第13話 魔法ってすごい
「お前がそう言ってくれるってことは分かっていたぜ、ゴーシ」
フィーがそんなことを言って、俺の腰をペチっと叩いてくる。
本当は肩をたたきたいのだろうが、身長に差があってできないようだ。
どこか訳知り顔で言ってくるフィーだが、今の俺は彼女に構ってやる余裕がなかった。
「こーほー……ブッ飛ばす」
「こいつ、正気じゃねえ……っ!」
俺の目にはあの魔法使いしか映っていなかった。
小屋は爆発したのだから、剣が武器の騎士たちがやったのではないだろう。
あの魔法使いの魔法で、俺の小屋は吹き飛ばされたのだ。
あいつぶん殴る。
「あいつ、人をあそこまで殴り飛ばすとか化け物か!?」
化け物じゃないし!
攻撃力特化チートを除けば、普通の人間である。
「ダークエルフとエルフは抵抗するようなら、殺さない程度に痛めつけてもいい!あの人間は殺せ!」
『おうっ!』
魔法使いが大きな声で指示すると、騎士たちが応える。
おい!俺だけ殺すとか差別だろ!
そんな抗議を上げる間もなく、騎士たちが突貫してくる。
「よっしゃ!行くぜぇっ!」
そう言って元気にかけていく白髪褐色のダークエルフ。
刀を抜いて、騎士たちに斬りかかる。
「うらぁぁっ!!」
「ぐあぁっ!?」
フィーの剣技は、騎士たちを手玉に取った。
分厚く硬そうな西洋剣を、フィーは細くて頼りなさそうな刀でうまく受け流す。
そして、カウンターとして刀を振るう。
フィーは鉄の甲冑を容易く切り裂き、騎士たちに出血を強いる。
さらに、後ろから襲い掛かってきた騎士は見ないで切り払い、前から突進してきた騎士は突きで倒してしまう。
「あはははははっ!やっぱ、戦いって最高だなぁっ!」
フィーの身体は、一度も攻撃を受けていないのに血まみれである。
無論、騎士たちの返り血だ。
そんな血だらけのロリエルフが、大笑いしながら騎士たちに斬りかかる。
「ひぃぃっ!!」
当然、騎士たちは逃げ惑う。
分かる、分かるよ。
だって、今のフィー、半端なく怖いんだもの。
今、話しかけられたら敬語使いそう……。
「あのダークエルフは後回しだ!先に、エルフとあの人間を狙え!」
そうして、フィーに臆した騎士たちが標的にするのは俺とアルトであった。
まあ、予想できましたよね……。
「ゴーシさん、ゴーシさん」
「ん?」
アルトはちょいちょいと俺の袖を引く。
俺はと言えば、こちらに走ってくる騎士たちを見て少しビビっていた。
多くの人に殺意を向けられるのって、怖いね。
だけど、俺が少しビビる程度で済んでいるのはアルトがいるからである。
俺のイメージ通りのエルフなら、魔法の使い手であることに間違いない。
魔法の力は凄い。
つまり、騎士たちに勝てる!
「なんだよ?」
「私、魔法を使えるんですけど、実は攻撃魔法をほとんど使えないんです」
……えぇ。
何故ですか、アルトさん!?俺が頼りにしていたのは、その魔法なんですよ!?
ぼそぼそと話してくるのは可愛いけど、怒るぞ!
「マズイじゃん!騎士たちが凄い形相で向かってくるんですけど、どうするの!?」
「頑張ってください、ゴーシさん」
うぉいっ!
アルトを騎士たちに突き出して逃走という手もあるが、すでに騎士の一人を殴り飛ばしているので逃げたところでお尋ね者だろう。
くぅっ!まさか、アルトがポンコツだったとは……!
「でも、大丈夫です。私、攻撃魔法は使えませんが、サポートの魔法ならどんなものでも使えます」
どやぁっと胸を張るアルト。
フィーよりないんだからやめた方がいいのに……。
「……なにか?」
「いえ」
ギロリと絶対零度の視線を向けられ、そっと目を逸らす俺。
勘良すぎだろ。俺の心を読んでいるの?
