遠い澪標
夜は用事があるため、朝に更新することにしました。変則的で申し訳ありません。
ーークリザンテーム王国 首都特別州 イロンデル市
馬車は揺れが酷くて、環境は劣悪だった。......と聞いていたが、移動は想像以上にゆったりとしたものだったため、車内で過ごす分には快適だった。移動手段として成り立っているのかは少々疑問を感じる。これなら歩いた方が速いのではないだろうか。
「あら、歩くよりは速いわよ。」
「嘘、声に出てた?」
フィセルは何も言わずに首を傾げた。こういう反応をされるのが一番怖い。もしかして心でも読んでいたのだろうか。
改めて街の風景を見ると、やっぱりすごいな。東京には全然敵わないけど、それとはまた違った魅力がある。昔、動画で見た『モダン東京』というものに似ている気がする。いや、ある意味こっちが本家なのか。
とにかく、シトラスとはまた違った風景を見る事ができた。建造物はより高く、より広くという印象である。馬車は浮いた存在なのではないかという不安もあったが、寧ろ町中は馬車だらけだった。
「すごい街だなぁ。」
思わず声に出てしまった。海外旅行だなんて、行った事があっただろうか。日本で生まれ、日本で育った私には、全てが新鮮に見えた。
「そうでしょ。この国唯一の自慢よ。」
フィセルは嬉しそうに答えた。しかし、唯一という言葉が気になる。私はクリザンテーム王国のことは何も知らないけど、他にもいいところはありそうだ。
「唯一ってどういう意味?」
「......あら。もう着いたみたいね。」
フィセルには話を逸らされてしまったが、到着したのは事実だ。ここが有名な首都魔法学校か。どうやら王宮の近辺にあったようで、普通ならば馬車も必要なさそうだ。敷地も広く、たくさんある建造物の一つ一つが大きいため、一つの街のように見えてくる。迫力は十分だった。
「ここが......。」
ここはまだ私にとって、ベールに包まれた新境地だ。この世界に来てから一ヶ月も経っていないけど、休むことなく運命に振り回されていた。
きっとこれからも振り回されることだろう。
......。なんて素晴らしいんだ。きっと私は、こんな人生を求めていたに違いない。全てが思い通りにいかなくても、それでいいんだ。私への罰には丁度いい。
私とフィセルは留学生用の寮を目指して学校の敷地内を歩いていた。
一体どうやって家から国境を渡って此処まで登校するのかが疑問だったが、どうやら留学生はこの寮で過ごすようだ。まあ確かにそうだろうなとは思った。私の祖国はスリジエ公国で、クリザンテーム王国の隣国だからまだ登校も考えられなくは無いが、どうやら他の大陸からの留学生もいるそうなのだ。
他の大陸か......。そもそもこの世界に来てから『大陸』というものを意識していなかった。島国の日本人気質ということでもあるのかもしれない。
やはり文化も全然違うだろう。留学できるということは、ある程度の文明国ではあるはずなのだが。
もしもこの世界を、元の世界での19世紀後半〜20世紀前半辺りの文明レベルだと考えると、たしかその頃は欧米諸国以外に近代的な文明国は非常に少なかったはずだ。この世界の文明レベルは意外に均等なのだろうか。
さて、今までそれほど気にしていなかったのだが、この学校の生徒だ。留学生は夏期に入学して、そのまま卒業試験を受ける為、当然在学期間は短い。だから、元から通っている生徒には珍しいものを見るような目で見られても可笑しくは無い。しかし、何だろうか、すれ違いざまに私たちを見る生徒の目は。あれは間違いなく好奇の目といった類のものではなかった。どちらかというと......。
「もしかして私、軽蔑されてる?」
「そうかもね......。貴女だけではないわ。」
フィセルの方を見る。彼女は周りを見て、表情を曇らせた。
「どうして、何か悪いことしちゃったのかな。」
彼女は少し動揺して、その場に止まった。心配になって声をかけようとしたら、彼女は小さく首を振って、また歩き始めた。
「この学校はね、この国でも倍率が高いことで有名なのよ。多分、私たちみたいに『小国の学校で行われたテストで合格した』くらいではとても入学できないの。」
「......。そっか。それならあんな目で見られても仕方がないかもね。」
やはり、あの目は妬みや嫉みの目だったのか。努力してきた人ほど私が、田舎でのうのうと暮らしていたにもかかわらずいきなり転入して卒業証書を『盗んだ』ように見えるのだろう。
「どうやら留学生へのイジメもあるという噂よ。」
「うへぇ......。それは怖いね。」
「だから、その......。常に私と一緒にいること!」
「りょ、了解!」
フィセルの勢いに押されて、声が詰まってしまった。
学生寮は既に目の前だ。話を聞いていてそれとなく予想はしていたが、これはまた随分年季の入った建物である。学校側まで留学生を乱雑に扱うなら、もうこんな制度やめてしまえばいいのに。
不貞腐れた顔をした寮長に挨拶をして、寮へ入っていく。
フィセルによると、A-206号室が私たちの部屋になるらしい。『私たち』というのも、部屋は四人部屋になっていて、そこに他の二人も待っているそうだ。こういうのって、席替えの時のような怖さがある。長期間一緒に暮らすということで、こちらの方がだいぶ重いけど。
「着いたね。」
「扉を開けるのは貴方よ。」
「やっぱりそうなるよね......。わかったよ。」
怖いな、本当に。怪物を前にするわけでもないのに、手が震える。
三回ノックしたが、返事はない。恐る恐る扉を開けると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ステレールちゃん、待ってたよ!」
カネルの声だった。思わぬ同居人に驚いて、油断をしていたら、咄嗟に抱きしめられた。
「う、嬉しいけど......。苦しい、離して。」
「やだ〜。絶対に離しませーんー。」
カネルはやけに嬉しそうだった。苦しいという言葉を聞いたからか、少し力を弱めて、私を抱きしめ続けた。
それでも、カネルが一緒というのは、本当に心強い。でも、フィセルは確か『4人』と言っていた。あと一人は誰なのだろうか......?