第9話 襲撃
「ひい、ひい……」
俺はジャイアント・ラビットを二匹引きずりながら歩いていた。
すでに身体中から絶え間なく汗が噴き出ているし、筋肉が悲鳴を上げている。
お、重たい……!
この俺の攻撃力特化チートをもってしても、重たくて仕方がない!
俺が悲鳴を上げて引きずっている一方で、フィーは暖かい日差しを気持ちよさそうに浴びながらピクニック気分である。
くそっ!今日、お前の風呂覗いてやるからな!
俺がそんなことを考えていると、先を歩いていたフィーがピタリと脚を止めていた。
「はぁ、はぁ……どうしたんだよ?」
「…………」
俺が息も絶え絶えに聞くが、フィーはむっつりと黙り込んだまま離さない。
何こいつ。無視ですか?
頑張ってクソ重たい食糧を運んでいる俺を無視ですか?
とくに、お前が斬ったジャイアント・ラビットは血を垂れ流しているから怖いんだぞ。
そんなことを思っていると、フィーがちょいちょいとかがむように指示してくる。
「嫌だね」
「かがめや、おらぁっ!」
「ひぎっ!?」
俺が精いっぱいに嫌な顔で見下してやると、短気なフィーは俺にローキックを繰り出してきやがった。
べ、弁慶の泣き所はダメだろ……。
俺が脛を押さえてしゃがみ込むと、耳元でこそこそと話し出した。
「なあ、誰かに見られてねえか?」
「はぁ?ここはゲヘルの森だぞ?そんなわけ……」
フィーの言葉に反論しようとする。
この森にはほとんど人が入ってこない。
こんなところに住み着いている俺や、連れ去れるときに歩いていたフィーが例外なのだ。
だが、俺は最後まで言葉がつなげなかった。
俺も、何かの気配を感じ取ったのだ。
そして、この感じはとても嫌な感じ!
転移して数日が経った頃、ゴブリンどもに待ち伏せ攻撃を受ける前の感じだ。
つまり、俺に都合の悪いことが起きそうな予感……!
「本当だな。どこから見ているかとか、分かるか?」
俺もこっそりとフィーに顔を近づけて言う。
近づいて見ても、フィーの顔は可愛らしく整っていた。
ちょっと、ドキドキした。
それは置いておいて、俺がフィーに聞いたのはこの数日間で索敵に関してはフィーの方が優れていることを知っていたからである。
よく狩りをしていたとのことで、誰かからの視線や気配などに敏感なようだ。
俺も、嫌な気配とかは分かるのだが、フィーの方が確実で早かった。
「んー、見られているってことは分かるんだけど、多分そいつ魔法使ってんなぁ。見つけられるけど、もうちょい時間かかるかも」
フィーは大きな目だけきょろきょろと動かして、俺にそう囁いてくる。
……何か、囁かれるのって興奮するかも。
しかし、フィーでも見つけられないなら俺では無理そうだなぁ。
一応、俺も探すけど……。
あと、その気配に俺は凄くゾクゾクしていた。
これは、俺に対する明確な敵意である。
つまり、俺たちに視線を送っている奴は間違いなく敵である。
「あっ」
木々の間がキラリと光ったかと思うと、空気を切り裂いて現れたのは矢であった。
凄まじいスピードでこちらに向かってきている。
俺は、転移してから鍛えられた身体が勝手に反応するのを察した。
「わぷっ!?」
まず、前にいたフィーを抱き寄せた。
俺の腕の中で変な声を出していたが、今はそれに萌える暇もない。
何故いがみ合っているフィーをかばったかというと、俺はこいつが嫌いではないからである。
ただ、それだけだ。
そして、次に俺は矢が通るであろう線に腕を差し出した。
これぞ、『肉を切らせて骨を断つ』作戦である。
……骨は絶てそうにもないけれど。
しかし、矢を放ったであろう場所は分かった。
この矢を受け止めたら、すぐに追いかけてチート攻撃を叩き込んでやる!
