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第6話 お仕置










俺が起きたのは、日が沈み始めていた夕方だった。

何か怖いことを誰かに囁かれたような気もしたが、どうせ悪夢だろうと自己解釈する。

面白いことがあって、久しぶりに穏やかな睡眠時間が取れた俺は、今激怒していた。


「何か、言うことはあるか……?」

「……ごめん」


俺は夕日を背に仁王立ちをしている。

そんな俺の前では、フィーが正座をしてばつが悪そうな顔をしている。


気が強くてすぐに言い返すフィーからは考えられないほど殊勝な態度だ。

だが、許さん。


「確かに、俺は果物を食べてもいいと言った。お前が騒がないようにな」

「……いや、俺子供じゃねえから騒がねえし」

「黙れ」

「……はい」


いつも食いついてくるフィーが、俺の言葉に素直に従う。

凄く気持ちいい。普段からこんな態度だったらいいんだけど……。


いや、今はそういうことじゃない。

こいつは、してはならないことをしてしまったんだ。


「でもな、いくらなんでも全部食べちゃうのはやりすぎだろ……」

「……本当、ごめん」


俺は膝から崩れ落ち、両手を地面に付く。

流石にやってしまったと思っているようで、フィーも気の毒そうに謝ってきた。


部屋の中には、フィーが食い散らかした果物の残骸があった。

俺が、コツコツと貯めてきていた食糧が、尽きたのだ……。


「許せるかぁぁぁっ!俺がどれだけ苦労したと思ってんだぁぁっ!」

「いひゃいいひゃいひゃい!ごめんなひゃいっ!!」


怒りのあまり、フィーの褐色の頬を摘まんでぐにぐにと引っ張ってやった。

おのれぇっ!流石にやりすぎだろうがぁっ!


全部ってお前……全部って!!

俺の恨みを、フィーの頬をグニグニすることでなんとか治める。


……あれ、凄く柔らかくて気持ちいいな、こいつのほっぺ。

仕方ない。この柔らか褐色頬で、手打ちにしようではないか。

俺はバチンと手を離してやる。


「これで、勘弁してやるよ」

「ひひゃっ!?うぅ……痛ぇ……」


健康的に焼けた頬が真っ赤になっていた。

そこを、涙目になりながらフィーが撫でていた。


文句を言いたいのはやまやまだろうが、今回は確実にフィーが悪いので何も言ってこない。

まあ、本当に反省しているようだし、許してやろう。


「仕方ねえ。果物もなくなったし、ジャイアント・ボアを食べるか」

「…………」


フィーがキラキラとした目で見てくる。


「お前は飯抜き」

「がーんっ」


フィーは口で感情を表した。

いや、そう言うのって口に出すものじゃないから。

しかし、本当に悲しそうな顔をするので、俺の溢れんばかりの良心が痛んで仕方がない。


「はあ、分かったよ。お前も外に出ろよ」

「おお!流石ゴーシ。心が広いぜ!」

「はっはっはっ」


それほどでもある。











ということで、早速外に出てジャイアント・ボアを焼いていた。

あまり夜に火を使ったりはしたくない。


転移してきて初めて獲物を捕まえて、焼いたことがあった。

その時は、火の明るさか美味そうな匂いにつられたのか、何体もの魔物が襲い掛かってきたのだ。


いやー、初めての狩りで精神的に消耗していた俺にとっては、泣きっ面に蜂だったね。

多少傷を負って半泣きになりながら撃退には成功したけど……。

まあ、あれ以来魔物も襲ってこなくなったし、今焼いても大丈夫だろう。


「早く~焼けろ~」


それに、フィーも自分の力には自信があるようだし、いざというときは任せてもいいだろう。

エルフ種だから子供じゃないみたいだし、大人の義務とかねえから。


俺がそんなことを考えているとは当然知らないフィーは、どんどんと火が通っていくジャイアント・ボアを見てよだれを垂らしていた。

おい、そんな反応じゃあ大人とは到底言えないぞ。


「さて、もうそろそろ良いだろ。切るぞー」

「やっとかよ!あ、斬るのは俺がやるよ!果物の罪滅ぼしだな」


安い罪滅ぼしだな、おい。

とは思ったものの、せっかくやってくれるというのだから任せることにしよう。

じゃあと俺は小屋の中に置いてあった包丁をフィーに渡そうとする。


「あ、いらねえぞ。俺、自前のもの持っているし」


自前の包丁……?

フィーは料理人だった……?

……まあ、そんなことはないわな。じゃあ、どうやってジャイアント・ボアを切り分けるのだろうか?


「お前、何も持ってねえじゃん。どうするの?」

「見とけって」


そう言われては、黙って見ておくしかできない。

実は、切り分けるつもりなんてありません~。嘘でした~。


なんてことだったら、今度はほっぺグニグニだけでは済まさん。

ケツをひっぱたいてやる。

あの、なかなか張りの良さそうな……。


「……おい、ケツ見すぎだろ」

「自意識過剰だ」


危ない。俺が見た目子供のフィーに厭らしい視線を送っていたみたいになりかけたではないか。

俺は非常に幅広いストライクゾーンを持っているが、流石に精神的に子供な女はダメである。

俺に怪訝な視線を向けていたフィーであったが、気を取り直してすっと目を瞑った。


「よっ」


パンッ!


