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第3話 ジャイアント・ボア

 









 俺は面白いことを探すため、こっそりと悲鳴がした場所に歩いていた。

 そして、その場所にたどりついた俺は全然愉快な気持ちにならなかったのである。


「ひぇ……」


 俺の目の前には、いくつかの死体があった。

 血が大量に辺りに飛び散っており、綺麗な状態の死体なんてないほどだ。


 悲鳴があった場所に向かっていた最中に何の声もしなくなったことから察してはいたけど……。

 やだ……全然面白くないんですけど……。


 もともと綺麗な日本人である俺に、死体を見てひゃっはーと狂喜乱舞するような破たんした性格はない。

 まあ、転移してから少々精神が図太くなったから、死体を見ても吐いたりはしないけど……。

 でも、愉快ではない。


「なむなむ……」


 いちいち墓をつくるのもしんどいので、とりあえず両手を合わせておく。

 さて、問題はこんな惨状を作り出した奴がどこに行ったかということだ。

 おそらく、魔物だろうから自分の住処に戻ったんだろうけど……。


「はぁ……ローゼの言う通りにしたのが間違いだったなぁ。さっさと家に帰ればよかったわ」


 俺は枯れ枝を抱えて、もう家に戻ることにした。

 もう、面白いこととかどうでもいいや。挫けた。


 今迄みたいに、のんびりと生きていこう。

 そう考えながら歩いていると、俺はとんでもない状況に出くわしてしまった。


「(えぇ……なにこれ……?)」


 俺の視線の先には、一人の小さい子どもと大きなイノシシの魔物が睨み合っていたのだ。

 イノシシの魔物は確か……ジャイアント・ボアとか言ったっけ?そのまんまだな。


 とにかく、あまりにも不釣り合いなにらみ合いが続いているのであった。

 くそぅっ!俺の家はそこを通らないといけないんだぞ!


 どっちでもいいから、早くどこかに行ってくれよ!

 そんなことを茂みに隠れながら考えていた俺。

 腕の中から滑り落ちる枯れ木のことは、見えていなかった。


「(ひぃっ!?)」


 カラン……と、俺の足元から音がした。

 俺は心の中で小さな悲鳴を上げる。


 だ、大丈夫、落ち着け。

 音はとても小さかっただろう?あんなデカい魔物と小さな子供に気づかれるはずがない。

 そう思って、恐る恐る視線を上げてみると……。


「あ、ばれた」


 二人ともガッツリとこちらを見ておいででした。

 やめろぉっ!そんな目で見るなぁっ!


 ここで、俺には二つの考えがあった。

 一つは、彼らに背を向けてダッシュで走り出す考え。


 これは、俺的にもおすすめで、今にも実行したい勢いの案である。

 もう一つは、ジャイアント・ボアを倒してしまって今日の晩御飯にもしてしまう考え。


 正直、食料がもうあまりなかったような気がするんだよね。

 俺の攻撃力特化チートを使って、美味しくいただきますをしちゃおうという案だ。


 さらに、後者の案は襲われているであろう子供も救うことができる。

 うぐぐぐ……俺のあってないような良心と、アイラブ俺のジコチュー心が激しくぶつかり合う。


 うーん……まあ、ジャイアント・ボアくらいなら怪我しないでも倒せそうだし……。

 それに、俺の勘が言っている。

 ここで、この少女を助けた方が何か面白いことが起きるだろうと。


「御嬢さん、ご無事ですか?あとは、俺に任せて安心してください」

「うわっ、変な話し方だな、お前」


 傷ついた。

 もう、この子おいて逃げようか。


 うん、そうしよう。俺の心はボロボロだ。

 一刻も早く家に帰って、ベッドに転がり込むことでしか回復されないだろう。


「あー、ごめん。つい、思ったこと言っちまった。普通の話し方でいいぜ?気持ち悪いから」

「あ、はい」


 やけに男らしい言葉に、俺は圧倒されてしまった。

 しかし、声音や見た目から判断するとこの子供は女の子である。


 ……なんだろう。最近、俺は年下の女の子に諭されることが多くなってきた。

 いかんな、大人の威厳というものを思い知らせる必要がある。

 気を取り直して、もう一度話しかける。


「あの魔物は俺が倒すから、下がっとけ。危ないし」

「むっ、俺でもあいつは倒せるぞ!……今はちょっと無理っぽいけど」


 俺の言葉に頬を膨らませた少女は、両腕を上げて抗議してくる。

 だが、少女は自分の両手首を見てシュンとする。


 彼女の手首には、何故か犯罪者を捕まえるためのような手錠がかけられていた。

 それも、俺の世界にあった鉄のものではなく、木でできた手錠だ。


 ……何したんだ、こいつ?

 というか、手錠がなかったら魔物を倒せるくらいの力はあるのか。

 こんな小さな身体の子供に、そんなことできるのだろうか……。


「……おい、何で暖かい目で見てくるんだよ」

「いや、別に」


 あれだ、子供特有の可愛い嘘だろう。

 このくらいの小さな子供は、できないこともできると言ってしまいがちである。


 言葉づかいから全然子供に見えないが、年相応の感情もあるんだなぁっと暖かい気持ちになってしまう。

 ぶすっと拗ねている少女のことも、可愛く見えてきた。


「ブモォォォッ!!」

「どぅわっ!?」


 すごくほんわかした気持ちになっていた俺に聞こえたのは、魔物の怒りの声であった。

 見ると、真っ赤な目を爛々と輝かせて俺を睨みつけているジャイアント・ボア。

 あ、忘れてた。


「どぅわ!どぅわだって!あははははっ!!」

「やめろ」


 少女は俺の言葉を聞いて大笑いしていた。

 やめろ、ローゼより笑いすぎだぞ、お前。


 もっと、クスクスと上品に笑ってくれよ……。

 ……それはそれで、陰で馬鹿にされているようで嫌だな。


 これくらい、悪びれもせずに本人の前で大笑いしてくれたほうがいいのかもしれない。

 ……でも、やっぱりムカつく。


「おい、何で俺を抱き上げて魔物に突き出してんだよ」

「……構うな!やれ!」

「てめぇっ!!」


 ジャイアント・ボアも、俺の行動に困惑している様子だった。

 俺は小さなクソガキを抱え上げ、魔物に突きだしたのであった。


 くっ、暴れるな!持ちづらいだろ!

