不佞少女の本懐
言葉にならないような思いが頭の中に浮かんでは消える。
いや、そんな事をしていたら本末転倒だ。私まで撃たれては救いがない。
フィセルの方を向いて、彼女を抱きしめる。そのまま前に倒れる形で伏せて、銃を構えた。
私が武器を持っていたことに驚いた兵士は慌てて銃を構えようとしたが、既に手遅れだった。一筋の光跡が兵士の胸を貫く。
「ごめんなさい......。私......。」
フィセルは今にも消えそうな声で私に話しかけた。
「無理して喋らないで! 今安全な場所に運ぶから。」
否、安全な場所などない。しかし、いつまでもここにいては見つかってしまうだろう。せめて茂みにでも隠れなければ。
フィセルの体は軽かった。一際木々の生い茂る場所を見つけて、そこに隠れた。大きな岩に彼女をそっと寄りかからせる。肩からはまだ血があふれていた。
応急処置といっても、止血くらいしかできない。鞄の中から支給品のガーゼと包帯を取り出す。ガーゼで傷口を抑えてから、包帯を巻きつけた。彼女の容態は悪化するばかりで、早く手を打たなければならない。
どうすれば......。ふと自分の腕を見ると、いつの間にかブレスレットは緑色に変化していた。しかし、無闇に黄色いビーズを引っ張った記憶もない。となると、可能性は一つ。運営側が異変に気付いたのだ。応急処置として自動人形の動きを止めたのかもしれない。もしそうだとしたら、ここで持ちこたえれば助けが来るということだ。
とはいっても、フィセルは危険な状態だ。今度兵士に見つかったら助からないかもしれない。
そもそも、あの兵士は何故ここにいて、何故私たちを攻撃するのだろうか。少なくともスリジエ公国ではないだろう。先ほどの兵士の台詞、『気配がしたかと思えば......』あれを聞く限りでは、この国の不特定多数を狙ったということで、私たちだけが標的である可能性は低い。
頭の中に部屋の古地図を思い浮かべる。ここは公国の北端。マーガレット王国との国境付近だ。ということは、あの兵士はマーガレット国籍ということでほぼ間違いないだろう。
不覚だった。日本は戦争とは縁のないような平和な国だったが、全てがそうではないという事を忘れていた。よもや、私たちが戦争の犠牲者になろうとしているだなんて、考えもしなかった。
そうしている間にも、銃声やら誰かの走る音やらが聞こえる。他の生徒は大丈夫なのだろうか。しかし、心配できる身ではない。着々と兵士に周りを囲まれている。不安が募るばかりだった。
「おい、こっちにもいるぞ!」
男の声が聞こえた。その時、冷たい矢で胸を貫かれたかのような絶望感が込み上げた。
男の声につられて数人の兵士が私たちの周りを囲んだ。
「顔はいけるじゃねぇか。」
醜い笑顔を見せて、こっちに近づいて来る。嫌だ......。彼女だけでも助かる方法は無いのか。
私は無力だ。魔法も使えない。銃では一人殺せて御の字だろう。直ぐに他の兵士から反撃を受けるに違いない。それでは結果は全く変わらないじゃないか。
でも、私には魔力がある。それを取り出す出口が袋に無いだけなのだ。
『出口がないだけ』もしも本当にそうならば、袋を破って仕舞えばいいのではないだろうか? 私も無事では済まないだろう。それは、何もしなくても同じ事だ。せめて、未来のあるフィセルだけでも助かるならば......。
どうせ捨ててた命じゃないか。今更乞うなんて、冗談みたいな話だ。
でも今度は、道ずれにしてやる。
「我が身を犠牲に、怒りの炎で焼き尽くせ......モール・デトワール」
私が唱えたその時、大地が揺れて、兵士達は木々諸共吹き飛ばされた。
成功してよかった......。これで死ねるなら本望だ。私の目は虚ろになって、世界は暗転した。
ーー暗い。ここは何処だろうか。
遠くで声が聞こえる。忌々しい声が聞こえる。もう、ほっといてくれよ。今更何の用があると言うのか。
「でも、あなたは......。」
「いつもいつもアンタは......。」
「ごめん、私......。」
大嫌いな人たちの声だ。思い出すと、今にも吐き出しそうになる。
「やめて。」
耳をふさいだ。頭が痛い。今にも壊れてしまいそうだ。
私、何をしていたっけ。何でこんな目に遭っているんだっけ。
......そうか。私は犠牲になったんだ。
ここは正しく......。
「貴方に最初で最後のチャンスを与える。」
頭の奥で、聴いたこともないような声が響く。
たった今気づいたのだが、私は『黄色い宝玉の銃』を持っていた。この場所に来るまで装備していた銃を、再び手にとっていたのだ。
「もしかして、貴方?」
宝玉に呼びかける。返事は返ってこなかったが、僅かに光った。
いつの間にか、大嫌いな声も聞こえなくなっていた。
再び宝玉が光る。今度は目が眩むほどの強い閃光であった。
ああ、やっぱり私、本当は帰りたかったんだ。みんなの居る、胡乱な世界に。