第二話 「日常と邂逅」
おやっさんにぼこぼこにされた翌日。こっぴどくやられたせいで全身傷だらけだ。ファック。加減というものを知らんのかあの筋肉ダルマわ。これ以上痛めつけられると流石にキツい。今日は大人しく真面目に働くとする。
突然だが、情報をもっとも早く得るにはどこが最適かわかるだろうか。
そう、答えはここ。酒場だ。酒場は酒を飲みに来る所なのは言わずもがなだが、その裏で商談や秘密の会合などに使われていたりする。さらに、様々な職種の人間が集まり情報交換をしていることが多々あるのだ。表の情報だけじゃない、裏の情報までもがここには集まる。なかには酔っぱらいの戯言も混ざっているがそこは、嘘は嘘であると見抜けない人間に酒場を使うのは難しいということになる。
言ってしまえばここはめまぐるしく状況が変わる情報戦争の最前線なのだ。
そして今宵も最速、鮮度抜群な情報が飛び交う。その中に一つ気になる話が耳に入る。声のするほうに視線をやると、四人の騎士風の男達が話しているのが見えた。俺はテーブルの灰皿を取り換えるフリをして騎士風の男たちに近づく。
余談ではあるが、俺は騎士という職に憧れている、が、騎士自体は嫌いだ。いつもふんぞり返って偉そうにしてるから。
「最近はアークガルド帝国も大人しいな」
「ああ、そうだな。ま、そのおかげでこうやって毎日酒が飲めるんだからいいことだ。しかしよぉ、あの軍事大国アークガルドがこんな大人しいと嵐の前の静けさっていうのかね。少し不気味ではあるわな」
「はっ!! 我らシルフヘイム王国の誇る獅子王騎士団がいるかぎりなにが起ころうと踏み潰してやるわ!!」
「ふっ。その通りだ。それに我らにはヴェルファイム将軍もついている。心配は無用だ」
騎士風の男たちが話しているアークガルドの件、俺も少し引っかかっていた。軍事大国というだけはあり、シルフヘイムだけではなく他の国ともバチバチやりあっていたアークガルドがパタリと戦闘を辞め大人しくなったのだ。噂ではアークガルド皇帝が大病を患っただとか、内部の派閥争いで外国との戦争どころではないのでは? と、まことしやかに囁かれているが、真相はまだ誰も掴めないでいる。
はっきり言ってこの大陸ではアークガルド帝国が一番の強国なのは間違いない。その国が大人しくなってくれているのは喜ばしいが、やはり俺の中でもやもやと尾を引いてしまう。なにも起こらなければそれが一番なのだが。
「んっ? なんだ貴様? なに突っ立ってる。灰皿の交換終わったんならあっちいけ」
「へっ? あ、すいませんッ。失礼しました」
ボケっとしてたせいで騎士に文句を言われてしまった。
くそっ。やっぱり偉そうだな、騎士は。
俺は仕事に戻り、慌ただしい酒場を走り回った。
夜が更けていく――
翌日。一日休みということもあり町をぶらついていた。石畳の道を歩きがながらすれ違う人の多さに、相変わらずこの国は豊かだと実感する。
そう、豊かな国なんです、シルフヘイムはッ! 豊かなはずなんだが、俺の財布はすっからかん。給料日前ということと、昨日の出張風俗の件で寂しい懐事情となってしまった。普段ならギャンブルか、風俗に行ってるとこなわけだが……。昨日、ヌけなかったし、風俗に行きたい……。まあ、ない袖は振れないのであきらめるしかないんだけど。
サッと気持ちを切り替え、なけなしの金で安酒を一本だけ買いそれをちびちび舐めながら町をうろつく。
ちびちびやっているとつまみが欲しくなってきた。ちょうどいい所に焼き鳥屋の屋台を発見した。俺は屋台のおっちゃんに声を掛ける。ちなみにこのおっちゃんは顔なじみ。たまに、フリードの酒場に飲みに来るのだ。その時仲良くなって以来、店以外でも話すようになった。
「よう、儲かってる? 最近、酒場来ないじゃないすか」
「ん? おう、マサヒロか。儲かってねぇから、節制してんだよ。なんか買ってけ」
「うははッ。不景気だな。ちなみに俺の財布も不景気だから期待しないで」
俺は一番安い、焼き鳥を買いそれを食いながら、おっちゃんと談笑する。
「つーか、最近、ここいら賑やかだよな。なんかの祭り?」
