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第五話   「偽りの聖騎士」


『ツカイマ』? 

 

 聞いたことのない単語だった。俺が困惑していると、ノアはなにから説明しようかとうーん、と唸りながら眉を八の字にして少し考えながら話し始めた。


「私の経歴は知っているかな? つい数年前まで商人をやっていたこと」


 ノア=アノール・ロンドはここ数年で王からの絶大な信頼を得て無名から宰相の位に抜擢されたのは国民も周知のことだった。


「では、何故無名の人間がここまでの躍進を遂げたか。――答えはこれよ」


 そう言って彼女は手をかざすと一羽の小鳥が指に止まる。


「使い魔と言ってね。私と契約させて思い通りに動かすことができる。他にも視界を共有したり、遠く離れていても意思疎通ができたりね。便利でしょ。あ、でも遠すぎると精度は下がっちゃうんだけど」


 なるほど。読めてきたぞ。こいつは普通では知りえない情報を使い魔で集めて、王に流していたんだ。王からしたらそれはもはや予言の域に達するほどの神業に見えていたのだろう。毎回毎回、百発百中のノアの情報に王も信頼を深めていったのは容易に想像できた。


「察したみたいだね。理解が早くて助かるよ。普段は小鳥とかネズミとか小動物しか使役しないの。私が人間を使役するのはあなたが初めてよ」


 こんなにも嬉しくない「初めて」は初めてだ。


「で、俺をあんたの使い魔とやらの一匹に加えようってわけね。人間を思い通りに動かすことができるとか最強じゃねーか」


「ぷぷっ。そうできたら楽なんだけどね。実は人間のサイズだと思い通り動かすのは流石の私でも厳しいのよ」


「ふーん。じゃあ俺を使い魔にする場合、視覚共有と意思疎通くらいか。便利な力だ。で、それってなんのため?」


「せっかちさん! もう本題に入っちゃうなんて早漏なんだから」


「そ、早漏ちゃうわっ!!」


 いきなり下ネタを言われ、流石の風俗マスター俺でもどぎまぎしてしまう。

 ……本当に早漏じゃないからね?!


「んぷぷ。私があなたに望むのはずばり小鳥ちゃんたちの変わりに調査をしてもらうことよ。最近、アークガルドが大人しくなったのは知ってるかしら?」


 俺はコクリと頷く。


「巷では皇帝が大病を患ったとか内部の権力争いなんて言われてるけど、どれもハズレ。アークガルドは各地で暗躍し、なにかを探している」


「なるほどな。それがシグルズに任せようとしてた任務か」


「その通り。本当に察しが良くて助かるわ。小鳥ちゃんたちに再三調査に行かせてるんだけど、特殊な結界のようなもので防がれてるのよ」


「結界? アークガルドのなかにもノアのような術を使える奴がいるのか?」


「残念だけど違う。私の術は一子相伝の秘術。世界で私しか使えない。母はもう亡くなってるしね。話を戻すけど結界は何者かによる妨害ではなく、その土地自体が強力な結界を張っていると推測しているわ。

 使い魔が結界内に入ると私の力が届かなくなってしまうのよ。

 直接赴きたいのは山々なんだけど、いまは気軽に外に出られる立場じゃなくてね。難儀していたから前々から目をつけていたシグルズを呼び寄せてたってわけ。ちなみに辺境にいたのにも関わらず彼の才覚を知ったのは使い魔の力よ。王都から離れられない私がシグルズを見出せた謎が解けたでしょ」


 疑問だったことが次々と種明かしされ、脳内を処理するのに手一杯になりそうだぜ。

 というか、水面下で色々と国同士が暗躍してるんだな。ゴシップネタのようなことが現実には起きていた。そして今回、それに加わる俺は少しだけ不思議な高揚を感じていた。


「で、悪いんだけど君には明日から調査に向かって欲しいと考えてる。ちょっと事態が切迫してるかもなんだ。ゆっくり準備してたら大変なことになるかもしれない。だから、酒場のフリードさんとか、今度デートに行くマリー、宿を営むヌル婆さん。長い旅になるだろうからね。今晩のうちに挨拶しておきなよ」


