第19話 フィーの気持ち
「さ、お客様。色々ご用意しますので、一番気に入った服を言ってくださいね」
「おー」
店員は裏から多種多様の衣服を持ってくる。
フィーの要望通り動きの妨げになりづらく、しかし、フィーの可愛らしさを際立たせるような衣服を選び抜く。
ここで、店員はふと疑問に思ったことを訪ねてみる。
「ところで、お客様。あのお連れ様とは、どのような御関係なのですか?」
「か、関係……!?」
店員としては、簡単な世間話のつもりである。
しかし、フィーにとっては大きな爆弾であった。
可愛いと言ってきたり、簡単に関節キスをしたり……。
とにかく、ゴーシはフィーの心をかき乱してきていた。
「べ、別に特別な関係とかねえよ。……俺が困っているときに助けてくれた、まあ恩人ってやつかな」
ふーっと深呼吸して当たり障りのないことを言うフィー。
彼女の言葉に嘘はない。
手に錠をかけられて戦えないところにジャイアント・ボアが襲ってきて、それをゴーシが殴り飛ばしたのが初対面だ。
あれほど、強烈な印象を与える初対面というのは、なかなかないだろう。
「恩人ですかぁ。正直、あのお連れ様はそれほどお強いようには見えないんですけど、人は見た目によらないですねぇ」
「……そうだな」
店員の言葉に、フィーは頷く。
平均よりもむしろ細いと感じられるゴーシの体格。
しかし、そんな身体からは想像もできないような強靭な力を持っている。
フィーはよく彼のことをからかうときにもやしなどと言うのだが、他人がゴーシを過小評価しているのはあまりいい気分にならなかった。
「でも、恩人から別の関係になることはありますよね」
「あん?」
これを試着してみてくださいと言って、店員はフィーに衣服を渡す。
彼女は受け取りながら、店員の言葉に首を傾げる。
「ほら、恩から好意に変わって、そして恋人同士になっちゃったりするんですよ!」
「こ、ここここ恋人!?」
きゃーっと一人盛り上がる店員。
彼女の言葉に、フィーはボフンと顔を真っ赤に爆発させて動揺する。
恋人なんて、今まで考えたこともなかったことだ。
アルトと話をして、勉強から抜け出して魔物狩りをして……。
そんな生活をずっと続けてきたフィーは、異性として好きだと思ったことは一度もなかった。
恋を、経験したことがなかった。
「恋人って……まだわからねえよ……」
口をとがらせて、もじもじと指をこねるフィー。
そんないじらしい姿に、店員は凄く応援したい気持ちになってしまう。
そして、フィーが恋という感情のことをいまいち理解していないことに気づいた。
ここで、おせっかいな店員の性格が彼女を突き動かす。
「お客様がお連れ様のことを好きという感情が分からないなら、お連れ様にどう思われたいかということなら分かるんじゃないですか?」
「ゴーシに……どう思われたいか……」
店員の言葉に考え込むフィー。
ゴーシに好かれていたら……普段の性格からあまり想像ができなくて、ちょっと気持ち悪い。
じゃあ、嫌われたら……?
「―――――っ」
別にどうってことない。
誰にどう思われようが、自分は自分である。
そう自分に言い聞かせるフィーであったが、とても悲しい気持ちになるのは事実であった。
それは、ゴーシのことが好きだからだろうか?
「……いや、違う」
ゴーシは、フィーにとって初めて対等に話せる人物である。
エルフの村では族長の娘ということもあって敬われているし、一番仲のいいアルトですらそうだ。
自分と取っ組み合いの喧嘩をできる人物と、初めて会ったのである。
「やっぱり、そんなんじゃねえよ。俺とゴーシは」
フィーはそう言って、ニカッと快活に笑った。
店員はうっすらと頬を染めて綺麗に笑うフィーに一瞬見とれてしまう。
「そ、そうですか。……でも、服は褒めてもらいたいですよね?」
「え?」
フィーの笑顔に、店員の中にあった何かのスイッチが入ってしまったようだ。
うふふふふっと笑う彼女に、フィーの顔が引きつる。
「さあ!たくさんの服を用意しています!お連れ様に喜んでもらえるよう、一緒に頑張りましょう!」
「だから、そんなんじゃねえってぇっ!」
◆
女の買い物は長いとよく言う。
フィーを待っている俺は、そのことを今実感していた。
長ぇよ!もう帰りてぇよ!
