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第四十八話 「果てしない世界」


 雨が止んだのを見計らい、シャノン達はすぐに移動を始めた。マサヒロとの合流場所、地獄の門を目指すためだ。目的地には一日とかからず到着し、兵には待機を命じ、じっと待つことになる。

 待つこと二週間程。見張りの報告によりマサヒロ達と思しき竜を引き連れた一行がこちらに接近している事を聞くと、兵を整列させ、担ぎ上げる英雄と王を出迎えたのだった。

 慣れたシャノン達からすれば、ファフニールに驚くこともないが、はじめて目の当たりにする者は驚愕の場面なのは想像に難くない。人が竜を使役する。そのような人物は過去から現在までで一人しか確認されていないはず。そう、伝説に謳われる竜佐その人だ。

 まさに今、目撃しているのが、伝説そのもののように兵達は錯覚した。

 谷底に竜を従え降りてくる、ラピスラズリの輝きを放つ鎧を纏う男。見紛うはずもない。あの男が、王都で暴れたファフニールを屠り、数々の伝説や神話に登場する怪物を打倒してきたシルフヘイム最高指揮官。五百の兵は畏怖と尊敬を込め、拱手しながら跪いた。

 シャノンが一歩前に出ながら、兵達と同じように跪く。


「お待ちしておりましたマサヒロ様。それに姫様も」


 マサヒロは竜車を降り、跪く兵達を見渡しながらシャノンの挨拶に返事をする。


「おう、ちっとばかし久しぶりだな。ちゃんと生きてるみたいでとりあえず安心した。つか、シャノン、お前、少し痩せたか? ちゃんと飯は食えよ。成長期に栄養あるもん食わねえと、エマみたいなボインになれねえぞ?」


 シャノンは正直動揺していた。

 対応があまりにも普段と変わらない。知らない可能性もあるが、その線はほぼないはず。いま、大陸中で噂になっている、ラングヴィを討ち果たしたシルフヘイム敗残兵の戦果とその惨劇を。

 

 チラリとピサに視線を向ける。姫様なら、わたしがした行いを非道だと非難すると予想していた。けれど、そんな予想は大外れだと言わんばかりに、涼しい顔で事の行く末を見守っている。

 だとすれば、本当にまだオド・シルフの惨劇を知らない?

 思考の途中で、マサヒロが思い出したように話題を振ってくる。


「所でシャノン。お前の口からちゃんと説明があるのを俺らは待ってるんだが、いつになったら話すんだ?」


 びくりと心臓が跳ねる程に冷たい声音だった。

 マサヒロがシャノンに向けた視線はおよそ、仲間に向けるような視線ではなく、敵意の視線に近かった。急激な変わりように面食らったシャノンは言葉を詰まらせる。こんなマサヒロは見たこともない。当然だ。マサヒロにとっても、オド・シルフは思い出の町。守るべき民すらも滅ぼすような味方には、敵意を剥き出しにするのも理解できた。

 慌てた様子で、シャノンの横からレヴィとシンが立ち塞がる。


「待ってくださいっす、少佐! これも勝利のため、苦渋の決断だったんすよっ!」

「その通りです! 我々は出来うる限りのことをしたつもりです。どうか、寛容な御采配をっ!」


「おい」


 マサヒロの怒りを抑えようと前に飛び出た二人だが、その一言で動きを止められる。狂戦士の異名を持つオルガの唸りだった。自分に向けられた殺気でもないのに、二人以外の後ろに居並ぶ兵達でさえ震えあがった。


「誰が口を挟んでいいと言った。いまは少佐が話しておられる。縊り殺されたくなければ、口を閉じ、後ろに下がれ」


 一つの死線を越え、強くなったと実感していたレヴィとシンは、またしても思い知らされた。

 オルガとの果てしない力の差を。どう足掻こうと太刀打ちできない戦力差。それにビビッてしまったのだ。誰も身動きできないまま、緊迫した時間が流れる。

 最初に動いたのはシャノンだった。


「まず、謝罪をします」


 マサヒロは好戦的な笑みを浮かべながら、返す。


「謝罪ときたか。それは、何に対してだ?」


「独断で戦争を行ったことです。わたしが仰せつかったのは、情報の拡散、兵の徴収、そして各地での戦闘行為の阻止。最後の、阻止の部分についてはわたしに落ち度があると思います」


「じゃあ、オド・シルフやそこに住む人々を焼き滅ぼしたことについて謝る気はねえんだな?」


「ありません。独断専行が罰則に問われるのは承知しています。全責任を負うつもりですし、行った行為の重さも重々弁えています。首を刎ねられてもいい覚悟をしてことに望みました。どのような罰則が下ろうと、甘んじて受け入れます」


