三段撃ち
部屋の中は比較的清潔だった。二段ベッドが二つ、向かい合って並んでいる。壁には見覚えのある杖が立て掛けられていた。青い宝石の周りに波をイメージしたような金色の装飾がされてある。もしかしてこれは......。
「ピスタッシュさんも居るの?」
「うん、どこかに居るはずだよ。」
カネルが答えた。どうやら最後の一人は、『プラハ・ピスタッシュ』だったようだ。彼女はカネルのペアだった。私たちがペアで合格したのと同じように。彼女たちもまたペアで合格していたのだ。カネルを見た時点で、気づけたかもしれない。
正直、彼女のことはよく知らない。別に嫌というわけではないが、仲良くなれるかは本当にわからない。彼女のもまた、フィセルと同じように無口な印象があった。フィセルに関しては私の勘違いだったようだが、彼女はフィセルとはまた『違ったタイプ』の無口なのだ。つまり......その、無口というよりは無愛想なのである。
感情的な彼女は見たことがない。
「貴方の荷物はベッドの方にまとめてあるわよ。」
フィセルは向かって右側のベッドの下段を指差した。確かにそれらしきものが見える。
私の杖も置いてあった。久しぶりの対面である。思わず手にとって、少しの間眺めていた。
「あれ、もう来てたんだ。」
後ろから唐突に、フィセルやカネルのものではない声が聞こえて、驚いて振り返った。水色の髪の少女。声の正体はピスタッシュだった。
「もう!遅いよ。どこにいたの?」
カネルが頬を膨らませて言った。いきなり怒られた彼女はというと、流石にカネルの勢いに押されたのか、申し訳なさそうに苦笑した。
「ごめん。眠くて顔洗ってた。」
そう言いながら彼女は目を擦った。怠そうな表情はいつも通りである。
「ピスタッシュさん。これから宜しくお願いします。」
まずは挨拶だよね。相手に失礼のないようにしなくては。彼女はようやく私に気がついて、こちらを振り向いた
「プラハでいいよ。堅苦しいのも面倒くさいし。」
「えっと......。じゃあ、よろしく!プラハ。」
「よろしくね。ステレール。」
正直驚いた。プラハも他人を無闇に拒絶するような人間ではないようだ。やはりこればかりは話してみなくてはわからないものである。
でも、これなら楽しい学校生活が送れるかもしれない。
「そういえば、あまり話したことなかったけど、私のこと覚えていてくれたんだね。」
我ながら失礼な質問である。砕けた瞬間にすぐこれだ。
「そりゃー......ね。同じクラスだし、それに、寮に来てからずっとカネルにステレールの話を聞かされていたから。」
「何それ、恥ずかしい。」
カネルの方を見たら、きまりが悪そうに目を逸らされた。仕方ないからわざとらしく溜息を吐く。
「ところで、やっぱり授業とかあるんだよね。いつから始まるの?」
私が訊くと、プラハがおもむろに懐中時計を取り出して、時刻を確認し始めた。
「んっと、授業は午前からだから......。あと少しで始まる。」
「嘘、もうそんな時間だったの。」
フィセルは慌てて荷物の準備をし始めた。私こそ荷物を整えなくては。テキスト類はまだ束になって置いてある。
「じゃあ、二人が用意できたら教室に向かおうね。」
既に用意を終わらせていたカネルが言った。プラハもあれだけ面倒だのなんだの言っていた割にはちゃっかり用意できているようだ。
ーー教室に限っては、留学生もクリザンテーム出身の生徒も同じである。だから、留学生用の寮と比べて余計に清潔に見えた。私たちが教室に到着した頃には、もう既に殆どの生徒が揃っていた。雑談の声で騒がしい。
......。尤も、残念ながらそれだけではないようだが。
「あれぇ〜?貴方、可笑しな顔をしているわね。何処からの留学生?」
前の方の席に座っていた、例えるならばアジア系の女子生徒に向かって、クリザンテーム出身の生徒らが3名程で取り囲んでいた。
「......え、えっと。大菊花帝国です。」
囲まれた女子生徒は心細そうにして、小さく呟いた。
「え、なんだって?『大』菊花帝国ぅ〜?あの極東のド田舎国家が名前だけ見栄を張ろうだなんて笑っちゃうわ。貴方も恥ずかしくないの?」
三人の生徒の片割れが、嘲笑するように言った。残りの二人もわざとらしく嗤っている。
「そ、そんなことありません!帝国は私の誇るべき祖国です。」
女子生徒は立ち上がって抗議した。その声は細く震えていて、今にも千切れてしまいそうだった。三人はその態度につけ込むような形で口を開こうとしたが、また、別のアジア系の女子生徒がやって来て、囲まれた女子生徒を庇うように腕を伸ばした。
「なになに?貴方もこの子のお仲間さん?」
三人はそれに動じず、嫌味ったらしいセリフを口にしたが、庇った生徒はそれを無視して、囲まれていた生徒に
声をかけた。
「ほら、こんな場所にいるから目立つのよ。私の隣の席が空いてるわ。早く来なさい。」
「うん......。ありがとう仄香。」
先ほどの二人の女子生徒が教室の後ろ側の席へと向かおうとしている時、今まで一人の女子生徒を取り囲んでいた三人の女子生徒のうちの一人が不満げに声を上げた。
「は?何無視してんのお前ら。」
喧嘩腰の三人に対して、『仄香』と呼ばれた女子生徒は振り向いて、睨み返した。ただそれだけで、彼女は何も言わなかった。