「本当に急だな。ま、そのほうがいいかもしれねえ。時間が空いちまうと決意がブレちまいそうだし。明日からだな、了解した」


「その理解の速さ、流石、君だね。よし、じゃあ今のうちに使い魔契約しちゃおっか」


 ノアは立ち上がりこちらに歩み寄る。どこに隠し持っていたのか手にはナイフが握られていた。

 

 ……へっ? ナイフ? な、なにをする気だっ!? 後ずさろうとするが、ここはソファーの上。逃げられるわけもない。ノアの目がギラリと光りナイフが振り下ろされる。避けられないと悟った俺は目を閉じ歯を食いしばる。

 

 ……ん? なにも来ない? 恐る恐る目を開けようとしたその時、頬に柔らかなものが触れた。


「もういいよ。目を開けて」


 俺は目を開けて頬に触れる。ヌラりと濡れる指先。これは血? ノアを見ると指先から血が出ていた。


「本来なら私の血を体内に入れれば契約完了なんだけど、人間の血なんか飲みたくないでしょ? 無茶な要求ばかりしてしまったからお詫びも含めた私からのサービスだよ」


 どうやら血を塗った唇で頬にキスされたようだった。どういう原理か頬と指先の血は俺の身体に染み込んでいく。どうせならマウストゥーマウスでお願いしたかったよ。


「これで契約は成った」


「ふ〜ん」


 実感はないがノアが言うならそうなのだろう。

 俺は調査の件をノアに改めて聞いてみることにした。


「それで、調査ってどこに行けばいいんだ?」


「調査してほしい地は六つ。『魔界の森(ミュルクヴィズ)』『夢幻河むげんか』『宝花ほうかの園』『腐敗砂漠』『孤独の塔』、そして『終天霊峰しゅうてんれいほう』。そうだね、まずは魔界の森に行ってもらおうかな。六つの中では比較的安全だろうからね。まずは肩慣らしって感じでさ」


「またまた無茶を言いなさる」


「テヘペロ♪」


 イラっとしたがスルーである。

 それより問題は調査地だ。魔界の森の調査……。噂ではよく聞くがよっぽどのことがない限り人間は近づかない土地。他の五つも言わずもがな。

 むかしむかしにシルフヘイムが誇る獅子王騎士団の精鋭一万からなる巨大調査団を魔界の森および他の五つの地にそれぞれ派遣したことがあったのだが、結果全滅。それ以来、人々は彼の地を恐れ、触れることを禁じ、禁断の地と呼んでいた。

 そのためかこの世界の人々は魔物のことをよく知らない。ごく稀に町や村に魔物が迷い込み被害を出すくらいだ。そんな所でアークガルドの連中はなにをしてやがるんだ?

 と、悩んでみた所で俺の脳みそではいくら考えても永遠にわかりそうにないことは確かだった。


「そうそう。これで最後になるんだけど、君にはいくつかのプレゼントがあるんだ。シグルズのために用意してたものだから、君に譲るのが筋かなって」


「貰えるものがあるなら貰うぜ。なにくれるんだ?」


「ふふ〜ん。多分嬉しすぎて漏らしちゃうかもよ? 場所を移動しようか。着いてきて」


 ノアのあとに続き部屋を出る。

 廊下を進むとたくさんの人とすれ違うのだが、ノアを見つけるやいなや、立ち止まり頭を下げ通り過ぎるのを誰しもが待つのだ。

 なんか、朝チュンした仲なんだけど、俺大丈夫よね? 