 オド・シルフに火を放つと決めた時から、覚悟はできていた。

 真っ直ぐマサヒロを見据え、言い渡される沙汰を待つ。

 マサヒロはシャノンの瞳をじっと見つめた後、ふっと、顔に浮き出ていた剣幕を崩し、肩をすくめた。


「ここまでの道中、ミルドラードの小さな町に何回か立ち寄ったが、お前らの噂で持ち切りだったよ。行く先々で、お前らは救世主扱いだ。希望の星なんてのも言われてた。大きな戦果を上げたようだな、シャノン。処遇を言い渡す。独断専行による町の破壊と住民の殺戮の罪、大戦果を上げた功績と差し引きし、不問とする。これからはより一層、国のために邁進せよ。以上だ」


 シャノンは跪き、甘受した。

 

「さて、この話はここで終わりだ。軍議を開くぞ。シャノン、知恵を出せ。ピサとリズも軍議に加わるように。リズは色々とアールヴの事や神々の黄昏(ラグナロク)について説明頼む。オルガ、ブラッド。お前らは兵の統率、編成を任せる。では、すぐに取り掛かれ」


 的確な指示が飛び、各々が散っていく。

 跪いたままのシャノンの肩にピサが優しく手を置いた。

 シャノンにとって、その優しさは猛毒に等しい痛みを与えている。どうせなら、口汚く罵られた方が、心は軽くなっていただろう。

 でも、それを許してくれない。もっとも、シャノンとて、その痛みから逃げるつもりは毛頭なかった。逃げず、顧みず、甘受する。それが、覚悟を決めるということなのだと、理解しているから。

 シャノンは立ち上がり、軍議に加わり夜遅くまで話し合いは続いた。


 夜更け過ぎ。

 軍議が長引いたため、今日はこの場にとどまり明日から行動を開始することにし、そのまま皆寝床についていた。その最中、寝静まったはずの中から一人、寝床を抜け出す者がいた。

 とぼとぼと歩き、谷底から地上に出る。夜空には大きな満月が輝き、大地を白昼のように照らし出している。

 ぼんやりと満月を眺め、佇むのはシャノンだった。

 眠れない。目を閉じると、火に焼かれる人々の悲鳴が脳内に響き、飛び起きる。最近はそんなことばかりが続いていた。

 火計とは、少数をもって多数を葬ることができる、戦術の最強にして最大のもろ刃の剣なのだ。それを使う者は、大いなる覚悟と呪いが刻まれる。

 覚悟を持ち、備えをしてきたはずなのにのしかかる自責の念。これ程に、重いものなのか……。


「よう、お散歩かい? お嬢ちゃん」


 突然話しかけられ、辺りをキョロキョロと見渡すとそこにはマサヒロの姿があった。


「寝れる時に寝とかねえと、いざという時しんどいぞ、シャノン」


 合流した直後の怒りなど、なにもなかったかのようにマサヒロはいつものようなおちゃらけた雰囲気だった。

 いつもと変わらなすぎる彼の調子に、胸にわだかまる気持ちをシャノンは無意識に零してしまう。


「おかしいです。なんで、わたしを強く叱責しないんですか? 憎く思ってるはずです。マサヒロ様も、姫様も。なのに、なにも言わない。どうして……?」


「なんだ。お前、怒られたいのか? シャノン」


「……違います。ただ、怒るのが普通の人の感情だと思います」


 マサヒロは煙草に火をつけ、紫煙をくゆらせる。


「なあ、シャノン。まだ眠らないなら、俺に付き合え。散歩しようぜ、散歩」


「誤魔化さないで……。ちゃんとわたしの質問に答えてください」


「……ったく、せっかちさんだな、お前は。いいから、とりあえず散歩に付き合え。決定な」


 シャノンの言葉を遮りながら、マサヒロは指笛を吹いた。

 すると、白昼のような月明かりに影が落ち、風を起こしながらなにかが舞い降りる。


「これから世界で二番目、いや、三番目か? まあ、数人目となる空中散歩に連れ出してやる。ピサには内緒な」


 二人の前に降り立ったのはファヴだった。

 シャノンの脇に手を差し込み高い高いの要領で持ち上げる。


「ま、待ってくださいマサヒロ様。なにがなんだか……、あっ……」


 持ち上げた拍子に、シャノンが首に下げていたものが胸元から垂れ下がる。

 黒々と焼けこげ、熱によりがたがたに歪んだいびつな指輪がそこにはあった。しまった、という表情でそれを咄嗟に隠すがマサヒロは全てを理解し、なにも言わずそのままシャノンをファヴに乗せた。

 シャノンを後ろから包み込むようにマサヒロもファヴにまたがり、パチンと手綱を叩く。翼をはためかせ、ゆっくりと浮上し始める。

 経験したことのない浮遊感に、シャノンは驚きぎゅっとマサヒロの腕を掴む。


「大丈夫だ。のんびりと飛ぶだけだから、落っこちたりしねえよ。安心しろ」


 優し気な言葉と、頼りがいのある男の逞しい腕。強張っていた身体が緩んでいく。 


「背中を預けてもいいからな。じゃあ、行くぞ」


 緩やかに空を羽ばたくファヴ。

 ありえない経験。空を自在に飛び回る日が来るなんて想像したこともなかった。

 月光に照らされた大地が輝き、世界をキラキラと映し出している。


「どうだシャノン。すげえだろ?」


「――はい、とっても綺麗です。どこまでも大地が続いて、果てしなく世界が広がっています。……それにしても、いつの間にファヴは自由に飛行できるようになったんですか?」