「なんだ、知らねえのか。いまは末の姫様の成人祝いだろうが。だから、こうやってみんな屋台だして商売してんだよ」
ほーん、末の姫様の。
それにしても、王族ってのはなんでも派手好きだよな。成人祝い如きでこんな国中お祭り騒ぎ。
いや、待てよ。そもそも姫が自国で成人祝いってめずらしくねーか? 普通、成人する頃には他国の王族やら、貴族やらと政略結婚させられてるのが常だ。
「なんかめずらしくねぇかい? 姫様が自国で成人祝いって」
「だよなー。……あのよ、こりゃ噂なんだが、なんでも姫様が縁談の話全部断っちまうんだと!」
「ほーん。なかなか気骨があってイカしたお姫様じゃん」
「ははっ! かもな。噂次いでなんだがよ、姫様はとんでもない才能をお持ちなんだってな」
「才能? あのアホで有名な王族に?」
「しっ! バッカ! 声がでけぇよ! 憲兵にとっ捕まるじゃねーか」
と、言いつつもおっちゃんも笑いを堪えている。
我が国の王族はアホ揃い。これは国民も周知の事であり、他国の者も噂で聞いたことはある、と、いうくらいには有名な事だ。その威厳のかけらもない王の下には卑しい豚のような大臣共がいて、贅の限りを尽くしているとか。どこの国も上の人間は腐敗していくもんなのかね。
と、センチメンタルな気分になってる場合じゃない。
姫様に才能だろ? ……ないわ。アホな王族の血を引くお姫様に才能とかまったく信じられん。
「んで、その才能ってのは?」
「なんでも、武芸に秀でてらっしゃるんだと。男の騎士十人相手に完勝したって聞いたぜ。あと、頭もキレるとか。軍師としての才能も持ってらっしゃる。それから極めつけは、姫様はとてもお美しいんだと」
「おいおい。出来過ぎだぜそりゃ。おっちゃん、話盛ってんだろ。天は人に二物を与えず、じゃなかったっけ? 二物どころか、三物与えてるじゃねーか」
「俺も信じちゃいねーさ。ただの噂話よ。まぁ、仮に本当だとしても……」
その先は言わなくてもわかる。
神様は一番重要なことを忘れているわな。それは女に生まれさせたこと。女じゃ戦場に立っても誰も言うこと聞かねぇだろう。宝の持ち腐れもいいとこだ。意地の悪いことするぜ、神様って奴は。
まぁ、所詮は噂。どうせ暇を持て余した奥様方が面白半分で勝手な話を広めたってのがオチだ。姫様もゴシックのネタにされて可哀想に。
そんな他愛のない世間話をしていると焼き鳥屋に客が来た。立ち話もそこそこにして、おっちゃんに挨拶しその場を後にする。あてもなくぶらぶらと再び町を歩きだす。
すると、前に見知った顔を発見した。しかも今はあまり会いたくない人間。俺は咄嗟に隠れようとしたが時すでに遅し。
「あれぇ? マサヒロじゃない? おーい!! マサヒロー!!」
彼女は手を振ってこっちを見ているので俺は気まずいと思いつつ笑顔を向けて手を振り返す。彼女がぴょんぴょん飛び跳ねるようにしてこちらに走ってくる。相変わらず乳でけぇな。ていうか、その走り方わざとやってるだろ。自分の武器をちゃんと理解してやがる。
「やぁやぁ、マサヒロくん。て、そのケガどうしたの?」
「ちょっとな。おやっさんにしぼられた」
「もう。また仕事サボって女の子のお尻追いかけてたんでしょ」
「待て待て。そのいつも尻を追いかけてるみたいな言い方やめなさい。ナチュラルに変態扱いしないでください。まじで」
「あははっ。ごめんごめん。そういえば最近うちの店来ないね」
「いやいやいや。もうお忘れなのかな。あのね、マリーくん? つい先日振った相手に対してそれはないでしょ? ぼく傷心中よ?!」
「えー、だってぇ。あの時マサヒロ私の胸に告白してたよね? 一回も目見なかったし。下心出し過ぎなのよ。マサヒロは」
まじか。バレてないと思ってたのに。
しかし、言い訳をさせてくれ。マリーにも問題はあるのだ。こんなわがままボディで露出の多い服を着てたら、男だったら誰でも見ちゃう。リンゴの実が木から落ちて地面にぶつかるというくらい自然な事象だと僕は思うのです。
それにいまだって――、腕組んで乳寄せてるし。無自覚なのか? 計算なのか? どっちなんだい?!