 普通の姉ちゃんみたいに対応しちゃってるが、やっぱりこの国の宰相なんだな、と改めて思わされた。


 しばらく進み、続いて階段をずっと下っていく。城の地下に行くようだ。

 階段の終着地に着くころには日光の明かりは届かなく、かわりに松明が灯されていた。その先には頑丈そうな鉄製の扉が来るものを拒むように頑なに構えられている。


「ここだよ」


 ノアにうながされ扉の前に立つ。ものものしい両開きの扉に手を掛け、ギギッという不気味な音を響かせながら開け放つ。


 松明が灯されているとはいえ、薄暗い部屋の中。そこは武器庫だった。ゆらゆらと揺れる松明の火に照らされて壁や台に置かれた武器は妖しく光り、防具は凛々しく佇んでいる。そして、数々の豪奢な武器や防具の中にあって、ひと際異彩を放つ部屋の中央に鎮座する鎧。

 その鎧が放つ輝きは瑠璃(ラピスラズリ)の輝き。夜明けを意味する瑠璃の色はこの国で神聖な色とされている。


「こいつは、一体……」


「通称、『夜明けの鎧』。竜佐が纏っていたとされる瑠璃(ラピスラズリ)の輝きを放つ鎧さ。あ、もちろんこれはレプリカだけどね。南の同盟国から伝わってきた特別な技術で作られてるんだよ。君も最初から竜佐はどういうものかとかわからないでしょ? だから形から入るのもありかなって。竜佐と同じ格好していればそのうち本物になれてたりするかもよ」


「そうなりゃ苦労はねぇけどな。……それよりも、だ」


 俺はキョロキョロと周りを確認する振りをし、ノアの耳に口を寄せる。


「でも、これってお高いんでしょう?」


 ノアもノリが良いんだかで、調子を合わせコソコソと顔を近付けてくる。


「わかりますぅ? これ、あなたの生涯収入くらいのお値段ですのよ」


 まじかよ……。ふざけた雰囲気ぶち壊しだよ。


「ああ……、うん。ですよね」


「振ってきといてノリ悪いなー。ま、でも値段に見合う性能を持ってるからね。斬撃にも打撃にも強い。おまけに耐熱! これ程の鎧はなかなかお目にかかれないよ。これがプレゼント第一段! 早速着てみてよ」


 俺は言われるがまま鎧を着てみる。

 シグルズの体躯に合わせて作ったようだが、俺にもぴったりだった。


「へぇー! なかなか似合ってるよ。三割増しでカッコよく見える!」


「え? え? ホントにぃ~? 宰相様ってば口上手いんだから~」


「ホントだよ~! 素敵だよ~」


 キャッキャッウフフな寒いノリを一通り終えたあと、ノアは武器庫の奥に行き布に被さった何かを持ってきた。


「はい。これがプレゼント第二弾」


「おお! 剣じゃん! やっぱり騎士と言えば剣がなきゃ始まらねえよな。……って、この剣、もしかして……」


「ご明察。シグルズがファフニールに致命傷を与え、君が逆鱗を穿った時の剣だ。特別な剣でもないんだけど、手入れはしといたよ」


「そうかい……。ありがたい。これがあれば誓いを忘れることもねえだろうしな」


 湿っぽくならないように、気丈に振る舞ってみせた。

 ノアは俺の気持ちを汲んでくれたのか、なにか閃いたように提案してくる。


「……ほう。それ、いいね。友との誓いを忘れないための剣! うんうん! いいじゃない! 私が名前付けてあげるよ!」


 犬猫じゃねえんだから……。しかも、剣に名前付けるとかかなり痛い奴だろ。ちょっとお断り願いたかったが、ノアはうんうん唸り考え込む。


「うーん……。……お! キタキタキタ! 降りてきたよ! よし、その剣に名を授けます。名付けて、『友との誓いと約束の剣(グラムリディル)』。どう?」


 なんとなく、俺の中でストンとハマった気がした。

 悪くない。むしろ、かなり良い。


「まあ、悪くねぇんじゃん? グラムリディルで良いよ」


「ぷぷっ。良かった。おっと時間押してるんだった。悪いけど次のプレゼント行くよ! はい、これがプレゼント第三弾」


 俺はそれを見て思わず固まった。さっきまでのふざけた空気が引き締まって行くような感覚。

 ノアの手には……。


「これ、少佐の徽章か……?」


「そうだよ。少佐、すなわち聖騎士の称号だ。これもシグルズを軍に入れるに当たって用意していた称号なんだけど、やっぱりこんな形で聖騎士になっちゃうのは嫌だったかな?」


