土煙が一帯に広がり、残ったのは砕け散った土の人形だった。カネルは魔法により脱出していたのだ。
それも、ラファールの背後に。
「大地の波よ、彼を飲み込め!ジョーヌ・ヴァーグ!!」
またもカネルが仕掛けた。大地がうねり、岩石や土砂が波のように迫って、ラファールを覆い尽くそうとしていたが......。
「我を守れ!ヴェール・ブークリエ!」
ラファールは間一髪のところで土砂の波を抑える。しかし、残った『波』が壁のように立ちはだかり、彼の視界を遮った。
「こんなもの吹き飛ばしてやる!目の前に今活路を開き給え!ヴェール・ラピッド!!」
轟音と共に嵐のような衝撃波が苛烈に土砂の壁を襲い、いとも簡単に吹き飛ばした。
しかし、彼は気づいていなかったのだ。カネルが『ジョーヌ・ヴァーグ』を唱えた本当の意味を。
「母なる大地を崇拝せよ。そしてその力を見せつけ給え......。」
カネルの声は上空から聞こえた。
彼女は待ち構えていたのだ。
ラファールが油断する時を。
少し前のこと、『土石流』を唱えた後すぐさま彼女は前方へと走った。
食い止められるのは予想通りで、土砂の波を坂にして登り、一気に上から奇襲したのだ。
「テール・エピー・グラン!!」
巨大な剣がラファールの首筋を斬る。それと同時に彼の致命ゲージが赤い文字の『100%』に切り替わった。
再び笛の音が鳴った。これは演習終了の合図だった。
「3番Aコート試合終了。勝者、カネル・ショードロン。」
その声の後に、辺りは歓声が沸きあげた。主に女子からの歓声だった。
私は、その光景が信じられなくて、でも嬉しくて仕方なくて、唖然としていた。
「これでステレールちゃんに良いとこ見せられたかな。」
演習の疲労で少々顔を火照らせたカネルは、満足気に空を見つめていた。
その一方、ラファールは他の男子生徒にからかわれているようだ。
『肩慣らしにはなる』などと大口を叩いていた所為か本人は酷く赤面していた。
「ショードロンさんは強いね。それに対して戦闘技術で遅れをとってしまっていた。彼も、私も。」
隣にいたフィセルが呟いた。今にも消えそうな寂しい声だった。
「フィセルも? 」
「うん。私の魔法技術には自信があるけど、戦闘技術は残念なレベルだから。」
少し言葉を考える。魔法が何一つ使えない私にとっては贅沢な悩みだ。思いつかない内に、彼女が次の言葉を発した。
「このままじゃ、実技テストが心配だな。」
「それって、私がいるから?」
我ながら意地悪なことを言ったものだ。口を咄嗟に抑えたフィセルの顔が青褪める。
「私は、そんなつもりで言ったんじゃ......。」
「ごめんね。わかってるよ。フィセルは優しいもんね。」
「えっと......。」
彼女は困惑していた。このまま黙っているだけではダメだな。キザになる勇気を出そう。
「でもさ、それだったら何も心配なものなんてないよね。」
「どういうこと?」
「普通、天は二物を与えないんだ。でも、フィセルには既に二物が与えられた。だから、完璧になろうなんて思わなくて良いんだよ。あなたはもともと完璧以上の存在なのだから。」
フィセルは顔を赤らめると、それを見せまいと俯いて、私のすぐ近くまで寄った。
「頑張りましょうね。一緒に。」
こんな距離だからようやく聞き取れる、囁くような声だった。
「うん。」
また、風が強くなった。太陽が雲に隠れた所為で、辺りは少しだけ暗くなる。
ああ、やっぱり慣れないことをするものじゃないな。赤くなった顔を隠すには丁度いいか。