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僕らの --  作者: 甲一
3/3

希望--

久しぶりの投稿です。読んでくださる皆さんありがとうございます。

  ******

 図書室の中は案の定、誰一人として見える範囲にはいなかった。なんだか図書室の前で悩んでいたのが馬鹿みたいだ。一つため息をついて、回れ右をして帰ろうとした時、唐突にペラっという音が聞こえた。僕はゆっくりと後ろを振り返った。今の音は本のページをめくる音、しかもハードカバーのページをめくる音だ。長年、本しか友達のいなかった僕は、本と触れ合う時間が長すぎて、ページをめくる音で本の判型がわかるというどうでもいい能力を身につけていた。

 さっきは気づかなかったが、誰もいない図書室に鍵がかかっていないのはおかしいし、窓も開いていて、風でカーテンがたなびいている。

 さっきの音はちょうど入り口から本棚で死角となる方から聞こえてきた。ということは、もしかすると、そこで誰かが−もしかすると文芸部の人が−読書をしているのかもしれない。僕はゆっくりと足音を忍ばせながら歩き、本棚の陰からさっき死角となっていたところを覗き見た。

 そこには一人の女子生徒がいた。見るからに賢そうな容姿で、一言で言うならクールな雰囲気をかもしだしていた。本棚の陰から身を引っ張り出して、その女子生徒の方に恐る恐る歩いていく。彼女は僕が近づいてきていることに全く気がついていない様子だった。果たして彼女は文芸部の部員なのだろうか。

「あの・・・・・・」

 声をかけると肩をビクンと震わせて、彼女は見るからに驚いた反応をした。驚かせて失礼だったと思い、すみませんの「す」まで言ったところで、彼女は椅子から立ち上がり瞬時に駆け出して、図書室から出て行ってしまった。

 僕はたっぷり1分間は動けなかった。その間呼吸は止まっていた。彼女の驚くべき行動に脳が理解不能と悲鳴をあげていた。今までに女子に気持ち悪いと言われたことはあったが、初対面のあいてに声をかけただけで逃げ出されるとは・・・・・・。かなりショックだった。あと1ヶ月は立ち直れないくらいショックだった。そんな気持ちで彼女の座っていたところをみていると、なにか長方形のものが落ちているのが目に入った。

 それは生徒証明書だった。といっても、保険証のようなカードのものだ。何故こんな物が図書室に落ちているのだろう。これは理解に苦しむ。生徒証明書の写真には先ほどの彼女が写っており、これは彼女のものらしい。名前の欄には『佐藤美鈴』と書かれており、入学年から2年生らしいことがわかった。

 生徒証明書を手に持ちながら、これをここに置いていくべきか迷った。おそらく顔を見られている。もしここに置いていけば、僕は彼女になんて親切心のない人だろうかと思われるだろうか。それとも、持ち帰った場合、後で生徒証明書を探しに来た彼女に僕は人の生徒証明書を持ち去るような‘‘変態”だと思われるだろうか。そのような考えを何度も繰り返しているうちに1時間くらいたったのだろうか。唐突に下校を促すチャイムが鳴り出して我に返った。窓の外はもうだいぶん暗く、グラウンドのライトが赤々と点いている。

 どちらを選んだところで何か悪い印象を与えるのなら、届けに行った方が良いのかもしれない。そして、会って詫びを入れたかった。このままでは後味が悪すぎる。そう思い、生徒証明書を真新しい制服のポケットに入れて今日のところはひとまず日が暮れて暗くなっていく校舎を出た。


 自転車置き場までたどり着いたところで後ろから声をかけられた。誰だろうと思いながら振り返ると入学式の日、社交辞令をしてきたあの美少年だった。

「やあ、津田君。今帰るところかい?」

「うん。ちょっと部活動見学に行っててね」

 そう言いながら学生鞄を自転車の荷台にくくりつける。

「僕もだよ。バスケ部の見学に行っていたんだ。君は?」

 すぐに答えようとして口を開けかけたが、少し躊躇して口をつぐんだ。文芸部といえば一部の人からはオタクの人間ばかりが集まっている部活だという偏見を持たれているらしい。もし彼がその一部の偏見を持った人間なら、文芸部に見学に行ったことを言った瞬間、僕のことを偏見の目で見るようになる。それが怖かった。

 彼の方を見れば少し困ったような顔でこちらを見ている。やっぱり答えないのは彼に悪いと思い、偏見の目で見られるようになるのを覚悟の上で「文芸部だよ」と答えた。

 彼は特に偏見を持った様子もなく「ふうん」と言っただけだったので、ホッとした。

 鞄を荷台にくくりつけ、自転車に乗って、前輪を帰る方向に向けたのは、彼とほぼ同時だった。だが、その方向は彼と僕では違っていた。

「それじゃっ、また明日」と言うと、彼はペダルをこぎ出した。

「うん。バイバイ」と僕が言ったときには、彼の後ろ姿は少し小さくなっていた。彼はこちらを振り返らずにひらひらと手を振る。

 こういうのって良いなと思った。小学校のころはいつも一人で誰とも帰りのあいさつをせずに帰っていた。中学校では小学校よりもましな人間関係を築けるかもしれない。

 帰り道。身体に吹きつける風は涼しく心が洗われすがすがしい気持ちになる。これからの中学校生活に彼のおかげでほんの少しだけだが希望を持てた。

読んでくださりありがとうございます。これからもぼちぼち投稿していくので、そのときはよろしくお願いします。

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