……でも、痛いんだろうなぁ。
俺は、来るであろう痛みにうっすらと涙を浮かべた。
「―――――ふっ」
しかし、俺に矢が刺さることはなかった。
俺の腕から抜け出したフィーが、いつの間にか召喚していた刀で斬り落としてしまったからである。
……しゅごい。
カランと音を立てて、矢が地面に落ちた。
「……おい」
「はい」
フィーの顔は白髪に隠れて見えない。
しかし、その声音から俺は敬語に変えた。
何か、怖そうだったからである。許して。
「いきなり抱き寄せるのはやめろ。恥ずかしいだろ」
「…………」
そこですか。
だが、俺はフィーが褐色の肌を真っ赤にして照れている様子に言葉が出ないほど萌えていた。
か、可愛い……。
恥ずかしそうに視線をそらしているのが、またたまらない。
特徴的なエルフ耳が嬉しそうにピコピコしているのだって、もう吐血ものである。
「よし、捕まえてくる」
そう言うと、フィーは一瞬でその姿を消した。
本当、脚が速いな。微妙にしか見えなかった。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
フィーが消えてからすぐ後のこと、声音が女の悲鳴が森の中で響き渡った。
一瞬、フィーの悲鳴かと思ってゾッとしたが、その声は子供のような可愛らしいものではなく大人の成熟したものだったため、彼女のものではないとわかった。
でも、綺麗な声だ。これは俺の勘が美女だと言っている……っ!
「へぶっ!」
「うわぁっ!?」
そんなことを考えていた俺の目の前に、いきなり女がドチャリと落ちてきて悲鳴を上げる。
す、すごい声を出していたが大丈夫だろうか?
その後、フィーもどこからか降ってきた。
「ちぇっ、上手いこと避けやがって」
フィーはそう言って、刀をブンブンと振っていた。
今落ちてきた女を見ると、どこにも斬られたような傷はない。
へー、フィーの剣技を避けたのか、この女。
一緒に魔物の狩りをしただけだが、それだけでもフィーがとんでもなく強いことは分かる。
そんな彼女の攻撃をさばいたのだから、この女もかなりの実力者だろう。
……何で、俺を攻撃してきたのかな?ん?
「こいつどうするよ、ゴーシ?」
「そりゃあもう……」
フィーは命を狙われた俺に決定権を与えるようで、判断を仰いでくる。
俺はニヤリと笑って、拳を握る。
フィーがいなければ、俺は少なくとも矢が腕に突き刺さっていたのだ。
そりゃあ、何発か殴っても問題ないだろう。
攻撃力特化チートの俺が殴って生きていられるかは知らないけど、この異世界では甘いことはあまり言っていられない。
盗賊団みたいなのに襲われて殺された行商人とかも見たことあるし……。
情けは無用。
「へへ、たまに気が合うな」
フィーも俺と同じような、あくどい笑顔を浮かべる。
未だ地面に顔をめり込ませたままの女に向ける視線には、どこか怒りをはらんでいるようにも見られた。
そりゃあ、いきなり攻撃されたら怒るわな。超分かる。
「さあて、歯を食いしばってもらおうか」
「待ってぇっ!待ってください!」
俺が拳を振り上げ、フィーが刀を構えたとき、ついに女が顔を上げる。
ええい!往生際が悪いぞ!
「待たん!」
「えぇっ!?ちょっと待ってください!本当にちょっとでいいので!」
俺が当然の答えを返すと、女は大慌てで引きとめてくる。
馬鹿を言うな!俺を殺そうとしたやつの意見なんて、聞く耳持たん!
運がよければ、俺の攻撃力特化チートによるパンチをくらっても生きているだろう。
魔物とかは大体一撃で死ぬんだけど。
「私です、フィー様!アルトです!あなたの側近のアルトですっ!」
「アルト!?」
何やら女とフィーが盛り上がっているようだが、そんなことは知ったことではない。
ひゃっはぁぁぁっ!死ねぇぇぇぇっ!!
「ちょっと待った!」
「ほげぇっ!?」
俺の振り下ろした拳は、女に命中することはなく空振りした。
フィーが見事な足払いを仕掛けてきたからである。
俺は先ほどの女のように、見事に地面と顔をぶつけることになったのである。
な、何故……?味方だと思っていたのに……?
俺がそんな意思を込めた目でフィーを見上げると、彼女にしては珍しく申し訳なさそうな顔をしていた。
「あー、ごめん。こいつ、俺の知り合いなんだ。とりあえず、話だけでも聞いてやってくれないか?」
そう言って、頬をポリポリとかくフィー。
聞きたくないんですけど。