 だが、俺が奇想天外なことをして警戒したのか、ジャイアント・ボアは突進を仕掛けてこなかった。


「おらぁっ!」

「ぐへぇっ!」


 少女はじたばたと暴れ、ついに俺の腹を蹴りぬきやがった。

 あまりの痛さに、彼女を話して地面に突っ伏してしまう。

 お、おのれ……よくもこの俺に土の味を……!


「へへん」


 くそっ、得意げな顔をしている少女がムカつく……!

 その少女は、俺の後ろを見て笑顔から急に顔が強張ってしまった。

 ……え、なにその急激な変化。怖いんですけど。


「あ、やば」

「え、何が?」


 何で全部言わないんだよぉぉっ!

 言ってくれよ!怖いだろうが!

 蹴られたお腹の痛みに耐えながら、ゆっくりと顔を上げる。


「ブフゥゥゥゥゥゥッ!!」

「あ……」


 ジャイアント・ボアさん。二度目の無視でかなりお怒りのご様子です。

 ガッガッと地面を蹴りあげて、今にも突進しますよーっと伝えてきてくれていた。

 怖い、たしゅけて……。


「おい、ガキンチョ。お前、倒せるって言ってたよな。倒してこいよ」

「無理だって。ほら、手錠あるし」


 ちっ、役に立たねえな。

 こんな子供を当てにしようとしている時点でダメな気がするが、まだ大丈夫。慌てない。


 手錠を壊して少女に戦わせるか、この少女を囮にして逃げるか……。

 ふむ、悩む……。


「うわぁ、凄く下種な顔してるなぁ。あ、もう突っ込んでくるぞ」

「え、マジ?」

「マジ」


 彼女の罵倒はとりあえずスルーし、少女に聞く俺。

 うんと頷いて、ほれと指をさす方向には今にも突進を始めたそうなジャイアント・ボアの姿があった。


 こ、こえぇぇぇぇっ!

 あんなデカい身体で猛ダッシュされたら、俺も背中を見せて逃げ出したくなる。


「ということで、さらば。お前の犠牲は忘れない」

「ざけんなよ、てめぇっ!!」


 俺は少女にシュタッと手を上げると、ダッシュで逃げ出そうとした。

 もともと、俺は家に帰る途中だったのだ。


 ここで、家に帰っても何も不自然ではない。不思議ではない。

 しかし、少女は俺を逃がすまいと器用に脚で俺の胴をはさんで引っ付いてきた。

 ふざけんな!


「お前がふざけんなよ、ボケ!離せ!乳が当たってんぞ!」

「あー!俺のおっぱい触ったー!代わりにジャイアント・ボアを倒せよ!」

「触ってねえよ!!」


 そう怒鳴る俺だったが、背中に当たる感触には顔をにやけさせるしかなかった。

 こいつ、チビのくせに意外と……。


 だけど、こいつを置いて逃げることに変わりはない!

 何とか引っぺがそうとするが、このガキはついに俺の肩に噛みつきだした。

 痛ぇよ!やめろ、やめてください!


「ブモォォォォォォォッ!!」

「ちくしょう!」


 そして、最悪のタイミングでジャイアント・ボアの突進が始まった。

 その凄まじいまでの圧力は、俺の豆腐メンタルを尽く破壊しつくした。


 このままじゃあ、俺も、ついでに俺にしがみついているこのガキも死んでしまうだろう。

 昔の俺じゃあ、なすすべもなく殺されていたに違いない。

 だが、異世界に転移した俺には、このチートがある。


「おらぁぁぁっ!!」

「はっ!?バカ野郎!」


 突進してきたジャイアント・ボアに合わせて、俺は拳を振るう。

 こんなこと、他人から見たら自殺行為にしか見えないだろう。


 実際、俺にしがみついているガキンチョは慌てて声を出している。

 それと同時に、背中にあった重みと幸せな感触がなくなる。


 逃げ出したのかと思ったが、ガキンチョは斜め上の行動をしてみせる。

 一瞬のうちに俺の前に現れたかと思うと、両腕を広げてジャイアント・ボアと対峙したのであった。


 ……どっちが馬鹿野郎だよ。

 いくら俺でも、子供にかばってもらうほど落ちぶれていねえんだよ!

 ……囮にして逃げようとした?それはそれだろ。


「ふんぬっ!」


 俺の拳はガキンチョの上を通り抜け、ジャイアント・ボアの突進と激突した。

 そして、吹き飛ばされたのはジャイアント・ボアの方だった。

 それも、天高くまで吹き飛ばされ、遠くに見える木々にようやく落ちたのであった。


「……は?」


 今起きたことが信じられないといった様子で、ポカンと口を開けるガキンチョ。

 俺はそんな様子にふっと笑いながら、膝から崩れ落ちたのであった。

 ……怖かった。




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