モーニングコールは見知らぬ人
頭の中で聞き覚えのない声が木霊する。
「......さい、......きなさい!」
この声は、誰の声だろう。
今まで一度も聞いたことがないのに、自分によく関係している人の声のような気がする。矛盾した感覚に、頭を苛まれていた。
「起きなさい!ステレール!!」
その言葉を聞いて、私は飛び起きた。
生きている。服も、周りの景色もみんな違うけど、生きている。転生してしまったのだろうか。
恐る恐る手を開いてみる。
「全く、まだ寝ぼけているの。」
先程の声の主が再び私に問いかけた。
えっと、誰だこの人。
「ごめんなさいお母さん。今起きる。」
思考よりも先に口が動いた。お母さん?この人が?
不意に頭が痛くなる。
何だろうこの感覚は、少しずつ思い出してきた。
この人は確かに私のお母さんだ。
そして私の名前は、『ステレール・アルドアーズ』だ。
聞いたこともない名前。といっても私自身なのだが、友達にも、知っている有名人にも当てはまらない、全く知らない名前だった。
「まったく、しっかりしてよね。今日も学校はあるんだから。」
学校。嫌な響きだ。私の中の記憶を辿る......。
うわぁ。私はかなりの落ちこぼれみたいだ。転生したのにこの有り様か。全く嫌になってしまう。
でも、友人はいるみたいだ。もし話しかけてきたらどうしよう。却って何も考えていない方が、口が勝手に動いてくれるかもしれない。
壁にかかった可愛らしい制服、
鳴らなくなった目覚まし時計、薄暗いランプに、個性的な像のぬいぐるみ。
何もかもが新しい。
折角二度目の人生だ。当たって砕けるのも悪くないかもしれない。
そう思えたのは、私が私でなかったからだ。そんな気がしてきた。
前世の死因は自殺だっただろうか。我ながらバカなことをしたなぁ。「責めて文学的な死を遂げたい。」だなんて、不謹慎もいいところだ。「私」らしいといえばきっとそうなのだろう。
軽い朝食をとって、一通りの身支度を済ませると、私は学校に向かった。
ここはローリエ大陸の数ある国々の中でも小国と呼ばれる『スリジエ公国』の首都、『シトラス』。
私が向かっているのは、『ヴェルミヨン中等学校』だ。
数学や外国語、魔法理論など職業選択には欠かせない基本的なことを学ぶことができる。
『魔法』......!
このワードだけで心躍る。
この世界には大きく分けて6種類の属性を持った魔法がある。
『火、水、地、風、雷、無』
それぞれの傾向は大方予想通りだ。
治癒魔法などは無属性とされているらしい。
まあそんなこと関係ないのだ。私は落ちこぼれ。どの属性の魔法適性でもないから、非力だ。
全く、こればかりは自分を恨むよ。
ーーヴェルミヨン高等学校南校舎
階段教室の端っこに、私はぽつりと座っていた。
授業の様子は日本にいた頃と変わらない。興味のあった魔法理論は意外と簡単なようだ。
魔力を込めて、『その魔法を的確に表す語句』を唱えるだけ。
九九のように呪文を覚えていくのだが、私は『魔力をこめて』という部分が一切できないものだから、魔法が使えないらしい。
実際に魔力はあるのだが、適性魔法がないから魔力を放出することができない。
例えば、電池のプラスとマイナスを逆にすると負荷は作動しない。私は丁度そのような状態にあるのだ。
「さて、ここで重大な発表がある。」
担任である魔法理論科教師のオリヴィエが声を低くすると、教室内は水を打ったように静かになった。
「再来週にある筆記試験だが、内容が実技試験に変わった。」
教室内がどよめく。不満の声を上げている生徒もいた。私こそ悲鳴を上げたい。魔法の実技なんて完全に落第点だ。
「まあ、困惑する気持ちもわかる。今回初の試みだからな。」
オリヴィエはこれくらいの反応なら想定していたようだ。
台本でも読んでいるかのように落ち着いている。
「何故この代から実技試験が始まったのですか。」
一人の女子生徒が質問した。
「それは答えられない。答えたとしても君が納得できる理由では無いと思う。」
回答とも呼べないようなものだったが、女子生徒は不承不承に席に着いた。
「実技試験の内容は明かせないが、ペア行動になる。籤で決めたから、そのペアだけは今ここで発表するぞ。」
ペアが発表される度に、歓喜の声や悲鳴が聞こえた。どうやら必ずしも男女ペアになる訳でも無いらしい。
ノートを纏めながら流れるように聞き流していたが、自分の名前が聞こえて、ふと顔を上げた。
「13番 ステレール・アルドアーズ 、26番 フィセル・エクレール 。」
生徒の視線が一気に此方に集まった。
この名前は確か......。