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ラングダッド戦記~幻術師たちの戦場~

作者: 佐藤大翔

 フィリアナ歴1942年、キーン大陸東部はデモス連邦とフィリアナ王国間の戦火に覆われた。

 開戦当初から両国は一進一退の戦闘を繰り返し、3年たってラングダッド砂原中部でにらみ合ったまま戦線は停滞した。そして私も、その戦線に転属となった。

 


「クリャと停戦だって…。いよいよわがフィリアナはデモスに的を絞ったな」

「北と南じゃなぁ、連絡もままならないからなぁ…。まぁ妥当じゃないか?」

 デイ砂原の北端、かつての国境、カイモスの街へむかう列車は軍属で混み合っていた。折しも北部戦域の停戦は新聞を通して南の端まで伝わってきているようだった。

「クリャなんて潰しとけばよかったんだぁ。くそっ、軍は何やってやがる。あんな弱小国蹂躙できねぇで何してやがんだ」

 酔った乗客が軍人相手につかみかかってきた。三等客車にはよくある光景だ。

「ぐぁぁっ…」

 その客は運悪く、まともな軍人にふっとばされて床を転がった。何人かはその男をよけて席をずらした。そのうちの一人が私の横に座って話しかけてきた。

「あの、おい、本当に北では戦闘が終結したのか?」

「なぜ私に聞く?新聞に書いてあるだろう?それ以上のことは私も知らない」

「いやなに、君は軍人のようだから、もしかしたら北から来たのかもしれないと思ったんだ」

 軍服を着ているとこういう時に厄介だ。

「北から来てたらなんだ?詳しい話ができるほど上の階級ならそもそもこんな客車に乗ってない」

 その男はにやりと笑った。

「なるほどね。だがその場の雰囲気はその場にいた人間にしかつかめない」

「おい、戦場の雰囲気がお前にどう影響する?お前は何の仕事をしてるんだ。戦いの臨場感を感じるためだけにこの列車に乗ってるのか?暇ならその暇を精一杯享受しろ。それとも自殺願望でも持ってるのか?なら列車を降りろ。人気のないところで撃ち殺してやる。迷惑にならんようにな」