フィーは、小さな手のひらを勢いよく合わせる。

その音の大きさは、周りの木々が振動で震えあがるほどであった。


そして、ややビビりの気がある俺も震えあがってしまった。

び、ビビらせやがって……!


いきなり大きな音を出すんじゃねえよ!心臓止まるだろうが!

そう文句を言ってやろうと思って口を開いたのだが、俺の口から出たのは文句ではなく驚きの声だった。


「おぉっ!?」


フィーが合わせた手の前に、何とも幾何学な魔法陣が現れたのだ。

ふぁ、ふぁんたじー……。


さらに、俺はフィーに驚かされることになった。

その魔方陣から、ゆっくりと一本の刀がにょきっと生えてきたのだ。

それを、フィーは力強く掴むと、一気に引き抜いた。


「すげぇっ!なんだ今の!?」

「ふふん」


魔法陣が消えると同時に、俺はフィーに駆け寄っていた。

今の俺は、凄く興奮していた。


魔法陣とか、超面白いじゃん!

今は、フィーのドヤ顔も気にならない。

ちょっとだけムカッとくるだけだ。凄い!


「フィーは魔法使いだったのか?」

「いや、俺【単体】が使えるのってこの召喚魔法だけなんだよな」


頭をかいて、照れくさそうに言うフィー。

いやいや、一つしか使えなくても凄い。


俺なんて、まったく何一つ使えないのだから。

……俺も、使ってみてえなぁ。


「よし、斬るぞぉ!」


俺に褒められて気分が良くなったのか、気合を入れているフィー。

それはいいんだけど、抜身の刀を振り回すな。怖い。


というか、油とか凄そうなジャイアント・ボアを刀で斬るのか?

そんなにうまくいくかなぁ……?


俺は刀のことをいまいち理解していないが、どう見ても細くて頼りなさそうだ。

そりゃあ、斬るということに特化した武器っていうことは知っているけど、その本領を発揮するのは刀の達人が使ってこそだと思う。


エルフ種とはいえガキンチョのフィーが使いこなせるものだろうか?

そんなことを考えていた俺だったが、その認識がまったくの間違いであったことを知る。


「よいしょぉっ!!」


凄く男らしい声を上げて、フィーは動いた。

俺の目には到底追えないスピードで、刀を振るう。


み、見えない……。フィーの振るう刀がいくつもあるようにすら見えてしまう。

ざ、残像……だと……?

そして、いくつかの剣の閃きがあったと思うと、あれだけ大きかったジャイアント・ボアは細切れにされていたのであった。


「どうよ?」


どやぁっと、またもやムカつく顔をするフィー。

だが、俺にもうそれをからかう余裕なんてなかった。


「流石です、フィーさん」

「お、おう……。何でそんなにへりくだっているんだよ?」

「いやいや、別にへりくだっていませんとも。元からこうだったではありませんか」

「ねえよ」


フィー、強すぎじゃない……?

俺はこんな凄まじい刀の使い手に舐めた口をきいていたのか。

ごめんなさい。細切れは勘弁してください。


「やめろよ、ゴーシ。せっかく……」


そう言って言葉を止めるフィー。

その顔は、何故か悲しそうだ。

何でだろう?俺は他人に敬語を使われると凄くいい気分になるのに……。


「正直、気持ち悪いぞ」

「うるせえ、クソエルフ!ばーか!」

「変わり身早っ!?」


やっぱり、お前なんかに敬語を使うのはもったいないわ!

フィーはフィーだ!ムカつくガキンチョだった!


少し前の俺を殴り飛ばしてやりたくなる。気持ち悪いって言ったらダメだろ!

絶対に、敬語なんて使ってやらねえからな!


しかし、俺の怒りとは裏腹に、フィーは少し嬉しそうに笑って言い返してくるのであった。

なんだこいつ……。


「しかし、お前刀なんて持っていたんだな」

「ん?この武器って刀って言うのか?」


俺が感心したように言うと、へーっと納得したような顔で刀を見るフィー。

……ん?


まさか、武器の名前も知らないで使っていたのか?

ちょっと呆れるんですけど……。


「ここからずっと東にある国の武器ってことは知っていたんだけど、それ以外はどうでもよかったし……」

「男らしすぎだろ」


フィーと会話をして、また新しいことがわかった。

この世界には、日本に似たような国があるということだ。


俺は転移してからイナンセル王国しか知らないからなぁ。

正直、旅とか考えられるほど余裕がなかった。

ちょっと余裕ができたといっても、それはこの森で暮らすこと前提だし。


「……なあ、もう食っていいだろ?」

「ん?おお」


もう我慢できないと言った様子で俺を見てくるフィー。

俺は了承しつつ、ふっと笑った。


まだまだ子供だな。大人は理性で感情を制御できないとなれないんだぞ。

そう思いチラリと彼女を見ると、凄まじい勢いでジャイアント・ボアを食べているところであった。


「テメエ、ふざけんなよ!果物のこと、何も反省してねえじゃねえか!」

「むごごごごっ!」


俺が怒鳴りつけるも、フィーは口いっぱいに肉を入れているので何を言っているのかさっぱりわからない。

ふざけやがってぇっ!負けてられん!

俺はフィーに全部食われてはかなわないので、考えることを置いておいてジャイアント・ボアの肉をいただくことにしたのであった。




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