予定調和
教室の前列で留学生と地元の生徒とのいざこざが起きている一方、後ろの方の席にいた私たちは、傍観者でいることしか出来なかった。
留学生二人が後ろの席へと移動してくる。心配で見ていたら、つい目が合ってしまった。嫌な奴だと思われてしまったかもしれない。
「いきなり他人の母国を馬鹿にするだなんて感じ悪い。なんだか荒れてるね。」
カネルが私の耳元で小さく囁いた。
私も全く同意見だ。
「そうだね。一人だと狙わそうだから、なるべくみんなで行動しよう。」
ふと辺りを見渡して、気づいたことがある。私たちは明らかに周りから浮いていた。というのも、男女比率が少々おかしいのだ。とにかく男子が多い。全体を10とすると7:3くらいだろうか。私たちみたいに女子でまとまっているグループは見当たらなかった。
「なんか男子が多いね。なんでだろう。」
「軍隊に入るのは基本的に男子だから。僕たちは本当に珍しい。」
特に気にすることもないような口振りでプラハが言った。今『軍隊』というワードが聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか。戸惑う私の様子に気がついたのか、フィセルが口を開いた。
「あ、そういえば説明し忘れてたわね。この学校は軍の魔法使いを育てる学校で、卒業したらその殆どが入隊するのよ。」
残念ながら気のせいでは無かったようだ。フィセルはあっさりと言うけど、私は軍隊なんて御免だ。
「え、早く言ってよ!?私、軍隊なんて入りたくないよ。」
別に結果が変わるわけでもないが、わざとらしくうなだれる。
「あれ、ステレールちゃん知らなかったの?でも、軍隊って結構人気なのよ。手当も手厚いし給料も高いから。」
カネルは軍人の娘ということもあり、軍隊には全く抵抗もないようだ。事情が違うんだよ......。私は元々戦争とは縁のない平和な国に生まれて来たというのに。
「それに、実技試験を受けて入学する学校なんて、普通に考えたら特殊。」
「うう......。確かに。」
プラハに尤もなことを言われてしまった。しかし、軍人か。人生十数年生きて来たけど、一度も考えたことなんてなかったな。
「とにかく、今伝えることがあるとしたら、ここの男子は女子に飢えているわ。ステレール。よく覚えておきなさい。」
フィセルは怖い顔をしていた。想像はついていたけど、いざ忠告されるとなると不安になってくる。
「そうだよ......。ステレールちゃん。少しでも埃がついたら私が払い落としてあげるからね。」
カネルも同じような表情をしていた。独特な表現が寧ろ怖い。
プラハに目で助けを求めるが、『面倒なことになったね。』と言われただけだった。
ーー実技専門の魔法使い養成学校ということで、筆記の授業はまやかしのようなものだった。軍人に知識は必要ないのだろうか......。と思ったが、戦闘技術を学ぶ私たちは、謂わば『兵士』である。ひたすら学問に投じるのは将校の役目なのだろう。
午前の授業は昼近くから始まったため、約70分間の授業が終わると、直ぐに昼食の時間になった。
現在、私たちは食堂に来て席を探していた。食堂もまた、校舎と同様に立派な造りをしている。高級なレストランにでも入ったかのような気分だ。しかし、注文してから席を取らないといけないシステムだから、折角の温かい食事が冷めてしまわないかが心配だった。丁度窓際の六人席が空いていたので、端っこに四人で座った。
「ふぅ。やっと食事にありつけるね。」
プレートを置いて、安堵した。私が注文したのは、パスタに似た料理だ。やはり、馴染みのある食べ物が一番である。
皆で一息ついている中、一人の少女が此方にやって来た。
「あの、この席空いていますか?」
顔を見たら、先程の留学生だった。例の件もあって、不安で仕方ないのか、少々怯えている様子だった。
「どうぞ。空いてますよ。」
カネルが答えると、少し安心した顔をして、頭を下げた。
「おーい。仄香ちゃん!こっちこっち。」
どうやらもう一人の方を呼んでいるようだ。呼ばれた彼女は、直ぐに気づいて慌てて此方に駆けてきた。
「もう!離れるなって言ったそばから......。」
「ごめんなさい。でも席は取れたよ。」
「そういうことじゃなくて......。」
この仄香という人もなかなか苦労している様だ。私も側から見ればフィセルやカネルに迷惑をかけてばかりかもしれない。
少し会話も落ち着いたようで、二人とも席に着いた。
「ごめんなさい。いきなり押し寄せてしまって。」
仄香と呼ばれていた生徒が申し訳なさそうに頭を下げた。
「大袈裟ですよ。私たち留学生なんです。お互いに自己紹介しませんか?」
多分このような提案は転生前なら確実にできなかっただろう。変なところで自分の微々たる成長を感じていた。
「あ、それいいわね。」
フィセルも賛同してくれたようだ。やはり留学生同士で結束を図るのが一番である。順番などは決めていなかったが、カネルが自主的に手を挙げた。
「えっと、じゃあ先ず私から!『カネル・ショードロン』です。魔法属性は地。私たち四人ともスリジエ公国からの留学生です。気軽にカネルって呼んでください。」
カネルは慣れたような口振りで言った。もしかして、練習でもしていたのだろうか。カネルが発表したことにより、順番はカネルから時計回りに決定した。私はカネルから見て右隣に座っていたため、必然的に順番は最後だ。
「僕は『プラハ・ピスタッシュ』。魔法属性は......水。堅苦しいのとか面倒だからプラハでいいよ。」
プラハは相変わらずだ。しかし、魔法属性を言うことを躊躇ったのは何故だろうか。特に意味はないと思うが。
「私は『フィセル・エクレール』よ。魔法属性は火と雷......。」
「ええっ!?」
二人の留学生は信じられないといった様子だった。まあ、誰だって『魔法属性が二つあります』と言われれば驚くだろう。
「聞いたことあります。魔法属性を二つ持つ魔術師がいると。あなたのことだったのですね!」
二人のうち、特に気の弱そうだった留学生が前のめりになって目を輝かせた。この人は本当に魔法が好きなのかもしれない。
「そ、そんなに立派なものでもないわよ。私も余所余所しいのは苦手だから、フィセルって呼んでね。」
フィセルはやや引き気味だった。それに気づいた留学生は、慌てて姿勢を直す。
「おっと、失礼致しました。私は
『柊 初都』です。魔法属性は風。私たちは大菊花帝国からの留学生です。初都と呼んでいただけると嬉しいです。」
初都は、ハキハキと述べた。最初に見た時とは全く違った印象である。
隣の留学生も少し驚いているようだ。やはりいつもと違うのだろうか。
「......。あっ、ごめんなさい。私は『楠木 仄香』。魔法属性は無。この流れだと、私も仄香って呼んでもらいたいな。」
二人目の留学生の自己紹介が終わった。しかし、どちらもやけに日本人的な名前である。あまりにも久しぶりなもので、軽い感動を覚えた。魔法属性の『無』という言葉に反応してしまったが、これもれっきとした魔法属性だ。私が王宮で掛けてもらった『回復魔法』も、この無属性に属する。
「最後は私か、えっと、『ステレール・アルドアーズ』です。気軽にステレールって呼んで欲しいな。魔法属性は......星です。」
私が魔法属性を述べた途端、一瞬の間だけ場は沈黙に支配された。だから言いたくなかったんだ。自分で墓穴を掘る羽目になった。仕方ないじゃないか。魔法属性なんて言う気は無かったんだ。