それに、更衣室から聞こえてくる声もなかなか刺激的なんだよ!
「お客様、髪の毛をちゃんとセットしないとダメですよぉ」
「ああ、いいって。面倒くせぇし」
「ダメですって。お連れ様に褒めてもらえませんよ」
「ゴーシは関係ねえし!」
「あら、お客様。意外とお胸が大きいんですね」
「ふふん、まあな。アルトよりも断然大きいんだぜ?」
アルトがかわいそうでしょ!?
俺に防御力向上のサポート魔法をかけてくれる天使に、なんてことを言っているんだ!
と、まあこんな会話が聞こえてくるので、離れるに離れられないわけですよ。
妄想が捗りますよ、フィー。
あいつの胸を触ったことどころか直接見たこともないのだが、背中に押し付けられた感触は覚えている。
……あれは、大きい。
「お待たせしました、お連れ様!」
そう言って店員が更衣室から出てきた。
ええ、お待ちしましたとも。
あの会話がなければ、おそらく帰っていましたとも。
「さ、お連れ様に見せましょう!」
「わ、分かっているから引っ張るなって!」
更衣室からまだ出てこないフィーを、店員がグイグイと引っ張っている。
この短時間で仲良くなったようだ。早いな。
それにしても、なかなか出てこないな。
恥ずかしがっているのか……?
よし、からかってやる。
「おい、ゴーシ!テメエ、笑ったらみじん切りだかんなっ!」
「笑いません」
からかうのはやめておこう。
やっぱり、そういうのは良くないからな。
決して、フィーのみじん切り発言に腰が引けたわけではない。
あいつの剣技なら、実際にできそうだと思ってビビったわけではない。本当だ。
俺がそんなことを考えていると、ついにフィーが更衣室から姿を現した。
「ど、どうだ……?」
「おぉ……」
フィーは恥ずかしそうにもじもじとしている。
俺はそれをからかうつもりだったのだが、彼女の姿に思わずため息を漏らしていた。
もちろん、いい意味でのため息である。
フィーが着ているものは、この世界で見たことはないが俺にとっては馴染みのある着物であった。
その着物は真っ黒で、ピチッと肌に吸い付くのではなく余裕があってゆったりとしている。
本来の着物は足首辺りまで隠せるのだが、フィーが着ているのは太ももくらいまでとかなり短めだ。
男たちの視線が、褐色の肉付きがいい太ももに集中しそうである。
実際、俺の視線はその健康的な太ももに吸い寄せられている。
……いい!
「すげえ似合ってるじゃん!可愛い!」
「うひゃっ……」
思ったことを口にすると、フィーは変な声を出して顔を逸らした。
表情を見せないためだろうが、彼女の特徴的な尖がった褐色の耳が赤くなり、ピコピコと動いているので意味がない。
……うひゃ?
何だか凄い声を出したな。
これからしばらくは、このネタで弄ってやろう。
「そ、そうかよ……」
フィーはもじもじとして呟く。
……あれ?しおらしいフィーはマジで可愛いぞ?
「髪のセットはサービスでさせていただきました」
店員はニッコリと笑って言う。
俺は着物しか目にいかなかったから気づいていなかったが、確かにフィーの髪の毛は綺麗に整えられていた。
割とボサボサだった白髪が、女の子らしくセットされている。
所々ピョンピョンと髪の毛が跳ねているのは、フィーの髪がくせっ毛だからだろう。
今のフィーも可愛いが、前の撫で甲斐のあるボサボサ髪も嫌いではなかった。
そんなことを考えていると、店員がすすすっと寄ってきた。
「頑張ってくださいね」
「……は?」
店員は何のことかわからない俺に、パチリとウインクしてきた。
……何のことだよ?
主語がないから分からん。
「何のこと言っているか分かる?」
「……知らねえ」
フィーに聞いてみても、わからない様子だった。
二人で考えても分からないだったら仕方ねえな。
俺は店員に金を渡して、代金を支払うのであった。