寡黙なる激情家の目覚め
諸事情により次回から毎日更新が難しくなります。
ーーマーガレット王国.エカルラート市.王国議会
「それで、なんだったんだね。あの茶番は。」
スーツを着た目つきの悪い男が、追求する。彼らの目は、マーガレット王国の軍事関係者に向いていた。
「茶番ではありません、財務大臣。あれは前哨戦でございます。」
軍事関係者は臆することなく答えた。
それでも、財務大臣の苛立ちは見え見えだった。
「前哨戦だか何だか知らないけどね、聞いたぞ?惨敗なんだって。それに、相手がクリザンテーム軍ならまだしも、マイース王国ら小国勢なんだからな。」
「それは......。」
軍事関係者は弁明の言葉を述べようとしていたが、財務大臣の声にかき消された。
「国民の税金奪った挙句に国王陛下のお顔に泥を塗るとはどういうことなんだって言ってんだよ!」
議会の冷たく乾いた空気が、電撃でも走ったかのように震えた。
冷静を装っていた軍事関係者もしばらくの間呆気にとられていた。
それに見かねた一人の男が、代わりに前に出た。彼は軍の参謀長だった。
「いいえ、財務大臣。作戦は成功しました。」
「はあ?」
「まあ、これを見てください。」
軍事関係者に手伝わせて何枚かの地図を議員全員が見える位置に掲げた。
「これはスリジエ公国における作戦区域の正確な地図です。」
まばらに聞こえた野次は止み、議員は地図に釘付けになった。賞賛の声も聞こえた。
「我々は小規模の国境紛争を装って、工作員を次々と投入しました。情報は地形だけでなく、路線図などの正確な情報も入っており、爆破準備もできています。」
「それは......確かに、凄いが......。」
否定的な態度を取っていた財務大臣さえも、その成果を認め始めた。議会の方向はこの時ほぼ一致していた。
「ですから、我が国を拡大するのは今しかないのです。国王陛下。」
視線は議会の中心、マーガレット国王に集まった。
国王は少しの間考えるような素振りを見せて、最後には黙って頷いた。
これは、公国滅亡の戯曲なのか。
それとも......。
ーークリザンテーム王国.イロンデル市
緊迫した空気の中、人差し指で真っ白なボードに書かれた文字を追って、ただ一点を見つめていた。
チーム番号D......これは違う。E......これも違う。F......!
「あ、あった!チーム番号Fだ。」
「本当だ!ちゃんと六人載ってるね。」
あれから数週間後のことだ。私たちは、親善攻城戦のチーム発表に立ち会っていた。
チームは私と、フィセル、カネル、プラハを加えたスリジエ公国出身の生徒4人に、初都や仄香といった大菊花帝国出身の生徒2人の計6人によって構成されている。昼での偶然の出会いが、今につながっているのだ。なんだか不思議だった。
「改めてありがとうね、私たちを入れてくれて。」
仄香が後ろから声をかけてきた。表情もあの時とは違い、どこか嬉しそうだった。
「こちらこそ!なんだか良いね、こういうのって。私、わくわくするな。」
こんな気持ちいつぶりだろうか。忖度ばかりで、他人と協力して何かを成し遂げることの喜びを忘れてしまった転生前とは、まるで違う。どれもこれも、皆様のおかげ様である。
感謝か......。と私は複雑な気持ちになった。感謝ができるということは、実は素晴らしいことなのではないかと、私は思う。
「あの......リーダーは誰にしますか。」
今まで黙っていた初都が呟いた。
ルール上『リーダー』という役職は存在しない。しかし、これも暗黙の了解のようなもので、6人を統率する為のリーダーが各チームにいるのだ。
話し合いを円滑に進めるためにも、信頼できる人間をリーダーにして、作戦などの立案を委任するといった方式が定石だった。
「カネルさんがいいんじゃないかしら。」
「え、私!?」
フィセルの言葉にカネルは戸惑っているようだった。
「あ、ごめんなさいね。でも、戦闘技術も抜群だったし適任じゃないかなって思ったの。」
「いや......そんな私は......。」
私もフィセルの意見に賛成だ。カネルはあまり乗り気ではないみたいだが、戦闘技術だけでなく、頭脳明晰な彼女はそれこそ適任である。
「あらあら〜楽しそうね。私も入れてもらいたいわ。」
私の思考が 不愉快な声によって遮られた。あいつらだ。例の、初都たちを侮辱した三人組である。
リーダー格のフー・ロンブレに加え、コライユ・ラトロシティーとネーフル・カッセらが取り巻きとしてくっついている。もちろん攻城戦では三人仲良く同じチームだ。『私も入れて欲しい』だなんて、よくも言えたものである。こちらから願い下げだ。
「何の用?」
応答したのは仄香だった。恨みがあるようで、随分と睨んでいたが、ロンブレらはヘラヘラとしていた。
「観察よ。女の子だけで作られたチームなんて聞いたことないわ。」
軍人というものは、一般的に男子が目指すものだ。そして、男子の方が力量があるのも事実である。
ロンブレのチームも、1:1の男女比で構成されているが、それでも女子が多い方である。そもそもの数が少ないので、いても1〜2人。いないチームもザラにあるのだ。
「ふん。それだけ?」
「そんなわけないじゃない。こいつを見に来たのよ。」
ロンブレが指差したのは私だった。唐突な出来事に、目を丸くした。
「聞いたわよ。こいつ、魔法もろくに使えなかったんですってね。舐めてるのかしら。勝つ気あるの?」
私は言い返そうとしたが、言葉が出なかった。しかしその時、後ろにいたカネルが前に出た。カネルは私たちの方を向いて
「やっぱり私、引き受けますね。リーダーの件。」
と小さく言った後、ロンブレたちの方に体を向けた。
「ありますよ。絶対に勝ちます。」
カネルは至って真面目だったが、ロンブレたちは嘲笑した。
「もしかして攻城戦で留学生側が勝ったことないのを知らないの?あんたらなんて到底無理よ。天地がひっくり返らない限りあり得ないわ。」
これはなかなか信じがたいことではあるが、事実だ。これだけ聞けば、プラハが『出来レース』と表現したのも頷ける。
「そうですか。それは困りましたね。」
カネルは微笑んでそう言った後、踵を返した。先ほどの表情が嘘であるかのように険しい表情だった。
「さっさと行きましょう。エリートがうつってしまいます。」
カネルの言葉通り、私たちはその場を後にした。なんだか、複雑な気持ちだ。最初の高揚感を、ロンブレたちにぶち壊された気分だった。
今まで一度もなかった勝利。それを実現するのは難しいだろう。きっと、実力差以外にも別の何かが働いているに違いない。
どうしたら......。
今はカネルの判断に任せることしかできないことが、なんだか情けなかった。