第18話 お買いもの
「あーあ、面倒くせえ」
「俺だって面倒くさいっての」
フィーがロリ体型からは想像もできないような、ひどく荒んだ声を出す。
俺たちは街中の道をぶらぶらと歩いていた。
ちなみに、アルトの姿はここにはない。
彼女は今日泊まる宿屋を探しに行ってくれた。
その間に、俺たちはフィーの衣服を買いに向かっているということだ。
面倒くさいのでフィーだけに行かせたいのだが、こいつは誰も見張っていないとすぐに領主宅に襲撃に行きそうなので、俺がストッパーということになっている。
こんな面倒な奴の世話なんてしたくないんだけど。
「なあ、ゴーシ。もう、ローレとかいうやつの家に行ってもいいと思わねえ?」
「思わねえよ」
ほら、早速フィーが駄々をこねだした。
側近のアルトなら折れてしまうかもしれないが、俺は絶対に折れないぞ。
大体、俺がアルトなしに襲撃をするわけねえだろ。
あいつのサポート魔法で俺の防御力や素早さを底上げしてもらわないと、絶対に戦わないぞ。
俺のチートは攻撃力だけなんだからな。
本当……あの騎士たちの戦いは楽だった。
やっぱり、アルトは天使である。
「ほら、さっさと服買うぞ。面倒なら、早く終わらせ―――――」
「ゴーシ!これ、美味いぞ!」
「…………」
声がした方を見ると、串に刺さった肉を美味しそうに頬張るフィーの姿があった。
……何しているんだぁっ!それ、いくらするんだっ!
俺の話を聞けよ!勝手に物を買うなよ!
「テメエ!誰がその金を払うと思ってんだ!?ああ!?」
「いひゃいっ!?鼻をつまむなぁっ!!」
フィーの小さな鼻をぐにっと摘まんでやる。
もちろん、力加減はしているがとても痛いようで、目に涙を浮かべて抵抗してくる。
攻撃力特化チートがある俺が全力で握ったら、フィーの鼻がとんでもないことになるのは目に見えている。
ああ……俺って優しい……。
でも、勝手に美味そうな肉を食っていることは許さん!
「よこせ!」
「あぁっ!?」
俺はフィーが持っている串をひったくり、肉を食べた。
う、美味い……っ!
柔らかいし、一口サイズでとても食べやすい。
……これ、高いんだろうか?
「お、お前……それって関節……」
フィーは顔を真っ赤にして俺を見ていた。
関節……キスか?
……おいおい、可愛いところもあるじゃないの。
「関節キスを気にするのか?ん?まだまだ子供だなぁ」
「う、うるせぇっ!」
「痛いっ!?」
フィーの鋭い蹴りが、俺のふくらはぎに命中する。
こ、こいつ……いつも俺の脚をポンポンと蹴りやがって……!
フィーは俺から奪い返した串をじっと見た後、残っていた肉を食べ始めるのであった。
「兄ちゃん、この嬢ちゃんの知り合いか?お前が金払うのか?」
「いえ、他人です」
◆
「ちくしょう……屋台のくせに良い値段しやがって……っ!」
「ふんふんふーん」
俺は先ほどの屋台のオヤジの顔を思い出して、腹を立てていた。
やはり、美味いだけあってなかなかのお値段である。
金貨をたくさん持っているとはいえ、この金は文字通り命を懸けて稼いだお金である。
使い道もしっかりとしてもらわなければ困る。
さらに、一本だけであるなら安いものだったのだが、隣でご機嫌に鼻歌を歌っているやつが問題だった。
こいつ、俺が気づくまでに何本も串を食べていたのだ。
結果、俺はろくに食べていない串肉の代金を払わされることになったのである。
「お、あれも美味そうだな!」
「待てや」
「ぐぇっ!」
フィーがまた勝手に駆け出そうとするので、彼女の服を掴んで引き留める。
首が締まって凄い声を出していたが、まあいいだろう。
こいつ、見ていないとちょこまかと勝手に動いて色々なものを買おうとするので、非常に困る。
さっさと、服を買ってアルトにこいつを引き渡さないと……俺の精神がヤバい。
「苦しいだろ、馬鹿!」
「もう、あそこでいいだろ。入るぞ」
「聞けよ!」
