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第六話   「マリーの魔法」

 

 俺の、聖騎士もとい少佐のお披露目パレードが終わったのは昼頃だった。

 王都を練り歩いてる時に感じた感覚。これは悪魔的なほど俺を魅了した。改めて聖騎士の誉れ高さを思い知った。

 俺みたいな弱っちい奴が聖騎士目指してるなんて笑われるかもしれないが、それならそれで、俺なりのやり方を貫いて遥かなる高みまで上って行ってみせる。一人、俺の中で静かに誓いを立てた。


 ノアと再び王城に戻ってくると、遅めの昼食を摂るため客人用の大広間に向かうことになった。

 廊下を歩くがホントにどこの部屋に行くにしてもずいぶんと歩く。ノアと話しながら歩くので退屈はせずに済んだが。

 しばらく進んだところで後ろからパタパタと慌ただしい足音が近付いてくる。そのまま通り過ぎるかと思われたが、背中に軽い衝撃があり、そのままおぶさる形で何者かが俺に飛びついた。


「マサヒロっ」


「おや、ピサータ様とお知り合いなのかな? はっ! 私とは遊びだったのね?!」


「やめろバカ野郎! ではなく、冗談はよしてください宰相様。いらぬ誤解を与えますから」


 ノアは本当に子供っぽい。ジョークが過ぎますよまったく。

 と、それよりもピサだ。俺はピサを背中から降ろしながら、その服装に目を見張る。ピサが身に纏っているのはとても高価そうなドレス。どう見ても城の小間使いが着られるような代物ではない。

 だとすると、だいぶ選択肢が狭まる。それにいまノアはピサに様をつけて呼んだ。宰相ほどの人物が様をつける相手なんてそれこそごく一部だろう。もしかして、なんて頭の片隅にその可能性があったが、まさか本当にその可能性通りだとは思わなんだ。

 そう、ピサはこの国のお姫様だったのだ。


「マサヒロ! ドラゴン討伐の話聞いたよ! あの後すぐ救援に向かったんだけど、すごい人が押し寄せてて、結局会えずじまいだったから……」


「おう、この通り無事だ。と、姫様にこんな口聞いたら失礼だな。わたくしもピサータ姫と生きて再会できて光栄でございます」


「むっ。普通に喋ってよ。気軽に話したいの」


「あ、やっぱり? 実は俺も。いまさらピサと堅苦しいのは嫌だからな。あ、そうだピサ。もう飯食ったか? 俺、これからノア様と遅めの昼食とるんだがピサも一緒にどうだ?」


「お昼は食べちゃったの。でも、私も一緒させて! 隣で紅茶飲んでるから」


「ぷぷっ。それは良いですね! 人数が多い方が賑やかで楽しい食事になる。さ、ではピサータ様も一緒に参りましょう」


 なんやかんやでピサも加わり歩きだす。

 この間、城下町で会ったことを聞くと、成人の儀のついでにお見合いを薦められてお偉方と一悶着あったから飛び出してきたとのことだった。国のため、政治のために知らないおっさんと結婚とか一般人の俺からしたら気持ち悪くてしょうがない。王家には王家のしきたりがあるのかもしれないが、この話を聞いてピサを少し不憫に思った。

 暗い話ばかりしていても気が滅入る。空気を変えるため、ピサがさっきからわくわくした様子でファフニールについて聞きたそうにしているので大広間に着くまでの間少し話してあげることにした。ピサは瞳をキラキラさせ楽しそうに耳を傾けていた。

 そんな調子で話していると、ノアが一つの扉の前で止まる。


「ここだよ。中に入ってごらん」


 俺は両開きの扉を左右ともゆっくりと押して開けた。

 中を覗いてみると、大きなテーブルが真ん中にドドンと置かれ、その上には、宝石が並んでいるかのような豪華な昼食が用意されていた。テーブルの周りには給仕係らしき人が十人いていつでもこちらの要求に応えられるように待機していた。


「すっげえなこれ! めちゃくちゃ美味そう!」


「でしょ〜? 君の食費一ヶ月分くらいかな?」


「いちいち格差を味合わせないで! 早く食べよう」


 三人で席に座り、カチャカチャと食事を始める。ピサは給仕に頼んで紅茶を用意してもらっていた。

 一通り食事を楽しんだあと、ノアは給仕係を下がらせ、話し出した。


「そうそう、明日からの任務に当たって君一人では流石に心細いだろうし。私としても心配だし。で、これもシグルズのために準備してたことなんだけど、部下を用意した。まだまだ無名な者たちだが、私が選りすぐった精鋭たちだ」