「別にできなかったわけじゃない。お前も見てるだろ? バルログの時。飛行は負担になるってだけで無理ではねえんだ。それに、このくらい緩い感じで飛んでる分にはファヴも問題ないみてえだしな」


 なんとなく会話は途切れ、そのままゆったりと空中散歩は続いた。

 しばらくして、マサヒロは口を開く。


「わかってるからよ」


「えっ?」


 唐突な言葉に曖昧な反応しかできないシャノン。マサヒロは更に続ける。


「大陸中の人間がお前を冷酷で、およそ人の気持ちを理解しない外道だと思ってるみてえだが、俺達はわかってるからよ。お前は誰よりも人の感情の機微に敏感で、それを理解できる奴だって。だから、安心しろよ。俺もピサもお前が無意味に虐殺をするなんて思ってねえ。やるべきことだから、やった」


 シャノンは涙が零れそうになるのを必死に我慢した。合流した時の、あの冷たい声音は演技だったのだ。軍は規律を重んじる。規律なくして集団は成り立たないから。だから、兵達の前では無理な演技でシャノンを咎める振りをしていたのだ。

 今のさっきマサヒロが言ってくれた言葉こそが彼の本心なのは明白だった。

 でも、別に褒められたくてやってきたわけじゃない。誰かに認めて欲しいわけでもない。しかし、その言葉はどうしようもなく呪いを解きほぐしてくれる。

 認めるのではない、理解が彼女にとって必要なことだったのだ。受け入れるのではなく、共感こそが唯一必要なもの。

 だが、それは赦しの言葉とも違っていた。その罪を背負っていくからこそ、シャノンは鬼謀の軍師足りえる。


「さっきの黒焦げの指輪。ありゃ、エラがぶら下げてたやつだろ? すぐにわかったよ。辛かったな、きつかったな。よくやり遂げた」


 嗚咽を漏らし、堰を切ったように涙が零れる。


「ただ勘違いはするなよ? なにも罪はなくならねえし、軽くなることもねえ。その重さと責任をこれから背負い続けていかなくちゃなんねえことだけは忘れんな」


 鼻水をすすり、涙声でシャノンは返事をする。


「未熟者のわたしですが、その点については重々承知しているつもりです。一生背負っていく覚悟はあります」


「そうか。わかってるならいい。あー……、ただ一つだけ付け加えさせてくれ」


「……はい?」


「半分寄越せ。お前の背負ってるもんを、俺に半分だけ寄越せ」


「……それは違います。これはわたしが背負うべきもの。おいそれと人に渡すものではないです」


「うるせえ。お前は俺の部下だ。だから、部下のものは俺のものだ。異論は認めねえ。俺が半分勝手にぶんどる」


 めちゃくちゃな事をこの人は言ってる。

 罪を半分寄越せだなんて。そんな概念事態がない自分には突拍子もないことで、不思議な心地だった。でも、何故だか暖かい。これは背中に感じるマサヒロの体温だけのせいではないだろう。

 なにかが満ちるような感覚。理解できなくて少し不安もあるけど、なんとなく居心地が良くて安心できる気がした。


 やがて、そのぬくもりは眠気を誘いシャノンを深い眠りへといざなっていった。



 眠ってしまったシャノンの寝息を聞きながら、俺は帰路に着く。


(ご苦労様。眠気大丈夫?)


 レイちゃんが心配して声を掛けてくれる。


「まっ、これも俺の仕事だ。それに、今回の事については俺にも落ち度がある」


 いつだったか、レイちゃんがシャノンについて漏らしていたことがあったのを、つい最近になって思い出した。

 シャノンの目に宿る、鬼謀の炎。忠告を受けていたのにも関わらず、なんの配慮もせずにシャノンに任せてしまっていた。


(過ぎてしまったことは変えられない。ダメだよ、深く考えすぎちゃ。その先は絶望しかないんだから)


「わかってるよ。さっさと帰って寝るとするさ。明日からの予定も決まってるしな」


(そうだね。確か、あの国に行くんだよね。えっと、なんだっけ、ほら、なんとかって国)


「……お前、本当に知識の指輪なのか? あそこは国っていうか、そういうんじゃねえんだ。色んな人間がただ集まって暮らしてる国家と呼ぶべきか不明瞭な組織。『自由都市リベンタ』。大陸を支配しようとするアークガルドを一番うざがってて、尚且つ戦力になってくれそうなのはリベンタくらいだからな」


(そうそう、リベンタ。ふふっ、日頃の教育のおかげかな? 流石、私!」


 うぜえからもう無視しよう。

 帰路を急ぎ、ファヴに少しだけ速度を上げてもらう。

 頬を撫でる風に少々の湿りと生暖かさを感じた。春が終わり、季節は夏に移り変わっていく。

 

 灼熱の時、迫る。



 

  

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