ギャアギャアとうるさいフィーを引っ掴み、ズルズルと引きずって目に入った服屋に入っていく。
こういう時に役に立つよな、俺の攻撃力特化チート。
「いらっしゃいませー」
店に入った俺たちを出迎える店員の声。
服屋は、大きくもなく小さくもなくといった感じの、普通の店だった。
まあ、ツンイスト領の店ならこんなものだろう。
この領地って、結構田舎らしいし。
「今日はどちら様のお買いものでしょうか?」
「あ、こいつの服をお願いします」
「むっ……」
店員が聞いてきてくれたので、後ろにいたフィーを突きだす。
よかった。元の世界でも女の服とか分からないのに、異世界での服なんて余計にわからない。
聞いてくれなかったら、どうしようかと思っていた。
フィーを見た店員は、少し驚いた様子で言う。
「あら、これは衣服で損をしている典型的な女の子ですね。見た目はとても可愛いのに、衣服が台無しにしています」
「ふふん」
店員の言葉に、俺に向かってドヤ顔を見せてくるフィー。
いや、まあ可愛いのは分かるけど……。
でも、簡素な服を着ているフィーもなかなかいいものである。
主に、無防備的な意味で。
「可愛いのは事実ですが、性格でもそれを台無しにしていますよ」
「かわっ……!?って性格もいいだろうがっ!」
フィーはふがーっと怒る様子を見せる。
流石に店内だということで、俺に襲い掛かってくることはないようだ。
よし、からかいまくってやる。
「お客様はどのような服がよろしいですか?」
「そうだなぁ。やっぱり、動きやすい服かな」
「なるほどぉ」
店員は気づいていないだろうが、俺は知っている。
こいつの動きやすいは、敵を斬りやすいと直結していることを。
つまり、戦闘を行っても邪魔にならない服を求めているのである。
流石、戦闘狂。服選びですら戦闘を軸に置いていた。
こんなバイオレンスな子供、元の世界には絶対にいないだろう。
「予算はおいくらぐらいになるでしょうか?」
何やら考えていた様子の店員が、俺の方を見て言った。
……こいつの中では、俺はフィーの保護者なのだろうか?
まあ、似たようなものだが。
さて、予算についてだが……どうしようか。
……ここでケチっても仕方ないか。
それに、どうせならフィーにもそれなりの服を着てもらいたいし。
「これだけで」
「…………っ!?」
俺が懐から金貨が詰まった袋をドンと渡すと、目を白黒させる店員。
まさに、言葉が出ない様子だった。
「しょ、少々お待ちください!」
そう言うと、店員は裏の方に引っ込んでしまった。
一番いい服を頼む。
「ん?」
俺が敬礼して店員を見送ると、袖が引っ張られた。
誰だと確認するまでもなく、引いた人がフィーであることは分かっていた。
フィーは不安げに俺を見上げていた。……なんだよ。
「い、いいのかよ、あんなに。お前の金だろ?」
……こいつ、今更遠慮しているのか?
だったら、屋台でポンポン飯食うんじゃねえよ!
と言いたいところだが、不安そうにしているフィーにそこまで言えるほど鬼ではない。
それに、金ならまだ小屋に隠しているやつがいっぱいあるし。
じゃなかったら、そんな簡単に金貨をポンポン渡せるかよ。
「良いに決まってるだろ。せいぜい、可愛くなってこいよ」
「か、可愛くなんてならねえし!」
俺の言葉に顔を真っ赤にするフィー。
はっはっはっ、照れ隠しか?可愛いじゃないか。
だけど、俺をベシベシと蹴るのを止めろ。痛い。
「お客様、服の準備ができました!こちらへどうぞ」
店員はそう言ってフィーを呼ぶ。
そこはカーテンで区切られていて、ここからでは中の様子が見られない更衣室になっていた。
……なんならここで着替えてくれてもいいのよ?
「……んじゃ、行ってくる」
「おう」
やけにしおらしくなったフィーを見送る俺。
……あれ?もしかしてこのまま待っておかないといけないパターン?
……面倒くさ。