第16話 交渉と高い高いとメイド
「この程度のはずがないでしょう」
「うぐっ……」
イナンセル王国ツンイスト領のとある換金所で、その店の主が苦い顔をしていた。
それは、換金に来た客のせいだった。
最初は、旅行中の貴族が来たのかと思った。
キラキラと輝くような金髪。
それを後頭部で団子にしてまとめている。
つっとつりあがった目は、気の強さを感じさせる。
実際、今の交渉でもかなり気が強いことは明白であった。
眼鏡は少しひびが入っているが、それでもこの女の美しさを陰らせることはなかった。
そんな美人がやってきてテンションが上がったのも束の間、今は急降下している。
「この黄金が、たかが金貨50枚?舐めているんですか?」
「うぐぅっ」
女は机に置かれた金をバンと叩きながら、店主に言い寄る。
それに対して、店主は反論できなかった。
この女は、長年換金所で勤めてきた店主も見たことがないほど、良質な金を持ってきた。
美人であり、貴族でもあると思っていたので、世間知らずと勝手に思い込んで市場価格より大幅に下の価格で買い取ろうとした。
それが、失敗だった。
どうやら、この女は箱入り娘などではなく、この金の価値をしっかりと理解しているようだった。
「もう結構です。換金所は他にもありますし、そこを当たらせていただきます」
「ちょ、ちょっと待った!分かった、わかりました!金貨300枚で買い取らせていただきます!」
女がスッと金を取ったので、慌てて店主は言う。
こんな良質な金、貴金属店に売れば一体どれくらいの価値になるのか。
それを思えば、簡単に手放せるものではない。
しかし、女は店主の言葉がお気に召さなかったようで、鋭い瞳をさらに鋭くする。
「金貨300?この期に及んでまだ渋る気ですか?」
「……金貨500で」
「はい、では換金お願いします」
店主ががっくりと肩を落として言うと、女はニコリともせず事務的に言い放つのであった。
◆
「俺の金……」
俺は換金所の前で、とんでもなくブルーな気持ちになっていた。
俺はフィーやアルトと共に、ツンイスト領内の街に下りてきていた。
最初は俺からかすめ取りやがった金貨で宿でもとるのかと思ったが、どうやらアルトはもう少し軍資金が欲しいようだった。
……あれでも十分だろ。
と思っていたが、どうやらあれは少し古い時代の金貨らしい。
今の王国では別の貨幣が使われており、価値が下がってしまうようだ。
エデルメテルゴリラのやつめ……新しい金貨を渡しとけよ!
ということで、俺はさらに隠していた金をアルトたちに渡さなければならなくなったのである。
ちなみに、それもエデルメテルゴリラからもらったものだ。
戦いに勝つと、何かしら貴金属をくれることは評価している。
ただ、もう来ないでほしい。
「そう、落ち込むなって。戦うためなんだから、仕方ねえだろ?」
落ち込む俺の頭をポンポンと撫でるフィー。
ふざけるなよ、戦闘狂。
戦うために金を払うとか頭おかしいのか。
しかも、隠していた金まで換金するとか……畜生にも劣る奴らめ!
「このバカロリがぁぁぁぁっ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺はフィーの脇腹を掴むと、空に向かって投げたのであった。
ふん、俺の攻撃力特化チートを舐めるなよ!
フィーは悲鳴を上げて空高くまで上り、落ちてきた。
俺が受け止めなくてもいいのだが、そうするとフィーはその優れた身体能力で難なく着地し、俺に仕返しをしてくるだろう。
そうはさせん!
俺は落ちてくるフィーを掴み、再び空に投げ出した。
「テメェェェェっ!ふざけんなよぉぉぉぉっ!!」
「ははははははっ!!」
そんな絶叫をするが、まったく怖くない。
ずっと俺のターンである。
フィーは命の危険が常に付きまとう戦闘は大好きなようだが、高いところに投げられるのは苦手なのかな?
涙を流して怒声を上げていた。
これは俺の金の分!これは俺の金貨の分!これも俺の金の分!
と、何度も空に投げていると、一人の女が近づいてきた。
「とても楽しそうですね」
その女は、メイド服を着た美女であった。
肌が異常なほど青白く、真っ赤な瞳をしているのが気になったが、ここはファンタジーな異世界であるし美人だったから気にならなかった。
そんなメイド女が、無表情で話しかけてきた。
「ええ、この子は俺に遊んでもらうことが好きでね。いやはや、苦労させられますよ」
「ふざけんなよ、テメエ!下ろせぇぇぇっ!!」
「仲が良さそうですね」
俺たちの絆を知ってくれたようで、コクコクと頷きながら言うメイド。
ふっ、こっちはなかなかしんどいのだが、フィーが熱烈に求めるのだから応える必要がある。
謝るまでずっとしてやる。
「私もしてもらっていいですか?」
「え?」
「へぶっ!?」
メイドの衝撃発言に、俺はフィーを受け止めそこなう。
本当なら簡単に着地できただろうが、何度も投げられて焦燥していたフィーは顔から地面に落ちた。
俺は落ちたフィーのことを一切見ず、メイドのことを見ていた。
フィーは頑丈だから大丈夫だ。問題ない。
「へい、かもん」
俺に両手を向けて、迎え入れる様子のメイド。
……え?いいの、これ?
がっしりと掴んじゃってもいいのだろうか?
フィーは実年齢こそ知らないが、見た目は子供である。
だから、彼女を高い高いするのは傍から見ても異質には映らない。
だが、メイドはしっかりとした大人の美女である。
そんな美女メイドを高い高いすると、絶対に注目を集めるだろう。
……というより、触っちゃっていいのだろうか?
「……ダメ、ですか?」
動かない俺を見て、コテリと首を傾げるメイド。
相変わらず無表情なままであるが、その雰囲気は悲しそうだ。
ええい!もともと望むところだぁっ!
「よっ……!?」
「おぉっ」
俺はメイドをひょいと持ち上げ、自分と視線を合わせる。
メイドは無表情だが、ちょっと嬉しそうだ。
だが、俺にはそれ以上の衝撃が襲い掛かっていた。
お、重い……!
とにかく重たいのである。
見た目はシュッとした美女なのだが、かなりの重量である。
「お前、重くね?」
「初対面の女性に向かって、なんと失礼な」
俺がついつい言ってしまうと、メイドは無表情のまま言い返してくる。
しかし、怒っている様子はない。
で、でも、重たいんです……。
もし、俺に攻撃力特化チートがなければ、絶対に持ち上げられなかっただろう。
それくらい、重い。