 そう言ったあと、指をパチンと鳴らした。

 すると、扉が開き厳つい三人の男が入ってきて、跪いた。

 ノアが選りすぐったというだけあり、その身に纏う鋭い気配が彼らの強さを物語っていた。特に真ん中の男。一際体格が良く、二メートル近くありそうだ。それに太い腕には無数に刻まれた古い切り傷。雰囲気も、その姿も彼が数多の戦場を乗り越えてきた証左に他ならない。


「オルガ曹長。顔を上げて、少佐に自己紹介して」


「はっ!」


 オルガと呼ばれた男は顔を上げて俺の目を真っ直ぐ見据えながら、粛々と挨拶を始めた。


「少佐殿。お初にお目にかかります。と言いましても私たちは先日のご活躍、この目で見ていました。実にお見事な一撃。数多の戦場を駆け、名のある聖騎士様に使えてきましたがいまだに我が天命を預かり知る所が見つけられず、燻っておりました。しかしッ! 今回、あの竜殺しの少佐殿の部下に配属される運びとなり、ようやく自分の在り方を見つけられる予感が致します。不肖、オルガ・ローライル。階級はシルフヘイム王国曹長。少佐殿の行く先なら、どのような死地であろと最後まで着いてゆく所存です」


 なかなかカッコイイ口上だ。

 まあ、俺一人じゃ無理だし断る理由もない。俺は迷うことなく返事をした。


「オルガ。俺はついさっき少佐になって、まだまだヒヨッコみたいなもんだ。俺の隊は産まれたての卵。共に、デカくなっていこうぜ。よろしく頼むわ」


 オルガは目をウルウルさせながら、嚙みしめるように返事をする。


「ありがたき幸せ。シルフヘイム王国曹長オルガ・ローライル。今日より少佐殿のために剣を振り、少佐殿のために命を使います」


 いちいち暑苦しそうなやつだが、まあ悪い奴でないことは確かだろう。他の二人も挨拶を終え、俺の初の部下となるオルガたち三人が仲間に加わった。

 ちなみにこの二人はオルガの弟子らしい。戦場でも同じ部隊に所属していたので、形式的にはオルガの部下ということになる。

 

「これで四人だね。……なんかキリが悪いね。あともう一人いると伍として安定するんだけど……」


 そして、ノアの呟きに反応したのはピサ。


「ねぇ、ノア。マサヒロ達はどこかに行くの?」


「ええ。魔界の森の調査に行ってもらうんですよ」


「あの禁断の地に?! 私も行きたいっ!」


 ノアがめずらしく困った顔をしている。流石の宰相様と言えど、姫様のわがままは効くようだ。

 どう切り出すか迷っているノアに助け船でも出してやらんとな。俺としても流石に女を、しかもお姫様を危険な調査に同行させるのはお断り願いたい。もしものことがあったら俺の首が飛んでしまうからね!

 ピサの機嫌を損なわないようやんわりと嗜めてやるとするか。


「ピサ。宰相様が困ってるだろ。それにとても危険な旅になる。俺もピサと旅ができなくて悲しいが今回はちょっと……な?」


 ピサは頬を膨らませている。顔に納得してない! と書いてあるようだ。その子供っぽさに思わず笑ってしまう。

 

「いや、しかし……。いまのアークガルドの動きがもし『あのこと』だったとしたら。一人でも国外にいれば……」


 ノアがなにかボソボソと言っているがうまく聞き取れなかった。

 うんうん唸っているノアに視線を送り、なにか言ってやれよと促す。理解したようで、ノアもピサを説得を始める。


「ピサータ様。やはり認められません。お転婆が過ぎますよ。先日のファフニールの件もそうです。ピサータ様が隊を率いて出陣されたと報告が入った時は城中大騒ぎだったんですからね。国王にもあまり心配をかけぬようお願いします」


「むぅ。……わかった。ごめんなさい」


 お転婆&勝気が売りのピサも流石にワガママが過ぎると思ったのか、しぶしぶと引き下がってくれた。

 これで用事は全て済んだ。堅苦しい城を出て、酒場でパーっとやりたい。明日にはこの町を旅立たなくてはいけないからな。

 店は、そうだな。やっぱりあの店だよな。

 