 男は低い声で笑った。

「はっはっ、俺は医者だ」

「医者?幻術師じゃないのか?さては人をたぶらかすのが仕事だろう?」

「医者とは幻術師であるが、その逆はそうとも言い切れんな。ま、その通りだ。人の寿命をたぶらかすのが俺の仕事さ」

「医者が戦場に何の用だ。人体実験でもするのか?」

「おいおい待ってくれ、医者にとっちゃ戦場が最大のお得意様だぞ?バリバリ働いて経験を積みに来たんだ」

「普通の医者はこんなとこに一年いて有能になるより地元の大学病院で新米のまま十年間いたほうがましだと思うはずだ」

「ふっ、君は面白いやつだな。そんな医者はいつまでたってもまともな医者にはならんさ。…まだ俺の質問に答え終えていないぞ。安心してんじゃねぇ」

「北の話か?ああ、とっくに終わってるよ。半年前には戦闘なんかしていなかった。お前の同僚たちも私が出発したころにはほとんど残ってなかった」

「はっ、一度にうまい具合に片づけやがって…」

 その医者は懐から何か紙で包まれたものを取り出した。

「クリャの郷土料理ビーニャを知ってるか?パンの中にたっぷりのジャムと肉を詰めて焼くのさ」

「なるほど。半年前だったらさらし首だったな。クリャに行ったことがあるのか?」

「いや、ない。戦争中だったからな。こっちの戦闘が終わったら行くつもりだ」

 医者はもくもくと食い始めた。私もフィリアナ軍用糧食のおにぎりを一つ食べた。

「そういや戦争では幻術が使われだしてるって聞いたが…」

「何のことだ?噂だろう」

「…ま、敏感になりすぎてもいけねぇや。実は最近幻術症に凝ってるんだ。専門にするか迷うぜ」

「勝手にしてろ」

 その後列車は途中何もなくカイモスに着いた。ここから先は自動車移動だ。

「おい軍人、俺の名はプラントってんだ。君とは戦場かどこかでまた会いそうな予感がする。俺の勘はよく当たるんだ。よろしく」

「私はダイナだ。まあ会うことはないだろうが」

 医者はすぐに人ごみの中に紛れていった。私も身なりを整えて戦場行きの停車場に入った。もうすでにバスが止まっていて半分くらい席は埋まっていた。バスはすぐに発車し、三時間ほどまっすぐ草原の幹線道路を走って前線司令部に着いた。たったの三時間分司令部を移動させるのに三年かかったわけだ。

 


「ダイナ・ドラグナ二等兵曹、第125偵察作戦大隊より転属。よろしい、ようこそ南部戦線へ。君の武器は需品本部においてある。軍用コードと氏名を告げればくれるだろう。それと、今回の君の所属は輸送隊警備中隊になる。もちろん、後方任務ではない。上層部でも君の能力は買われている。…それと、君には部下が一人配属されている。隣の部屋で待機している。速やかに顔合せするように。君の活躍を祈っている。以上」

 前線司令部の本部兵舎はにわか作りにしてはクーラーが効いていた。ここの勤務員たちはさぞ戦場の暑さを知るまい。言われた通りに隣の部屋に入ると、輸送隊の軍服を着た女が立っていた。

「ダイナ二曹でありますか?」

「そうだ」

「エマ・グリッツ、一等兵です。よろしくお願い致します、二曹」

 随分と若い女だ。髪が少し長いのが気になるが、前髪はきちんと留めてあるようだ。背丈は女にしては高い。

「お前は一般兵か?」

「はい、特殊な技能の持ち合わせはございません」

「私の部隊は幻術を取り扱う。そのための知識は必要なんだが、間違えて配属されたわけではないだろうな」

「はっ、前の職場で取り扱っておりました。この度は二曹のサポートをするようにと仰せつかっております」

「よろしい、装備は?」

「需品本部に行くよう仰せつかっております」

「私もだ。すぐ兵舎を出る。ついてこい」

「はっ」

 外は日が昇っていてさっきより暑く感じる。需品本部は本部兵舎横ですぐ見つかった。転属してきた奴が随分と多かったのか、順番待ちの列ができていた。

「エマ、軍務経験は?」

「インカ軍港の警備に二年ほどいました」

「その前は?」

「軍学校であります。高校卒業後に入学いたしました」

 軍学校は一般課程だと三年ある。すると歳は二十前半か。

「軍港では何をしていた?」

「申し訳ありませんが、機密に属す内容です」

 単なる警備なら機密ではない。インカで幻術を取り扱っているという話は聞かないが、幻術実験の警備といったところだろう。

 列はすぐに進み、私は装備を受け取った。紅20式狙撃銃とサバイバルナイフ、オートマチック一丁に手榴弾三つ。いつものやつだ。エマのほうは狙撃銃の代わりにヘリカルマガジンのついた自動小銃やもろもろの装備一式を受け取っていた。

なかなかタフな女性兵士だ。


 

前線へ行くために、われわれは輸送隊の車両に乗せてもらうことになった。

「おいおい、おまえ、どんな徳積んだら別嬪さんを部下にできるんだ?」

「エマのことですか?」

「エマ!おいおい、もう呼び捨てか、やるじゃねぇか。荷台の彼女、さっさといてこませ!」

 隣の運転席に座った輸送隊の一曹はしゃべり好きの老兵だった。後ろに聞こえてないことを祈りつつ、私はひたすら前を凝視した。

「女性兵率三割なんて嘘だよな。相当の数、後方にいるんだから。前線じゃ全然女なんて見かけないぜ。おまえさんも、彼女の管理をしっかりせんと、な?年頃の盛んな男どもに盗られてからじゃ遅いぞ?」

