第一章7話『眠る少女』
目の前には少女が横たわっていた。
髪は長く、深い紫色で黒に近い。服装は今にも破けてなくなってしまいそうな、ボロボロの布を一枚だけ着ている。
《魔導召喚機》から排出された少女は何処をどう見ても、ヒトにしか見えなかった。
《魔導召喚機》から排出される物の中には特殊武器と呼ばれる使い魔などもいる。しかし、ヒト型の使い魔なんて聞いたことがない。
「君、ちょっといいかい?」
俺が少女の存在に困惑していると、ギルドの職員に声を掛けられた。
「この少女はどうしたんだ?病人だったら第一ゲートまで運ばないといけないが」
「いえ、その……《魔導召喚機》から出てきたんです」
「《魔導召喚機》からヒトが?そんなわけないだろ」
《魔導召喚機》を管理している《鉄壁の要塞》の職員でも、少女の事は知らないらしい。
「もしかして、君!この少女を誘拐でもしようとしてたんじゃないか!?」
「はぁ!?違いますよ。本当に《魔導召喚機》から出てきたんですよ」
「詳しくは第5ゲートについてから、聞くから。この少女は誰かに頼んで第一ゲートに運ばないとな」
ギルド職員の男に手錠を掛けられ拘束された瞬間、思わぬ所から横槍が入れられた。
「ちょっと待て、職員さん。自分は《魔力障壁》の中から彼女が出てくるのをこの目で見たぞ!」
そう言って、列の中から一人の女が現れた。
年は俺と同じか少し下くらいだろうか、深紅の髪が背中まで伸びていて、左右にリボンが結ばれている。
橙色の瞳には強い意思を感じとれた。
「本当かい?しょうがない、とりあえず確認してくるよ。それまではこの男の拘束を解くことはできない」
そう言って、ギルド職員の男はカウンターに向かった。
「ありがとう。おかげで助かった」
「お礼はまだ早いぞ。その手錠が外れてから聞くことにしよう」
それから少しして、ギルド職員の男が帰って来た。
「《魔導召喚機》の排出履歴を確認したところ、九の刻二十三割十二瞬に☆1のヒト型使い魔、《黒熱の女王》の排出が確認できました。先程は申し訳ございませんでした。すぐに拘束を解きます」
ギルド職員の男が俺に付けられた手錠を外し、拘束を解く。
「それにしても、ヒト型の使い魔がいるなんて聞いてないぞ」
そんな事をぼやきながら、ギルド職員の男は俺達に別れを告げて仕事に戻っていった。
「改めて、さっきは誤解を解いてくれてありがとう」
そう言って、俺は手を差し出す。
「なんてことはない、当然の事をしたまでだ」
彼女は俺の差し出した手を握る。
「俺はリビ・トーワスだ。よろしく」
「自分はミラ・クルスだ。こちらこそよろしく頼む。ところでその、なんだ、そこの少女の事なんだが」
彼女は眠っている少女を指差し言葉を続ける。
「自分に売ってくれないだろうか?」
「?」
言葉の意味が理解できず、一瞬固まる。
言葉の理解が追い付いた時には、既に口に出ていた。
「親切なヒトだと思ったら、お前、それが狙いだったのか!?」
「初対面でお前とは失礼な!それにさっきのは紛うことなき親切心だぞ!」
「それを自分で言う奴は信用ならないし、まさに今、売ってくれないかと本性を聞いたばっかりであれが親切心だと思えるか!?」
「とりあえず話を聞いてくれないか。精霊石五千個でどうだろう」
「さらに怪しすぎる!!!」
「ミラお嬢様」
そんな会話に割って入って来たのは、背の高い燕尾服を身にまとった老人だった。
「黒幕!?」
つり上がった深緑の瞳からは、底知れない力を感じる。
佇まい、雰囲気、周囲の全てがこの老人はただ者ではないと物語っている。
「そんなに畏まらないでください。それに私は黒幕なんかではありませんよ。私はミラお嬢様の執事をしているカイレイ・バルドです。以後、お見知り置きを」
そう言って執事は頭を下げる。
「じーや、どうしたらその少女を売って貰えるだろうか」
「お嬢様。まず、その女性は使い魔と言えど生きております。物品をやり取りするように売ってくれでは、相手方の信用は勝ち取れません。それに、お嬢様程の財力があればその青年からではなく《召喚魔導機》から引き当てた方が早いのでは?」
「そうか。ではさっそく並び直すとしよう!じーや、先に行っているぞ!リビ!先程はすまなかった!」
彼女は嵐のように消えていった。
「お嬢様は正義感が強くお優しい方なのですが、少し頭がアレなのですよ。お嬢様は自称レアハンターで《召喚魔導機》目録を作るのが夢なのです。あなたが当てたその女性が珍しく、先走ってしまっただけなので、どうかお許しください」
老執事--カイレイ・バルドさんはそう言って頭を深く下げた。
お嬢様を馬鹿にしているような単語が入っているが、俺の気のせいだろうか。
「はぁ、わかりました。そう言うことなら」
「分かって頂けてなによりです」
カイレイさんは眠っている少女の元に駆け寄り、何処から取り出したのか、新品の白い布を少女に被せる。
「こんなものしかありませんがないよりはましでしょう。リビ殿、このようなか弱い女性をそのままにしておくのはいけない。早く、連れていって上げてください。お侘びはまた今度改めて致しますので」
「お詫びなんて、いりませんよ」
「そうですか、ではお詫びと言ってはなんですがお嬢様のスリーサイズをお教え致しますよ」
冗談なのかなんなのか、そんな事を言ってくるカイレイさん。
「八十五、五十五、八十一です」
「いらないですって」
そんな会話をしている頃には、最初にカイレイさんから感じた威圧的な雰囲気は既に霧散していた。
俺は眠っている少女を背負い、カイレイさんに別れを告げてその場を後にした。