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2話 Mランクの発露

 凍り付いているアッガスを前に、同じパーティの仲間、戦士キークと魔法使いマレルは唖然としていた。

 それもそうだろう、あれだけ憤慨していたアッガスが突如として微動だにしなくなったのだ。

 体に異常をきたして動けなくなったにしては苦しむ事もないし、部屋を満たす殺気に当てられて竦んだにしては停止時間が長すぎる。


「おいっ、アッガスどうしたんだ!」

「アッガスさん大丈夫ですか?」


 異変を察知してアッガスに駆け寄る二人を、ブリットもウルドもひとまず傍観している。

 しかし、すぐに気付くだろう。

 触れた途端に異常なまでに冷え切っている事が判明すれば、これが魔導による結果だと言う事に行きつくはずだ。


 そしてそれは、その推測通りにキークとマレルの脳裏へと浮上した。


「キングレイさん……これは、魔導ですよね? 一体全体、誰がこんな……しかもいつのまに詠唱してアッガスさんにこんな魔導を放ったって言うんですか?」


 魔導を司る端くれの魔法使いだけあって、マレルはすぐに様々な異変に気が付いた。


「待てよマレル。ここには魔導士や賢者さまのような高等な魔法使いはいないだろ?」

「でもキーク。これは紛れもなく何かしらの魔導がもたらした結果だと思います」


 ちなみに言うと、このアイズフリージングと言う魔導は、命を失う程のものではない。

 急速に凍らせる事により、人であれ魔物であれ、凍り付かせて仮死状態にするだけのものだ。


「安心しろよ。その煩い野郎は死んじゃいねえさ。少しだけ大人しくしてもらってるだけだ」


 混乱する冒険者パーティを宥めるように、ブリットはアッガスの生死にかかわる事ではない事を告げた。

 だがこれ。キークとマレルにしてみれば、何故そんな事をブリットが断言できるのかと疑問を持つ言葉である。


「ブリットさん。なんであなたにそんな事がお分かりになるんですか?」

「なんでって、そりゃお前、その煩い野郎を黙らせたのが俺だからに決まってるだろ?」


 魔導に精通しているとはいえ、まだ駆け出しの魔法使いであるマレルの知識では、アッガスをこんなにした魔導の正体は判明出来ない。

 しかし、だからと言って、ここまで干渉力の強い魔導を一介のギルド職員が放てるなんて荒唐無稽にもほどがある。

 普通に考えればマレルだけでなく、ほとんどの者がそう思う事であろう。


「冗談はやめて早くアッガスさんを元通りにしてください! でないとこの件をギルドマスターに報告させてもらいますよ?」

「ああいいぜ。お前らに依頼を斡旋した後でなら、誰にでも好きに報告すればいい。俺としては何ら困る事は無いからよ」

「依頼はもう結構です! あなたが有能な斡旋者だからと朝の四時からこうして五時間も待ってみれば……噂はどうやらデマだったようですね!」


 ブリットにすれば、アッガスへの措置は至極当然である。

 何せ、自分が可愛がっている側近を一方的に差別し、その人種と仕事を共にする事すら罵ったのだ。

 有無を言わせずに黙らせるには充分な動機である。


 一方で、受注者の側――キークとマレルにすればアッガスがここまでの罰を受ける理由に思い至っていない。

 いないからこそ、正義は我にありと声高々に被害を訴えているのだ。


 よく見てみれば、アッガス並に激昂するマレルが余程珍しかったのか、リーダーと思しきキークは驚きに目を剥いていた。

 その分、キークは冷静さを取り戻したのが幸いした。


「待ってくれマレル。確かにこれはやり過ぎかもしれないし、俺はキングレイさんがこんな魔導を行使したなんて到底思えない。まあ、じゃあ誰の仕業かなんて分からないけれど、だけどアッガスはそこの補佐官さんの人種を蔑んだ事は確かだ」


 怒りは潜在的な嫌悪感を意識上に顕現させる事もある。

 だからマレルは「補佐官」と言うキークの言葉を聞いて、睨む様にウルドへを視線を移した。

 その表情からは、マレルが何を言わんとしたいかはなんとなく分かる。


「やっぱりあなたのような人外がアッガスさんにこんな魔導を使ったのね? アッガスさんの言う通り、亜人が補佐官を務めるなんておかしいと思ったんですよ!」


 アッガス同様、マレルも心の奥底では亜人に対する差別感情を抱いていたのだ。

 普段は理性で抑え込んでいても、怒りがその感情をここまで押し上げたのだろう。


 ともあれ、ウルドはもうこんな誹りに慣れたものであった。

 ブリットは口を酸っぱくして、亜人だからと言って種族の尊厳を貶めるなと言っている。

 しかしやはり、当の本人、差別されるのが当たり前で育ったウルドは、無意識レベルで罪悪感を抱えているのだ。


 混血であり純然としたヒューマンではない自分は、人として下等である、と。

 しかも、そんな自分が王国の公的機関に在籍する身の丈に合わない現状に、おこがましい感情を抱いていた。


 ちなみに、キーク率いるこのパーティは、まだ八組目の依頼受付だった。

 このようないざこざはにブリットもウルドも慣れているとはいえ、まだ業務開始から一時間も経っていない内のこれには、少なくない辟易の疲れをもたらした。


「えっと、君は確かマレルと言ったか? 魔法使いのお嬢さん」

「お嬢さんなんて差別用語使わないでください! だったらなんだって言うんですか。それよりも早くアッガスさんを元通りにしてください。このままだとギルドマスターではなく、憲兵に報告する事となりますよ?」