 ノアは少し不安げに俺の顔を覗き込んでくる。

 多分ノアは、俺が夢に固執し憧れを抱いている聖騎士像ってのを気にして申し訳なさそうにしているんだろうが――


「……かまわねえさ。鶏が先か、卵が先かって話だ。徽章を貰い、聖騎士を先に拝命したなら、あとは実績を積み上げればなんの問題もない。俺は嘘を突き通すって決めたんだぜ? 民衆や騎士共が俺に望むものをこれから見せていくぜ」


「まったく。心配して損したよ。そのビックマウス、私は嫌いじゃない。興が乗ってきたようじゃないか、風俗好きのハッタリ野郎さん。よーし! そのテンションのまま最後のプレゼントだ!」


 ノアは俺の手を握り、階段を駆け上がっていく。そして、城の出入り口まで一気に走り抜ける。

 正面扉に着いたノアは軽く息を整えてから、俺の目を優し気に見つめた後、正面の大きな扉に手を掛けた。


「プレゼント第四弾。これが最後のプレゼントで、一番君にあげたかったものだよ。――さあ、ここから始まるよ。君の英雄譚」


 扉が開け放たれた。


 ワッ! と割れんばかりの歓声が俺を包んだ。

 

 王城の前には王都中の人間が全部集まっているのではないかと思わせるほど人が大挙して押し寄せていた。その場にいる皆が俺を見ている。そして、俺を讃える賞賛の雨が降り注いだ。


「ノア……これは何事だ? 今日はなにか行事でもあるのか?」


「ぷぷっ。見てわからない? 皆君を見に来てるのさ。ファフニールを倒し、この国を守った君を。実はね、昨日のうちに君のお披露目を企ててたの。こんなに人が集まると思ってなかったけど」


「俺が引き受けない未来もあったってのに……」


「それはないよ。君は必ず話を受けると確信していたもの」


「どこからそんな自信が溢れてくるんだか。あんたも相当な博打打ちだな」


「これでも元商人だからね。見る目はあるつもりよ。それよりどうだい? この光景。これだけの人間が君だけを見に来て、そして讃えている。圧巻でしょ」


「ああ、とんでもないなこりゃ。すげえ迫力だよ。……こんなにも熱量があるなんて……」


「よーーーーく覚えておきなさい。これが、聖騎士や英雄が見る景色よ。君の目指す所のほんの入り口に過ぎないのにこの熱量。君が夢の果てにたどり着く日が来たなら、今日のこの景色を遥かに凌ぐ、とてつもないモノを見れるはずよ。

 ぷぷっ、ねえねえ、最後のプレゼントは気に入ってくれた?」


「ああ……もちろん。最高に洒落たプレゼントだ。……いまは本当の意味で俺に送られてるわけじゃねえけど、いつか、いつか必ず自分でこの景色を手に入れてみせるよ」


「良かった。お気に召したみたいで。さ、民衆たちの賛辞に応えにいこうか。馬車を回すから、乗り込んで王都中を練り歩くよ!」


 ノアは俺に手を差し出していた。

 

 ――本当に始まるんだな。俺のような凡夫にどこまで出来るかはわからない。

 でも、今度は夢から逃げたりしない。

 

 ノアの手を掴み、走り出す。


 俺は万雷の喝采を浴びながら、竜佐の英雄へと至る道を、踏み出していった。






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