第8話 ジャイアント・ラビット
「ここにもいない……」
ゲヘルの森に近い迂回路に、一人の女が立っていた。
ここは超危険地帯であるゲヘルの森を通らなくてもいいように作られた迂回路であるが、比較的に近いために多くの人はここを通らない。
何の拍子にか、魔物が森から飛び出してくるということも有り得るからだ。
今も、非常に閑散としていた。
「もしかして、あのゲヘルの森を通っていたの……?」
女は近くに広がる森を見た。
見た目は普通の森で、何もおかしいところはない。
しかし、このあたりに住む者のみならず、遠く離れた場所にも『ゲヘルの森』の悪名は轟いている。
この森は、住み着いている魔物の強さが他の所と比較にならないくらい高いのである。
噂によると、強力な魔物たちが住み着いている魔国の最奥部並だという。
魔王ですら手こずるような魔物たちがうようよしているのが、ゲヘルの森なのだ。
「いくらあの方がお強いと言っても、ゲヘルの森では……。それに、あの方は人間たちに拘束されているはず。戦うこともできなければ……」
女は最悪の状況を思い浮かべる。
しかし、慌てて首を振ってそれを払しょくする。
「落ち着きなさい、アルト。あの方の戦闘能力の高さは知っているでしょう」
女が探す人物は、非常に戦闘力が高い。
それこそ、ゲヘルの森の魔物たちが相手でも、一歩も退くことなく戦ってしまえるだろう。
とはいえ、拘束されているのであれば、全力で戦うことはできない。
「探しに行かなければ。……うぅ、でも嫌だなぁ」
女は、はあっとため息をつく。
そもそも、あの方の側近になった時点で色々とぶっ飛んだことは起きると想定できていたのだ。
ゲヘルの森がなんだ。
そう思い、自分を奮い立たせる。
「待っていてください、フィー様」
女が思い浮かべるのは、快活な笑顔を浮かべるダークエルフ。
彼女を助けるため、女は動き出したのであった。
「……でも、魔法はかけておこう」
女はそれからたっぷり時間をかけて、自分に気配を消す魔法などを多重にかけたのであった。
◆
「おかしい……」
俺は不思議に思って、そう呟いた。
太陽が上空高くにあって、暖かい日差しが差し込んでくる。
色々と危険なゲヘルの森であるが、昼間はこんなに居心地のいい森に姿を変える。
まあ、魔物は平常通りなので危険なことには変わりないのだが……。
ゲヘルの森はいつも通りだ。
俺が転移してきて住み着いてから、何も変わっていない。
「ん?何がおかしいんだ?」
問題は、目の前で不思議そうに俺の顔を覗き込む、このロリエルフである。
「いや、お前だよ。いつまで俺の家に居座る気だ」
俺がフィーと出会ったから、なんと数日が経っていた。
つまり、一日だけ泊めてやるつもりだったのに、数日間居座られていることになる。
あれ?あの時だけって言ったよね?
「なんだよ、今更。俺がいた方が面白ぇだろ?」
「まあ……」
それは確かに、フィーの言う通りだった。
良くも悪くも、こいつといると暇ではなくなった。
基本的に悪い方に暇ではないのだが……。
「とりあえず、俺が食った分だけ返すって」
「そう?ありがたいけど……」
うーん……何かおかしいような気がするんだけどなぁ。
あまりにもフィーが堂々としているため、おかしいのは自分ではないかと思い始めてしまったくらいだ。
確かに、こいつは食糧集めに尽力してくれている。
果物採取などは、本当に世話になった。
以前までなら、俺がひいひい言いながら木に登って果物を取っていたのだが、フィーは身軽にひょいひょいと登って簡単に採取してしまう。
労働時間の格差が半端ない。
「ジャイアント・ラビットだ!」
フィーがバッと指をさす方向には、大きなウサギがいた。
これも、魔物の一種である。
フィーは言うと同時に刀を召喚し、目にもとまらぬ速さでウサギを斬り殺してしまった。
そう、こいつは魔物狩りしていたこともあって、かなり役に立つ。
俺がいちいち恐怖と痛みに耐えながら狩りをする必要もなくなったのだ。
俺はほろりと涙を流す。
「あ、もう一匹いた」
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
フィーが棒読みでそんなことを言うと、もう一匹のジャイアント・ラビットが俺を襲ってきた。
何故だ!?フィーが怖いからか!?
大きいがゆえに凄まじい脚力で突進してくるジャイアント・ラビットを、何とか避ける。
「うらぁぁぁぁぁっ!!」
そして、背を向けていたジャイアント・ラビットに、俺の拳を叩き込む。
ここで、俺の攻撃力特化チートが発動し、巨体を一撃で沈めた。
「おー、やるじゃねえか」
そう言って、パチパチと拍手をするフィー。
こ、この野郎……!
「テメエ!もう一匹いることが分かっているんだったら倒せよ!」
「いいじゃねえか。ゴーシも強ぇんだし」
「俺が強いのは攻撃力だけなの!防御力とかは他の人と変わらないの!」
俺はフィーに掴みかかるが、こいつはどこ吹く風である。
本当、勘弁してくれ。
俺のチートは攻撃力だけだから、あんな大きな魔物に突進されたら絶対にけがをする。
下手をしたら死ぬ。
まあ、フィーが来るまでの間、俺の狩りの仕方は『肉を切らせて骨を断つ』を地でしていたから多少頑丈だが……。
でも、痛いのは好きじゃねえんだよ!
「まあまあ。食糧も結構集まったし、そろそろ帰ろうぜ」
手のかかる子供を諭すような態度に、またムカつく!
お前の方が子供だからな!?
しかし、フィーの言うことに一理あった。
こいつのおかげで、食料の集まりは非常に順調である。
果物や木の実もいっぱいとれたし、ジャイアント・ラビットも二匹手に入れた。
今日は、これくらいでいいだろう。
「そうだな、帰るか」
「おう!」
なんかもう、こいつと一緒に暮らすのが当たり前のように思えてきた。
そのことに、俺もあまり嫌ではないし……。
……欲を言えば、こいつがもっと成長して俺に優しくしてくれたら言うことないのだが。
スタスタと前を歩くフィーを見て思う。
……あれ?
「おい、このジャイアント・ラビットどうするんだよ」
「え?俺が持てるわけねえじゃん。力のあるゴーシが持てよ」
こいつ……っ!!