 ふと飛行機のエンジン音が聞こえた。

 隣の一曹も聞こえたらしく、すぐさま隊を停めて部下にいくつか指示を飛ばした。

「どこから来るか、わかるか?」

 車列はちょうど谷間に入ったところだった。音が反響して聞こえづらい。

「六時の方向、COIN機一機接近!」

 エマが後ろで叫んだ。よく見てみると、超低空で後ろから近づいてくるのが見えた。

「でかした彼女!おいてめぇら、機銃ぶっ放せ!あいつをさっさといてこませ!おい狙撃兵さんよ、おまえも仕事しろ。一応護衛なんだろうが」

 私は銃を準備して荷台の後ろに固定した。近くで機銃が斉射された。一発も当たらない。見つかったことを悟ったcoin機は上昇しようとした。その寸前、一発撃った。一瞬、風防が赤く染まるのが見えたが、すぐに上昇してわからなくなった。しかし操縦士に命中したことは確からしく、ストールを起こして機は墜ちていった。

「ヒット!さすがです」

「やるじゃねぇか!」

 私は無言のまま銃をしまった。

「ま、狙撃だと相手の顔が見えちまうもんな。悩むなって。悩む暇あったら女と一発やってこい。そうすりゃたいてい治る。…野郎ども!出発だ!モノをしまえ!おくれるな!」



輸送隊とは次の兵站基地で別れた。そこから十キロメートルほど先が最前線らしく、たまに砲撃の音が聞こえた。

「…幻術師がいるって?」

「…そいつら小隊組んで突進してくるらしい…」

「…中隊が全滅したって…」

 需品本部は半ば酒場になっていた。われわれが入ったとき、戦場の怪奇譚で盛り上がっていた。

「おい!幻術なんてあるわきゃねぇ!おまえら敵の雰囲気に流されてるだけだ!うっせえから黙ってろ。飯が進まねぇ」

 需品の手続きを済ませた後、面倒ごとを避けるべく、われわれは外で給食を食うことにした。

「エマ、戦場で幻術師を見たことはあるか?」

「ありませんが、私は軍学校及び軍港で対幻術師戦の訓練を受けました」

「幻術は人間の想像力を現実に影響させてきたこれまでの営みからうまれた。芸術家の創造や発明家による技術革命はだいたいこういった力によってなされてきた。街でなら見たことのある奴も多いはずだ。たいていの幻術は多少錯乱させるほどのものでしかないが、いかんせん戦場は人の命が交差する場、多少の混乱が大きな混沌を産む。それが相手の狙いだ」

「戦場では幻術は本当に実戦投入されているのですか?」

「そうだ。私の部隊は常に幻術が使われた場所に投入され、対処を迫られる。幻術は血に宿るとされている。だから幻術といっても有限だ。基本的には幻術師本人を負傷させろ」

「了解しました」

 このとき私はこの若い女が人を撃てるのかという疑問に襲われた。確かに今まで若い女性兵士はたくさん会ってきたが、部下としては初めてだ。

「初めて幻術に会ったのは?」

「子供のころ、おじが幻術を使う工房にいました。廃術運動で潰されましたが」

 廃術運動は幻術のような不可思議なもの宗教じみたものを破壊して回った、十数年前の思想だ。当時の政権は過度に科学に固執し、この国の軍事化を進めた。その後の後処理には私も投入された、大きな内戦につながってしまった。おかげで軍事大国の地位を築くことはできたが。

 ということは怨恨が入隊の原因か?