マリーは俺がよく行く酒場で働いている女の子だ。
綺麗なブロンドで、長さは肩甲骨のあたりまである。少したれ目で透き通ったブルーの瞳。性格はおっとりしている。歳はたしかこの間、二十歳になると言っていた。
マリーはこのほわほわした雰囲気と、たまらないわがままボディのおかげで、酒場でよく口説かれている。まぁ、俺もその中の一人なんですが……。
そんな感じでモテモテなマリーなんだが、いままで特定の男と交際しているという話は聞いたことがない。いや、交際どころか男の影すらない。
このデカパイを持っているのに実にもったいない話だ。俺は胸を見つめる。
「ねぇ、マサヒロ聞いてるの? あ、ほらまた見てる」
「ひ、ひや? 見てねぇし!! 胸じゃなくて服見てただけだし!! 可愛い服ですね、それ!!」
「え、そう? 実は今日おろしたばかりの服なの。最近、衝動買いしちゃって。でね、その服屋さんとっても可愛い服がたくさんあるの!! それでね――」
嬉しそうに話しているマリーだが、これは長くなりそうだ。女はスイーツとファッションの話になるとやる気だしちゃうからな。
こんな時の秘策がある。
「すごい!」「かわいい!」「君は悪くないよ!」
と、このようにとにかく全肯定。女とはただ聞いて欲しいのだ。
だから、否定してはいけない。ただ肯定する。ただただ、うんうんと話を聞いてやればいい。
「――それががまた可愛くてねぇ。あっ、ねぇマサヒロ。喫茶店入ろうよ! すぐそこのお店なんだけど、ケーキがすごく美味しいんだって」
まずい。こんな時は男の俺がスマートにエスコートし、ご馳走するのが普通だ。
しかし、いま財布の中身はほとんどない。
「あ、もしかしてお金ないんでしょ?」
マリーは意地悪そうな笑顔を浮かべ、こちらの顔を覗き込む。
なんでわかった?!
「じ、実はそうなのです。誘ってもらったのに悪いんだけど、今日は……」
「しょうがないなぁ。私が出すから。ほら、早く行こう。その店行列できるらしいし、急がないと」
俺は手を引かれ、店に向かって歩き出す。
マリーは実際の歳以上に大人びてるんだよな。酒場で働いているせいだろうか。所謂、姉さん女房タイプってやつなのかもしれない。
店に入るとなんとか座ることができた。開店時間間もないのにすでにほぼ満席。かなりの人気店のようだ。
メニューを見ても普段スイーツを食べないので良くわからない。だから、マリーと同じやつを注文した。
しばらく待つと、紅茶とシフォンケーキが運ばれてきた。
紅茶の香りがなんともいえない。シフォンケーキを食べると控えめな甘さで、上品な味がした。
向かいに座るマリーは幸せそうにシフォンケーキを食べていた。その顔がまた可愛いらしい。
ケーキを食べ終え、二杯目の紅茶を飲みながら普段、酒場では話さないようなことを話す。
よくよく考えてみると、マリーと酒場以外で話すことはいままでなかったことだと気付く。
なんかデートみたいだな、これ。
「なんかデートみたいだね」
マリーも同じことを考えていたようだ。
酒場で働くマリーも素敵な女の子だが、普段のマリーはもっと素敵だと思った。
マリーとのお茶会は想像以上に楽しく、会話も弾んだ。
しかし、楽しい時間とはあっという間に過ぎるもの。
「あ、ごめん! 私、今日の夜お仕事あるの。誘ったの私なのに勝手でごめんね」
「あぁ、いいよ。仕事がんばれな。またそのうち遊びに行くよ。傷が癒えたら」
「もう気にしすぎ!! 私マサヒロのこと結構好きよ? じゃ、もう行くね」
なんだよもう。余計好きになっちゃうだろ。非モテ男をからかうんじゃありませんよまったく。
店の外に出て、俺は手を振りマリーを見送っていると少し離れたところでマリーがこちらに振り返り大きめの声で叫ぶ。
「マサヒロ―!! まずはデートに誘いなさいよー!! 今度の休み空けとくからねー!!」
マリーはふふんと挑戦的な笑顔をこちらに向け走って人ごみの中に消えていった。
……あれ? なにこれ? 脈あり? まさかの逆転満塁ホームラン?!
俺は完全に有頂天になっていた。もうこれはデートに誘ってお洒落なディナーでも連れてけば……。ぐふふ、股間が熱く、じゃねー、胸が熱くなりますな。
そうと決まればおやっさんに頼んで給料前借りしなくては!! 俺はおやっさんの酒場に走り出していた。
バラ色の生活に胸を躍らせ、輝く未来を信じてやまない俺だが、人生とはそうそううまくいかないようにできていた。
この日、俺の運命は大きく動き始める。
それは一つの邂逅から始まった。