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1話 Sランク斡旋者

 ブリット・キングレイは、ウルレイン王国冒険者ギルド本部において、ギルドマスターに次ぐ存在である。

 本人が望んでその立ち位置までのぼりつめた訳ではなく、周囲の評価が与えた彼の地位であった。


 ウルレインの冒険者ギルドは、周辺諸国に比べても冒険者の依頼達成率が高く、過去の結果と照らし合わせても高水準をキープしている。


 単純に、ウルレインの冒険者の質が高いと言う者もいるが、ウルレイン冒険者ギルド本部に関わる多くの者は知っている。


 ――ブリットと言うギルド職員の功績に依るところが大部分を占めていると。


 冒険者への依頼は、ギルド職員の審査を通らなければ受注が出来ない。

 そこへきて、ブリットが審査し斡旋した依頼の達成率はほぼ百パーセントなのだから。


 だからこそ、危険と隣り合わせ、常に死と共に在る冒険者は彼の審査を受ける為に、彼の窓口へと長蛇の列を作るのであった。


 くどいようだが、ブリットが斡旋した依頼の達成率はほぼ百パーセント。

 それに付け加えて、ブリットが斡旋する依頼の難度はランクをも無視している。


 Dランク冒険者に対して、Bランクの依頼を斡旋する事もあるし、その逆もまた然り。

 面会し審査した冒険者、又はパーティが依頼を達成できないと判断したら、絶対にその依頼は斡旋しない。

 多少ランクが低くても、依頼との相性で高ランクの依頼を達成出来ると踏めばそれを斡旋する。


 何故なら彼は【冒険】と言うものを【魔物】と言うものを、そして【戦闘】と言うものを誰よりも熟知している【Mランク冒険者】でもあるのだから。


 とは言え、実はMと言う冒険者ランクはない。

 Mの文字は彼の性格から揶揄された不名誉な称号とも言える。


 ただし、まあ、有能な冒険者でもあるブリットは、いつしか【Sランク斡旋者】と呼ばれるようになった。

 Aまでしかないランク。その上位と言う意味である。


 ウルレイン王国冒険者ギルド本部、その二階の最奥。

 一階から階段を上ると、長々と伸びる廊下。

 そこに敷かれる絨毯は奥へ行くにつれて、徐々に赤みが濃くなっていく。

 廊下の途中にはいくつもの扉があり、その中には幾人ものギルド職員が冒険者へ依頼の発注を行っている部屋がある。


 職員の部屋――通称【依頼部屋】へ続く扉の前の絨毯。そこの赤みの濃淡でその中にいるギルド職員のランクを示しているのだが、当然ながら赤みが濃くなる廊下の奥の方へ行くにつれて人だかりも多くなっていく。

 とは言え、ここは廊下なのだから、そこまでの人が押し寄せる空間など用意されてなどいない。

 結果として、最奥の部屋――ブリットから依頼を受注したい冒険者は廊下の端に押しやられるにとどまらず、階段を降りて荘厳で巨大なギルドの扉まで列を成す事になるのだった。