「なぜ軍隊に?」

「それは…」

 突然基地中にサイレンが鳴った。集合の時間だ。結局聞かずじまいでわれわれは車列に乗り込んだ。



 我々のほかにも対幻術師部隊らしい少数グループが同じ隊列に合流してきた。進みながらのミーティングでは、やや前線が押されている地点に向かっているとのことだった。

 最前線が見え始めてきたとき、いきなり砲戦が始まって敵の突出部が突撃してきた。近い。すぐそばにも砲弾が着弾して幾人かを吹き飛ばした。

 不意にもやっとした空気の塊のようなものが周りを覆った。が、土を払いながら見渡すと周りは一向に気づいていない様子だ。

 幻術か。

 いきなり間近で銃が連射され、思わず耳をふさいだ。見ると、エマが片膝をつきながら前面に弾幕を張っている。敵の姿がちらっと見え、何人かが銃弾をものともせずに突っ込んできた。

「敵襲だっ!」

「撃ち返せ!」

「近づかせるなっ!」

 ところどころで怒声が響いてはかき消されていく。目の前でも血しぶきをまき散らしながら二人倒れた。

 一人動きの速い奴がナイフ片手にまるで通り魔殺人のように味方を殺しながら近づいてきた。一人一人に塊をぶつけては刺し、ぶつけては刺す、を繰り返している。幻術師だろう。

 そいつは私の前に来てから同じように塊をぶつけ刺そうとした―――私はそいつが逃げ切れない位置まで入り込んでからゆっくりとオートマチックを取り出して引き金を絞った。

 そいつは悪魔に出会ったかのような顔をして死んだ。私には幻術が効かないかもしれないという予想を抱かないうちは、私には敗れる。そしてまた私も、相手が私に効く幻術を持っているかもしれないという予想を常に抱いていないと相手に敗れる。これが幻術師相手の私なりの戦争だ。

 いつの間にやら敵は引き下がっていった。どちらもそれほど損害は受けてないからまたすぐ戦闘が始まるだろう。

 私はエマを連れて少し後方に陣取った。20式をセットして構える。たまにスコープに入ってきた敵のうち、より偉そうな奴の脳天を吹っ飛ばす。敵でも味方でも、戦場で経験を積んでる人間は厄介だ。そういう厄介者はだんだん偉くなる。そういう奴には死んでもらはないと、世の中少し不公平になってしまう気がするのだ。

 私の戦場という日常でのルーチンは、たまに遠くの奴をヘッドショットして、突撃してきた幻術師を撃ち殺す、というものに近づく。あとは何もない。だが基地に帰ってきたときは下手に安堵感が出てしまって寝るのが怖くなる。明日また起きれるのか、そしてまた寝られるのか。それは永遠にわからない。休暇とは残酷なものだ。



 少し経つと、戦況が変わったらしくフィリアナ側の攻勢が続いた。私は一週間ほど休暇をもらい、カイモスで過ごした。列車で会ったあのへんな医者とは会わなかった。おそらくもう別の街に行ってるか、首でも吊ってるに違いない。エマと合流し、また戦場に舞い戻ってきたとき、また少し戦況が変化していた。

 各地で味方が総撤退しているようだった。変なことに敵の追撃もなく、敵も撤退しているといううわさも流れていた。

 前線から来る負傷者たちを野戦病院まで運んでいると、病院で、どこかで見知った顔に出会った。

「よぉ!元気かい。はっはっ、また君に会ったな。この前カイモスでも見かけたぞ?気づいてなかっただろ」

「お前、首でも吊ってるか別の街に行ったのだと思ってたぞ」

 プラントは低く笑った。

「それにしてもこの状態は何だ?どういう負傷が多い?」

「そうだなぁ、精神的なものが一番多いぞ。幻術症が一番近いかね……おい!そこのお嬢さんはどうしたんだ?拾ったのか?」

「部下だ」

「は、せいぜい有意義に過ごしな」

 見たところ手術の類は少ないようだ。プラントは暇を持て余し気味に私に紅茶を入れてくれた。私はそれを受け取ってその辺の床に座った。

「君は幻術は得意だろう?」

「なぜそうだと?」

「祈らないから」

「そうでもないさ。祈らなきゃならん時は祈るしそうでなけりゃそうしない。ただそれだけだ」



 病院横の簡易宿舎に戻ると、部屋の前に作戦本部付の将校が立っていて私に一切れの命令電報を差し出してきた。

「ダイナ・ドラグナ二曹、特別任務だ。本任務の達成目標は現状の撤退における原因の究明、及び可能な限りで原因の排除だ。君のほかにも何人かの幻術師が同様の任務についているが互いに干渉は控えろ。われわれは多様な分析を期待している。またエマ一等兵は待機が望ましい。各自で判断せよ。以上だ。準備ののち速やかに出立せよ」

