第一章5話『銅の券』
《鉄壁の要塞》第四ゲート内部では、外で起きた事件の後始末に追われているせいか職員が動き回っていた。
外で起きたような事件はアルカディアでは良くあることなどで、職員達は慣れたようにてきぱきと行動している。
内部の案内板に従い、俺は《銅の券》配布会の会場にたどり着いた。
「マナさん。はぁはぁ……まだ《銅の券》ありますか?」
見知った顔のギルド受付嬢--マナさんに声をかける。
マナ・スチュアート、俺が冒険者になった頃からお世話になっている人だ。
「リビくん、おはよう。残念だけど……」
マナさんは黄金色の瞳を細め、神妙な赴きで言葉を続ける。
「今回は定員数が少なかったからね。また次頑張って」
--目の前が真っ暗になった。
今回は若干諦めかけていたが、もしかしたら行けるんじゃないかと思っていた。
しかし、先月と同様今回もダメだったらしい。
「フフッ」
俺が膝を折って項垂れていると、マナさんがクスッと笑った。
肩口で切り揃えられた緑色の髪がはためく姿はまるで、神話などに出てくる妖精のように見えた。
「お姉ちゃん、ちょっとイジワルしちゃった。ごめんね♪」
お茶目なセリフと共にポーズを取るマナさん。
大きな胸が上下に揺れ、不覚にも思わずドキッとしてしまった。
「はい。《銅の券》」
マナさんが差し出してきた、《銅の券》を受けとる。
俺はついに《銅の券》を手に入れることに成功したのだ。
嬉しさのあまり、一瞬固まってしまう。
「フフフッ」
その姿を見たマナさんにまた笑われてしまった。
「それにしても、冗談がきついですよマナさん。それでなくても前回一度失敗しているんですから」
「リビくん面白いから、ついからかいたくなっちゃうのよ。リビくんみたいに必死にチケット貰いに来る人他にいないもん」
「精霊石買える程のRなんて持ってないので、チケット狙うしかないんですよ」
「《銅の券》、ゲットできてよかったね。後残り二枚だったからギリギリだったんだよ。今回は外の事件があったから、こんな時間まで残ってたけど本来ならすぐになくなっちゃうから、次回は気を付けるように」
「すいません。ちょっといいですか」
マナさんと二人で会話をしていると、横から声をかけられた。
「一応なんですけど、《銅の券》まだありますか?」
そこにいたのは、俺の知り合い--昔の仲間エンジュ・リークだった。
「ちょっと待っててね。はい、最後の一枚」
エンジュはマナさんから、《銅の券》を受け取る。
「よし、これで全部なくなったわね。私は《銅の券》配布会終了のアナウンスをしなくちゃいけないから」
バイバイと言って、大きな胸を揺らしながら、マナさんは走っていった。
「エンジュはどうしてここに?第四ゲートの前には居なかったよな」
エンジュの方を向き、質問をする。
彼女はマナさんとは違い、胸が小さく良く言えばスレンダー美人という感じだ。
「イテテテッ!」
何故かエンジュに耳を引っ張られる。
「胸」
「?」
「私の胸を見て、物凄く失礼な事を思っていたでしょ」
エンジュが俺の耳を離すと同時に、青色のポニーテールが大きく揺れる。
「そんな事ないってってイテテテッ!」
またも、エンジュに耳を引っ張られる。
紺色の瞳からは、マジで耳を引き裂いてやるという意志が感じられる。
「ふいません!ちょっとだけ失礼な事をかふがえました!」
エンジュの手が耳から離れる。
「まぁいいわ。さっきの質問の答えだけど、第2ゲートで換金を済ませた後、何となくここによっただけ」
「何となくよっただけで《銅の券》をゲットできたのかよ」
「ええ。外の冒険者はみんな倒れていたから。もしかすると、まだ余ってるかなって」
さすが幸運の持ち主だ。エンジュは昔からとても幸運で、《召喚魔導機》では☆5しか出した事がない。
俺にもその運を分けて欲しい。
「そういえば換金ってことはダンジョンに潜っていたのか?」
「ええ。《白銀の刃》の助っ人でちょっとね」
「《白銀の刃》って攻略最前線クランじゃないか!すごいな!」
クラン《白銀の刃》はクラン《高見の見物》と並ぶ、アルカディアの2大トップクランでアルカディアに住む冒険者なら誰でも知っている。
ついこの間も六十四階層を攻略したらしい。
「ちょっと大声出さないで。それに私がついていったのは二十階層だし、それも攻略というよりは調査だったわ」
「調査?」
「最近、冒険者の間でダンジョン上層部でS地点が多発しているって噂があるのよ」
「S地点?」
「あまり聞き慣れない言葉だけど、本来なら下層部で起こる現象らしいわ。大量の瘴気とともに、魔物が現れる。私もこのくらいしか聞く事が出来なかったけど。リビもダンジョンに潜る際は注意した方がいいわ」
「そうだな」
「じゃあ、私はそろそろいくわ。丸一日ダンジョンに潜っていたから、早くシャワーを浴びて寝たいの」
そういってエンジュは踵を返し、帰ろうとする。
「ちょっと待ってくれ」
俺は一つ要件を伝え忘れていたので、エンジュの肩を掴み、引き留めた。
「ひゃっ!なっな何?」
肩を掴まれたエンジュがすっとんきょうな声をあげた。
「いや、ちょっとお願いなんだけど……ライルに治癒技をかけてやってくれないかなって」
「来た時にやっといたわ。もう要はないわね」
怒ったようにそう言ってエンジュは、第四ゲートを出ていった。
--何だったんだ?
『本日六の刻から開催されていました《銅の券》配布会は終了致しました』
呆然と立ち尽くす俺の元にマナさんのアナウンスが鳴り響いた。