 その数、一日平均で二百人弱。

 ブリットは今日も、忙しなく、そして滞りなく、適切に依頼の斡旋をしている。


 だが時として、ここに並ぶ全ての冒険者が彼から依頼を受けられない事もある。

 何故なら、ブリットが直々に斡旋した依頼へと同行するケースがあるからだ。


 二階廊下の最奥。そこだけは両開きの扉になっており、それの片一方だけが開かれて中から妖艶な雰囲気を醸し出す美女が姿を現した。


「それでは次の方、お入りください」


 彼女はブリットの補佐を任されている【ウルド・コーエン】と言う。

 ヒューマンとサキュバスのハーフと本人は自称しているが、ブリットは亜人に対して差別するような器量の持ち主ではない。

 だからブリットはウルドが自身を亜人である、と言う理由で自虐、卑下する事を許さない。

 他者がそういった言動をとったとしても同様である。

 ブリットは本人以上にウルドの能力を買っていて、尊敬の念を抱いているからこそ自分の傍に置いているのだ。


 亜人と言う大まかな分類で言うところの種族が、王国が認める公的機関のギルド職員になったのはウルドが初めてであった。


 と、言う一点を鑑みても分かるように、この国、この世界での亜人の立ち位置は明白であろう。

 ヒューマン至上主義。

 特に王族や貴族と言った上流階級に及ぶにつれて、その色合いが強くなっている。


 しかし、ブリットがAランク職員を任命されるにあたって出した条件が、ウルドの補佐官としての地位だったのだ。

 これを飲んでくれなければ、どこか別の国へ行っても構わないとまで言い放った。

 翻せばブリットは、ウルドに対してそれ程までに信を置いていると言う事でもある。



 さて、話を戻そう。


 ウルドに促されて、三人組の冒険者が依頼部屋へと足を踏み入れた。


「いらっしゃい。そのソファに座ってちょっと待っててくれ」


 男二人と女一人と言った組み合わせのパーティが部屋へ入るなり、ブリットはそう告げた。

 彼はひとつ前の依頼を発注すべく、残りの手続きに必要な書類にペンを走らせている最中だった。


 この書類を一階の依頼窓口へと流せば、正式に彼の斡旋は完了する手はずとなっている。


「それでは皆さんの冒険者カードをお預かりします」


 その間、ウルドは訪れた冒険者達の身分証明書とも言える、冒険の全ての記録と冒険者の来歴、能力が保存されているカードを集めていく。


「キークさん、アッガスさん、それに女性の方がマレルさん、皆さんご本人で間違いないでしょうか?」


 ウルドは手元に集めた冒険者カードと冒険者達の顔を交互に目配せしながらそう聞いた。

 緊張の面持ちのままその問いに対し、アッガス以外、キークとマレルは無言で首を縦に振る。


 しかし、アッガスだけはウルドに対して素直に対応出来ない様子が窺える。

 このたった一度のやり取りでそれが露見すると言うのは、それだけ明確な感情が露見した事に他ならない。


 ヒューマンとのハーフとは言え、サキュバスの血が通っていれば、その特徴的な容姿は隠し切れない。

 煌びやかに艶めくウルドの長い金髪からは、サキュバス特有の魔角が文字通り頭角を現している。

 一目見れば、彼女が亜人である事は明白であった。


 きっとこのパーティ――少なくともアッガスは、ブリットからの依頼を受注した事もなく、この部屋へ訪れウルドと会うのも、それはもう全てが初めての経験だったのだろう。


 要はこんな所に、亜人がいることなど露も知らなかったのだ。

 アッガスはきっと、上流階級とまではいかなくとも、それなりに裕福な家の出身と言う事だ。


「キングレイ様の審査の前に、私からいくつかご質問させていただきます」


 ウルドがそう言った瞬間だった。

 畏まって背筋を張ったキークとマレルだったが、アッガスは立ち上がって骨ばった顔を真っ赤に染め上げ吠え始める。


「じょ、冗談じゃないぞ! 何がSランクの斡旋者だ! 亜人が補佐官をしているギルド職員など聞いたことも無いっ!」


 激昂とはまさにこの事だ。

 アッガスはウルドへ言うでもなく、ただ一点、書類に目を落としているブリットをねめつけて、なじる様な口調で、糾弾さながらに声を張り上げた。


 それに反応したブリットは、既に剣呑な雰囲気を放ち始めながら、ゆっくりと顔を上げてアッガスへと視線を移す。

 愛用するバフォメットの角で出来た万年筆を筆挿しに戻し、机の上に肘を置いて両手を組んだ。


 そしてゆっくりと口を開いた。


「それで、それが何だって言うんだ?」


 たったその一言を発しただけだ。

 いや、五感で判別できる言動は、と言う意味である。


 その実、おぞましい程の殺気まで発して返答したのだ。

 第六感を少しでも発露させていれば、部屋の空気がブリットによって冷却されていくのが分かるはずだ。


「俺の叔父は、貴族との接点があるんだっ! 父上に報告した後に、アバレス侯爵の耳へ入る事と……」

「――フリージング」


 ブリットとアッガスの視線が交錯する。

 唾を飛ばす勢いで、すごみながらアッガスが一歩、ブリットへ向けて踏み出したと同時。

 その言葉を途中で遮るようにブリットが一言呟くと、アッガスは途端に凍り付く様に動きを止めた。


 正式名称――アイズフリージング。

 王宮に務める大魔導士であるならば、簡単に使えるであろう上級魔導。

 さらにこれを無詠唱で放った。


 まさしく凍り付く()にではなく、凍り付かせた(・・・・・・)のだ。


 確かにブリットは、ギルド職員、依頼斡旋者としては「一介」と呼ぶに不相応ではあるが、魔導に関しては議論の余地もなく「一介」と呼ぶに相応しい。


 だが、この常識が通じないところが【Sランク斡旋者】と言われる所以でもあるのだから、これから彼に依頼を斡旋される冒険者達は、徐々にその異名の神髄を知る事となる。

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