 オルガとその部下を引き連れ酒場までの道を歩く。歩いているのだが、今日はやたらと挨拶される。騎士のやつらに。


「当然ですな。少佐ともなれば騎士たちの憧れですから」


 そう隣で語るオルガ。胸に貼り付けてある徽章に触れてみる。なんだか急に偉くなった気分だ。いや、まあ実際偉いんだけど。

 道行く騎士達に挨拶をされながら歩いていると目的の酒場に到着した。外からでもわかる楽しそうな雰囲気。俺はいつものように酒場に入っていく。中に入るとどうやら満席のようで座れそうになかった。どうすんべと入口で突っ立っていると店の中がシンと静まりかえる。えっ。なに?

 すると、座って酒を飲んでいた騎士達が一斉に立ち上がった。


「し、少佐殿ッッ?! う、後ろの方は『狂戦士(ベルセルク)』オルガ曹長ッッ?!」


 酒を飲み陽気に騒いでいた騎士が慌てふためき始める。

 

 軍は完全なる縦社会。いついかなるときも上官は絶対である。上官がいるのに自分たちだけが、踏ん反り返って酒を飲むわけにもいかないのだ。


「し、少佐殿っどうぞこちらのお席にッ! オルガ曹長もどうぞ!」


 偉くなるとなんでもありだ。騎士達が席を譲ってくれたので遠慮なく座ることにした。なんかこういう優越感たまらん。

 階級の低い者たちがその在り方を示したのだ。ならば次はこちらが上官としての在り方を示さねばならん。俺はオルガに耳打ちをする。


「貴様らァッ! 今宵の飲み代ッ、少佐殿のおごりだァッ! ありがたく頂戴しやがれぇッ!」


 オルガの発言で湧き上がる酒場。騎士ではない一般人もいるが、まぁかまわんだろ。

 

 それからの酒場はお祭り騒ぎ。俺もその輪に加わりたかったが、その前に済まさなくてはいけないことがある。キョロキョロと辺りを見回すがいない。今日は出勤しているはずなんだが。落胆していると、肩を叩かれる。


「少佐! なにを飲みますか? チンカチンカのルービーでいいですか?」


 オルガはウキウキの様子で尋ねてきた。


「ああ、それで。いや……、強い酒だ。強い酒持ってきてくれ。今日は派手にやりたい」


「やはり豪傑である少佐は酒豪でもありましたか! 配慮が足りませんで、申し訳ありません! ぶっ飛ぶ酒を持ってきますので少々お待ちを!」


 オルガや騎士達が俺を敬って丁寧な対応するのは当然として、周りに座っている一般人もなにかと美味い酒や飯を勧めてきたりした。しまいには、私の娘とお見合いしませんかときたもんだ。身分一つでこうも世界が変わるとは。なかなかままならないものだ。

