まどろみの教室
異世界でも夏は暑いものだ。
クーラーのような文明の産物もないから、それを痛感してしまうことだろう。
実技テストは再来週か。時間がないと文句を言い難いが、決して十分な期間とは言えない。
そこのところはやはり教師だ。絶妙に計算されているのだろう。
教師の声が小さくなっていく。
視界がだんだん虚ろになる。ああ、ダメだなこれは。昨夜は色々考え事をしていて中々寝付けなかった。
そのツケが今回ってきたのだろう。
「ステレールちゃん、大丈夫? 」
隣に座っていた友人のカネルが不安げな表情で訪ねてきた。
「え、大丈夫だよ。ちゃんと、起きてるから。」
寝ぼけた私の台詞は、呂律が回って居らず、変な場所で区切られていた。これではとても隠せていないだろう。
「ステレールちゃん......。私は寝てるだなんて言ってないよ。」
どうやらそれ以前の問題だったらしい。少し反省しないとだな。
カネルは適当な返事をされた事を不満に思っているのか、頰を膨らませていた。
「ごめんごめん。悪かったって。」
「どうせ昨日も夜更かししてたんでしょ。」
う、図星だ。何かを誤魔化すかのように右手で自分の左袖を握った。
「だって、仕方ないじゃん。いきなり実技テストだなんて。」
「あれは私も驚いたな。でも、当日まで内容は秘匿されているでしょ。考えても意味ないよ。」
「私にとっては死活問題なんだよ! 成績なんて筆記試験だけで取ってるようなもんだし。」
少し熱くなってしまった。小さな声で話していたつもりだったが、流石に気づいたようで、近くにいた数名の生徒がこちらを見てきた。
態とらしい咳払いをして、話を続ける。
「とにかく、余りに酷い点数を取ったら下手すりゃ留年だよ? 私。」
「でも、ステレールちゃんのペアの人が何とかしてくれるでしょ。」
フィセルのことだ。昨日のことを思い出す。本当に色々なことがあった日だった。今日がまだこちらの世界に来てから1日しか経っていないとは驚きである。
「でも私、フィセルのこと何にも知らないんだよね。」
「あれ、もう名前を呼ぶ仲になったんだね。」
カネルは、意外そうな表情をしていた。しまった。これは少し不自然だったか。何と言い訳をしようか。
「あはは......。名前を呼ぶことすらこれで初めてみたいなものだから、つい。」
「ふぅん。本当かなぁ。」
やっぱり疑われるか。まあ、今回は私の誤魔化し方が下手だったからだけど。
あれ、私。さっきから誤魔化してばかりだ。何をそんなに隠したいのだろう。後ろめたい事なんて一つもない筈なのに。
「うぅ......。本当はそうじゃないんだけど、下らない内容だよ? 」
「ぜひ聞かせてほしいな。ステレールちゃんの口からね。」
カネルは真顔だった。なんだか威圧されているような気分になる。
ここは正直に話そう。減るもんじゃないし。
私は昨日あったことを全て話した。
最初こそ怖い表情をしていたカネルだが、次第にそれは緩んだ。
「へぇ、意外。エクレールさんってもっと冷たい人だと思ってた。」
「私もだよ。でも、昨日話したきりだから、それ以外のことはさっぱり分からないんだ。」
「あの人って基本的に誰とも関わらないタイプの人よね。」
「うん。やっぱり誰に聞いても彼女のことは分からないだろうなって思うよ。」
でも、一回は話すことが出来たんだ。これから知っていけばいいよね。
先程まで私に襲いかかっていた睡魔もいつの間にやら閑談の隙間に入り込んでしまったようで、すっかり見る影もなくなっていた。