 そういって将校は立ち去って行った。病院に戻るとエマは炊き出しの片づけをしていた。手招きして待機の命令を伝えると、エマは私の手を強く握ってきた。

「あの、気を付けてください」

「…ああ」

「私の弟は戦場で軍夫をしてたんです。ですがいつになっても帰ってこなくて…。ある日赤い紙と白い箱が届いて…それで入隊を決意したんです」

 どちらも戦死の際に実家に届けられるものだ。

「ダイナ二曹は戦場で初めての私の上官なんです。知ってる人にはもう死んでほしくないです」

「死ぬときには死ぬ、それが戦場の掟であり、そういう職場をわれわれは選んだんだ。覚悟する時は必要なんだよ」

 私はエマに別れを告げてすぐ、消毒液臭い野戦病院を後にした。

 原因の発生場所は撤退の具合から大まかに予想できた。最前線わきのあまり人が立ち入れない山岳地帯を中心に、前線方向に細長く楕円状に撤退が行われていた。


 

 一日進むと人通りは全く絶えた。ただ何人かは取り残されたらしく小グループでところどころうずくまっていた。彼らは墓場は聖域であるという話でも聞いていたのか、墓場に集まってることがほとんどだった。事実墓場は古来から幻術が効かない場所として有名だ。ある研究によれば、幻術は生き物のように骨の周囲では活動しないという。おそらく墓場以外のグループは精神を維持できず、組織的な撤退すらままならなかったに違いない。

 二日歩いた後、大きな盆地に出た。そこには無数の墳墓が林立し、中央に僧院が一つ立っていた。まるで台風の目のように僧院一帯から幻術が消え去っていた。

 中に入ると無数の白骨と、宗教的な銅像がいくつか飾ってあった。奥の部屋に入ると一人の老人が生きているか死んでいるかわからないようないでたちで瞑想していた。

"だれかな"

 ふと声が聞こえる。この老人が話しかけているのだろう、と私は思った。

「幻術師であり、軍人である者だ」

"もう少し、待ってくれないか"

「何を?」

"この戦は間もなく終わる。お前さんはその良き幸先を知る者だ"

「なぜ戦争が終わるのだと思うのだ?」

"ふ、ふ、このまやかしは私が仕掛けたが、仕掛けさせようと思ったのはお前さんとこの政府だ。政府はこの凄惨な地獄を終わらせんがため、無数の幻術師の血でこの地を湿らし、ここに至り術は発動した。幻術は血に宿る。今まで流れた幻術師たちの血が、ここで有効に利用される。…よろこべ!今頃は白亜の部屋で停戦交渉が始まっているだろう。原因不明の幻術が戦場を覆ったことによってな"

「原因は不明ではない。私がこの様子を伝えればいいだけだ。そういう任務でここにきている」

"もう少し、待ってくれないか"

「この術は永遠に張れるのか?ずっとこの砂漠地帯を禁足の不毛な地にできるのか?」

"それはできない。停戦をもたらすための短い時間しか稼げぬ"

「はっ、なら稼げる時間をもっと減らしてやろう」

 私はオートマチックを取り出して老人に向けた。引き金に手をかけ、だが引き絞る刹那、腕を撃たれて銃を落としてしまった。

「くそっ」

 後ろにいつの間にか若い男が立っていた。その右手には煙を吐き出している拳銃が見えた。

「だれだお前」

「それは言えないことになっております」

「なぜ私を撃った」

「理由はありますが、それも言えないことになっております」

 男は銃を私の頭に向けながら近づいてきた。血が腕を滴る。男は幻術をかけてきた。灼熱のイメージ。普段なら幻術なんて感じもしないが、今はくらくらするほどの目まいを感じる。

 男は勝ち誇ったように不用意に近づいてきた。私はそのがら空きな男の首に、ナイフを突き刺した。

 男はあらぬ方向に持っていた銃を弾が切れるまで撃ってから地面でのたうち回った。

 私は落としたオートマチックを拾ってそいつを撃った。一発喰らうとそいつはこと切れた。

"なぜ殺した?お前さんは何をしに来た!停戦がもたらされるというのに、なぜ前に立ちふさがる!"