 マレルの怒りは治まる気配がない。

 対してキークは次第におろおろと動揺する様子が色濃くなるばかりであった。

 きっと、マレルがここまで怒り心頭する場面に初めて出くわしたのだろう。

 だからこそ、その対処に困っていると言った感じがありありと伝わってくる。


「差別用語ねぇ。まあ待てよお嬢さん。ギルマスに報告する必要もねえし、憲兵の出番も必要ねえからさ」


 ブリットはそう言いながら、机の引出しから一枚の紙を取り出した。


「な、何を言っているんですか? じゃあこの所業は誰に報告しろと?」


 火に油。

 何を言っても取り付く島もない様子を、ブリットは溜息を洩らしながら直視していた。


 だからもう、この怒りの炎を鎮火させるのは面倒になったのだ。

 消えないなら燃やし尽くしてしまえ。

 燃料が無くなれば、実際の炎であれ、魔導の炎であれ、消えて無くなるのが摂理である。


「まあ正直よ、お嬢さんもそこの煩い野郎と一緒に凍らせれば早いんだがな。ただ、お前達には冒険者ランクD以上の素質を見抜いちまった。だから、不本意ながら俺の権限で強制依頼を斡旋してやるよ」


 強制依頼――。

 初めて聞いたのか、キークもマレルもその言葉に反応出来ないでいる。

 だが、その文字通り。

 強制依頼とはギルドが指定した極一部の斡旋者だけが持つ権限である。


 強制依頼を斡旋された冒険者は、その依頼を達成できないとギルドから重いペナルティが課せられる規則となっている。


「と、まあ、この紙はその強制依頼の権限を持つ者にしか与えられない高貴な紙切れって訳だ」

「あ、あなたは何を言っているのですか! アッガスさんにこんな事をして、あまつさえそんな無理強いまでするなんて横暴もいいところです! 亜人以下の最低人種ですね!」


 赤い炎が青い炎になったような感じと言えば良いだろうか。

 マレルが燃やす怒りの業火は、遂に静かな怒りへと変化した。

 心の奥で沸々と煮えたぎらせるような、沁みわたるような怒りとでも言えよう。


 怒りが恨みへと変貌した瞬間だった。


「はいはい、最低で結構だ。まあでも、俺は何を言われようとこの強制依頼を取り下げねえし、お前達の素質を見抜いた以上、俺はお前らに斡旋したい依頼が出来ちまった」


 アッガスへ向けていた時とは違うが、殺気にも似た威圧感でもってブリットはマレルを睨みつける。

 それを受けて一瞬ひるんでしまったマレルは、己の情けなさをブリットへの怒りへと転換し、意識を立て直すように睨みかえした。


「強制依頼は明日の正午。場所はペリドットの遺跡だ。遅刻は三十分までなら大目に見てやるが必ず来い。いいな」


 ブリットがそう言うや、カチンコチンに凍っていたアッガスが脱力したようにその場でへたり込んだ。

 アイズフリージングから目覚めた者特有の、酸欠からくる気絶であった。


 宥めるのにも困惑していたキークはすかさずアッガスを背負って、部屋から出ていく。

 その後をマレルが追って、扉を閉めながらブリットとウルドを睨みつけて姿を消していった。


「すみませんキングレイ様……いえ、ブリット様……」

「なんでウルドが謝んだよ? いい加減、お前は胸を張って俺の補佐官をまっとうしてくれねえかな?」

「胸を張れと?」

「ああ、おっぱいを張ってもいいぞ?」


 斡旋者とその補佐官との間には、決定的な上下関係が存在する。

 だが、それも普通ならの話である。

 当然と言うか、この異彩を放つコンビにその常識が当てはまる事は無い。


「ぶ、ブリット様! そうしていつもセクハラ発言されますと、わ、わ、わわわ私のサキュバスとしての本能が刺激されて……」


 ハーフとは言え、ウルドにはれっきとしたサキュバスの血が流れている。

 サキュバスは男の精力を吸い上げて、時にそれを食事するように捕食する。


 ――捕食と言うのはマイルドな表現として引用している。


 結果として、本能を刺激されたウルドは


「や、やめろっ! お、俺がわるか……ごふぉっ!」


 淫靡衝動の代わりとして、暴力衝動にしている。

 ウルド渾身のボディブロウがブリットの腹に突き刺さった。

 そのたった一瞬の接触時に、ウルドはせめてもの精力を吸い上げて淫靡衝動を抑えているのである。


「ご、ご馳走様でした……はぁはぁ……はぁはぁ……あ、明日はやはり同行の強制依頼のおつもりですか?」


 しばしくの字に体を折って悶絶していたブリットは、酸素が肺に巡るのを必死で待っていた。


「お、お粗末様でした……お、おぇ……朝飯が出てきそうだなおい……」

「ですが、それはブリット様が……」

「ああ、悪かったのは俺だから気にするな。もちろん明日はあいつらに戦いのなんたるかを叩き込んでやるつもりだ。ウルドも遠慮せずにやってやれよ」

「はい。かしこまりました」


 ちなみに、ブリットは一日に二十発ほどのボディブロウ、又は他の打撃を受け続けている。

 建前上は、サキュバスの本能を少しでもガス抜きする為だ、と言って憚らないが、そこに下心が隠されていないかは謎である。


 ただし、こう言った言動からブリットは【Mランク冒険者】と呼ばれているのである。

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