 どんちゃん騒ぎをしていると、店員の女の子二人が例によって話し掛けてきた。多少、猫なで声で。


「マサヒロ様〜。今度、デート行きましょうよ〜」

「ずる〜い。抜けがけはやめようって約束したでしょ」


 こいつら……。いつもはぞんざいな接客してるくせに。

 まあ、いい。俺は器のデカい男。すべて許そう。


「まあまあ。君たち。僕はどこにも逃げないから安心して」


「ホントですか〜?」

「あ、そうだマサヒロ様〜。私達ドンペリ飲みたーい。注文してもいいですか〜?」


「おお、いいぞ。好きにしてくれ」


「キャ〜! カッコイイ!」

「素敵〜! 抱いて〜!」


「うはは! 苦しゅうない! 近う寄れ!」


 悪代官よろしく、俺はハイになっていた。

 後ろに近付く人物にも気付かずに。


「おやおや〜。チミ達お胸が少しばかり寂しいな。どれ、少佐のハンドパワーで大きくしてやる。さあ、胸を差し出せ!」


「もう〜! エッチ〜!」

「それは後の楽しみに取って置きましょ、少佐様。それより、ドンペリあと五本入れていいですか〜?」


「ガハハ! じゃんじゃん持ってこーい!」


 ボルテージが最高に達しようとした瞬間、肩をトントンと叩かれる。


「お客様~。お楽しみの所すいませ~ん。ドンペリ五本持ってまいりました~」


「おう、テーブルに置いて……、ぶほおっ!!」


 ままま、マリー?! いつの間に……。


「ま、マリーさん。こ、こんばんは。いつからいらしたので?」


「んー、お胸が寂しいとかハンドパワーがどうとか。ずいぶんと楽しんでいたみたいだね~」


 マリーの後ろに阿修羅の幻覚が見える。

 危険な臭いを察したのか二人の女店員は他の客のテーブルに移っていた。逃げ足早すぎだろ……。 


「ごめんね~。私、お邪魔、だったよね?」


 ……怖ええ。言い訳するのは得策ではない。ここは素直に謝っておくが吉だ。


「すまん! マリー! 俺の不徳の致すところ。あの子たちの色香に屈してしまった。マリーが望むならばどのような罰でも受けよう」


「ちょ、ちょっと! やめてよ。怒ってない、怒ってないってば。少し意地悪したくなっただけだから!」


「ホントか?」


「ホント! だから、ねっ? 頭上げて」


 ……作戦通り。勝ったな、ガハハ!


「ああ、わかった。ていうか、どこ行ってたんだ? 探したんだぜ」


「ちょっとおつかいにね。

 そういえばマサヒロ、なんかすごいこと成し遂げたの? 酒場でも最近マサヒロの話題ばっかりよ。それにその徽章」


「ん、まぁな。色々あっていまじゃ少佐になっちまった」


 肩をすくめ、おどけてみせる。


「……ふ~ん。まっ、怪我してないみたいだし、無事ならいいよ。それで、私になにか用があったの?」


「ああ……ちょっとな。話したいことがあってよ」


「……うん。少佐になったことと関係あるんだよね」


「少しだけ、時間もらえるか?」


「……うん。ちょっとマスターに断ってくるから先に店出てて」


「おお」


 俺もオルガに一言断りを入れるのだが、護衛に付いていくとほざきやがる。ホント空気読め。オルガに絶対付いてくるなと言いつけ、先に店の外に出る。すぐにマリーも出てきてどちらからともなく、夜の町を歩きだす。

 なかなか言葉が出てこない。普段飲んでるときはスラスラ口説き文句が出てくるのに今日は少しおかしい。しかし、すべて察してくれたのだろう。マリーから切り出してくれた。情けねぇ。


「任務でどこか行っちゃうの?」


「ん、まぁ、な。詳しくは言えねぇんだ。軍事機密? ってやつらしくて。だからその、しばらくこの国を空ける。だから……」


 本当に今日の俺はおかしい。ただおっぱいがデカくて可愛いからなんとなく口説いてだけなのに。本気になってしまった? 禁断の地、魔界の森はかなり危険な場所だ。下手すると調査の途中で俺は死ぬかもしれない。もうこの女に会えないのかもしれない。そう思えば思うほど、言葉が出てこなかった。


「もう。らしくないっ、マサヒロ! いつもみたいな調子でさ、『そのおっぱいを揉むために地獄の底からでも帰ってくるぜ』くらい言いなさい。揉ませないけど」


「揉ませねぇのかよっ」


 二人して吹き出す。

 なんてことはねぇ。俺はこいつに惚れている。いまはっきりとわかった。そしてきっとマリーも俺のことを……。だから、だからこそ絶対に帰ってくるとは言わない。言えない。でも、一つだけ。たった一つだけの小さな願い。


「マリー。魔法を、魔法をかけてくれよ。必ず生きて帰ってこられる、魔法を」


「バカ。カッコつけ。恥ずかしいから目つぶって。そしたら、魔法……かけてあげてもいい」

 

 俺は目を閉じ、身を任せる。そして満点の空の下、交わる影二つ。


「――て、まーたほっぺかよ」


 思わず声に出してしまっていた。

 それを聞き逃さないマリー。


「また? へー、マサヒロ、モテモテなんだね」


 マリーとの甘いひと時から一転、凍り付くような視線。しどろもどろになりながら言い訳をしようとするが――


「冗談。続きはマサヒロが帰ってきてからね」


 すべて飲み込むように受け入れてくれる女、マリー。最高に良い女だ。

 言葉にはできないが、必ず帰ってくる。そう強く心の中で誓った。


 


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