「こいつは明確に敵意を見せていた。殺らなければ私が殺られる。それが戦場だ」

"罪深い。その無意味に殺傷を好むは実に罪深いぞ!"

「私は意味のある犠牲を積み上げる。それを無意味なものにするのはお前たちだろう」

"何を言う。われわれは停戦をもたらそうと必死にあがいている。停戦という結果が、すべての人々の願いだ"

「そうやって北部戦域を弄んだのだな。クリャは疲弊していた。完全な終戦の糸口は見えていた。だが突如現れた大型の幻術によってわれわれは大幅な後退を強いられた。そして降ってわいたような停戦。何よりも許せないのは幻術師たちの血が他人の利権のために使われたことだ。古参は次の戦争に備えて各地に実戦経験を積ませに派遣され、新兵は北の気候に合わせるために大規模な演習が始まっている。終わるはずの戦争を終わらせようとしないのはだれか。罪深いのはだれか!」

"お前たちは皆志願してきているはずだ。何らかの事情を抱え、戦いを欲する者たちばかりなのだよ。そうした者たちの血は自分たちで勝手に流しているものだ。それを有効に使ってやっている。感謝してほしいくらいだ"

「私たちの一致した想いは完全な終戦だ」

"はっはっはっ、戯言を。勝利がすべてだろう?今停戦してまた調子を整えるほうが勝率もあがるというもの"

「ふっ、ならなぜお前の排除命令が出る?軍の上層部は少なくともお前の行いを好意的に見てはいないようだな」

"儂は国王とつながっておる。そんな儂を拘束でもするのか?はっはっはっ、お前さんの首が刎ねられるだけだ。ほれ、そこに転がっておる者は王室庁の人間だ。それだけで反逆罪となろうぞ"

「私は警官じゃない。軍人は犯人を見つけても捕まえたりしない。…ただ撃ち殺すだけだ」

 私は握ったナイフを大きく振りかぶって老人の首を刎ねた。血しぶきがきれいな円を描き、頭が床を転がった。しかし斬った感触がない。

"はっはっはっ、どこを見ておるのだ?"

「そこだな」

 私は銃に持ち替えて、気配のする方向に撃った。老人の姿がふっと現れた。腹に命中したらしく手で押さえていた。私はそのまま頭を撃ち抜いた。

「撃ち殺すだけだといったろう」


 

 小鳥の声がする。私は窓から射す朝日で朝が来たことを悟った。腕からは出血はもうない。だが血が足りないのか、体は動かなかった。遠くで銃声が聞こえる。戦争はまだ終わってないらしい。当たり前だ。私がそれを止める力を止めたのだから。

 意識が白濁として眠い。誰かが窓から入ってきた。近くで自分を呼ぶ声がする。女の声だ。

「二曹!ダイナ二曹!気をしっかり!プラントさん、こっちです!腕から出血多量です!」

「おい!こんなんじゃまだ死ねねぇぞ?起きろ!」

 いつの間にか周りにはエマとプラントと何人かの兵士がいた。ゆっくり顔をあげると、もう昼頃だと気づいた。

「前線ははるか遠くだよ。もうじき砂原を越えそうな勢いだ。向こうも混乱しているところを挟撃した形になった。このあたりだけは幻術が晴れたから部隊を送り込めたのさ。ところでなんだってお前さんはこんなところで寝てたんだか」

「もうじき戦争は終わりますよ、二曹」

 エマは嬉しそうに、そう言った。



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