モーニング・ドール
あれから20分程、フィセルに事実確認を行なってもらっていたが、私の記憶が途切れるまでは大体同じだった。やはり私たちを襲ってきた兵士らはマーガレット国籍だったらしい。どうやら新憲法によってスリジエ公国の領有を正当化したらしいのだが、全くもって迷惑な話だ。こんな事で存在まで否定されてしまうとは、小国の君主が昼夜頭を抱えるのも頷ける。
一番心配だったのは、友人や家族のことだったのだが、敵は少数だったそうだ。スリジエ国境警備隊と短い交戦をしたのち、近隣カミレ諸国による怒りの出兵により、マーガレット王国軍は完全に鎮圧されたらしい。やはりカミレ諸国同士で民族意識もあるのだろう。なぜ未だにバラバラの国なのかが少々疑問だが。
気を失った後の話だが、私が決死の思いで唱えた魔法によって、半径100メートル程のクレーターのようなものができて、私たちはその中心で発見されたそうだ。随分大規模な魔法だったものである。
報告を聞いて顔を蒼ざめたクリザンテーム王国の先鋭部隊によって、高速でこの緊急治療室に運ばれたらしい。彼らは本当にご苦労だっただろう。
それにしても、人間は本気を出せば魔法も使えるんだな。いや、それは違うか。結局初めて成功した魔法も、まるで自爆芸だ。
話もひと段落ついた頃、今まで黙っていたショードロン参謀長が口を開いた。
「魔法が使えない人は珍しくありません。魔力の暴走も聞かない話ではないのですが、魔法が全く使えない人が魔力を暴走させるなんて、前代未聞なのです。」
「となると......。」
前代未聞。なら、私は何だと言うのだろうか。彼は小さく折りたたまれた資料のようなものを広げ始めた。
「クリザンテーム王国で貴方の体を解析させていただいたところ、魔法が使えるようになっていた事が発覚致しました。」
思わず驚愕の声が漏れる。先程からの衝撃が飽和して頭がどうにかなりそうだ。
「しかし、これまで見たことのない魔法構成でしてね。頭を抱えましたが、結局我々はこの魔法属性を『星属性』と名付けました。無理矢理区分すると、地属性魔法の派生型です。」
「ほし......ぞくせい?」
派生型魔法。聞いたことはある。天文学的な数字とも言える程の低確率で取得するらしいのだが、その魔法構成は不安定。例えるならば『亜種』だ。だから、必ずしも強いわけではないと言われている。
ただ、研究が全く進んでいないのが本音だ。更に、全く同じ派生型魔法というのは無いそうなので、実力は未知数である。
「この魔法で、何が出来るのですか?」
「その名の通り、星や宇宙を司る魔法属性なのですが、威力が高すぎる上に、魔法消費量が飛び抜けて多いので、実際使えるかはわかりません。」
「わかりました。ありがとうございます。」
予想通りといえば予想通りだ。私が最初に使った魔法だって同じである。力が強すぎて制御できないというのも何ともじれったい話だ。それでも、魔法が使えない私に比べたらマシな方だろう。
「そういえば、これからの流れについて説明していなかったわよね。」
フィセルが口を開いた。これからの流れとは何だろうか。
「本来ならば私たちはヴェルミヨン中等学校にこのまま通う筈だけど、それは出来なくなったわ。」
私は黙ってフィセルの話を聞いていた。ここまで来ると、寧ろ平静になってくるものである。しかし、何故だろうか。戦争状態だからというわけでも無いだろう。そもそもマーガレット王国軍は撤退したと聞いている。
「一週間前の実技テストの結果が出たの。結果は合格。私たち二人を含めた計4人はイロンデル首都魔法学校に短期留学することになったわ。」
「あとの二人は誰なの?」
「それは来てから分かるわ。二人はもう到着してると思う。丁度いいから向かうわよ。」
フィセルの言葉を聞いて、私は固まった。『今から』向かうってことですか?冗談じゃない。体を動かすことすら不十分なのに。
「で、でもリハビリとかは......。」
「ああ、多分それお腹が空いてるだけよ。高度な治癒魔法をかけてもらっていたから身体の方は万全な筈よ。」
フィセルが近づく。その手を私の背中にあてて、次の瞬間軽々と持ち上げた。お姫様抱っこというやつだ。
彼女の温もりが直に伝わってきて......じゃなくて。恥ずかしすぎる。体が十分に動かないので、抗議の目を向けることしかできない。
しかし、彼女はそれを気に留める素振りも見せず、私を王宮の外へと運んで行った。
「恥ずかしいよ......。早く降ろして。」
「本当にいいの?」
「意地悪......。」
王宮の外は八月の太陽が照っていた。眩しくなって目を瞑っていたが、直ぐに空は暗くなった。
驚いて目を開けると、天井で日光が遮られていたようだ。私はゆっくりと座席の上に置かれた。どうやら此処は馬車の中らしい。
扉が閉まる音がした。その音を合図に馬車がゆっくりと走り出す。
「具合はどう?」
隣に座っているフィセルが心配そうに聞いてきた。何を今更......。
「うう......。歩くことくらいなら出来るよ。」
「そういっても貴女、全く抵抗出来ていなかったじゃない。」
「それは......。」
自分でも信じられないほど体を動かせないのだ。昔、金縛りにはよく遭ったものだが、それに似ている。
フィセルは困惑する私に顔を見て、何故か微笑んだ。
「な、何が可笑しいの?」
「いいえ、ごめんなさい。本当はこうしたかっただけだったの。」
どういう意味なのだろうか。彼女の細い腕が、私の額にあてられた。
そして、彼女は静かに唱える。
「リベレーション」
体が浮くような感覚だった。まだ何もしていないけれど、解る。あの違和感が無くなっているのだ。どうしてだろう。まさか彼女が......。
恐る恐る手に力を入れてみる。
確かに動いた。腕も、足もだ。
それに気づくと同時に、怒りとはまた違った、遣る瀬無さすら感じていた。
「......。」
「わ、悪かったとは思ってるわよ。治療には必要なことだったの。」
「はぁ。もういいよ、別に。」
私だって、色々な事が起こりすぎて頭の中が半ばパニック状態になっていたのだ。このくらいのジョークなら却っていい薬になるだろう。