「はあ、とにかくサポート魔法をかけますね」
「お願いします!」
アルトはなにやらブツブツと呪文を唱えると、魔力を込めた。
すると、彼女の手が光って、その光は俺の方に向かってくるではないか。
俺の身体が、光に包まれた。
「おぉっ!?」
俺は自分の身体に起きた異変に気づき、変な声を出してしまう。
その異変は、悪いものではなかった。
身体に力がみなぎるような、そんな良い異変であった。
「とりあえず、防御力を上げるものと素早さを上げるものをかけました。あの程度の騎士たちであれば、これで十分なはずです」
「マジか!?便利だなぁ。これ、フィーにもかけてあげれば?」
「とっくにかけています」
ですよね。
しかし、防御力を上げてくれたのはありがたい。
これなら、多少の攻撃なら死ぬことはない……だろう。
アルトの魔法の効果がどれくらいあるのか知らないので、確実ではないのが怖い。
「さ、頑張ってください」
「いえっさー」
せっかく魔法をかけてもらったし、命が危なくなるまでは戦おう。
危なくなったら?魔法使いを一発殴ってから逃げる。
俺は向かってくる騎士たちに向かって、脚に力を込めて動き出した。
「うぉぉぉっ!?」
「ぎぴっ!?」
その瞬間、俺は凄まじいスピードで騎士たちに突っ込んでいた。
速い速い速い!
俺は自分の身体をコントロールすることができず、そのまま騎士に直撃したのであった。
騎士はヘンテコな悲鳴を上げて、地面にめり込んだ。
「……しゅごい」
俺は思わずつぶやいた。
どうやら、今の行為は体当たり……つまり、攻撃の一種と認められたようで、攻撃特化チートが発動したようだ。
アルトの魔法によるスピードと、攻撃力を半端なく底上げしているチートのダブルアタックである。
騎士はあっさりと意識を飛ばしていた。
下手したら、死んでいそうだな。
「き、貴様ぁぁっ!!」
地面にめり込んでいる騎士と一緒に襲い掛かってきていた騎士が、俺に剣を振るう。
ひぇぇぇっ!
俺は必死に避けようとするが、脇腹を掠るくらいのダメージは受けそうだ。
まあ、動きに支障をきたさない程度なら我慢するけど。
でも、痛いのは嫌だなぁ!
と、思っていたのだが……。
「……は?」
「お?」
剣は俺の脇腹を薄く切るどころか、一切刃が入らなかった。
ガキンと人間と鉄がぶつかって鳴るはずのない音を出して、剣は弾かれたのであった。
騎士は呆然と俺を見ているし、俺はチラリとアルトを見る。
「これが、防御魔法です」
グッとサムズアップをしてくるアルト。
俺も同じことをして返す。
なんて素晴らしい魔法を使うのだろうか、アルトは。
素晴らしい!まったくもって素晴らしい!
「さて、次は俺の番だな」
「ひぶぅっ!!」
俺はニッコリと笑って、騎士に向かって拳を突きだした。
彼は凄まじい勢いで吹き飛ばされて、木々の間に消えて行った。
「…………」
「…………」
俺とアルトに向かって来ていた最後の一人。
俺と無言のまま見つめ合う。
ニッコリと俺が笑えば、あちらも頬が引きつった笑顔を見せてくれる。
……もう、何も怖くない。
「ぐへぇっ!!」
最後の一人もブッ飛ばし、辺りを見てみる。
多くの騎士たちが、血を流して倒れていた。
「はぁ、楽しかった……」
フィーは血にまみれながら、恍惚とした表情を浮かべていた。
エロいけど、怖い。血が怖い。
この少しの間で、俺たちを襲ってきた騎士たちは皆倒れてしまった。
残っているのは、彼らを指揮していた魔法使いだけである。
「そ、そんな……っ!たった三人でこれだけの騎士たちが……っ!」
「ふっふっふっ」
唖然とした様子で呟く魔法使いの男。
俺はドヤ顔を決めて魔法使いを見る。
たとえ、騎士たちのほとんどをフィーが斬り倒し、アルトの魔法によるサポートがあったとしても、俺の優位性は変わらない。
土下座で許してやるよ。焼き土下座な。
「このまま帰ったら、私がただでは済まん!せめて、一矢報いねば……っ!」
魔法使いはそう言って杖を前に出す。
そこに強力な魔力が集まっていることが、目に見えて分かる。
…………。
「フィーくん、お代わりだ。喜びなさい」
「もう、いいや。満足」
そんなこと言わずにさぁっ!
だが、本当に飽きてしまったようで、面倒くさそうに魔法使いを見ている。
ほら、美味しいよ。あの魔法使い、結構強そうよ?
「それに、俺に向かって魔法を撃つわけではねえみたいだし」
そう言うフィーに、俺は鼻で笑ってやる。
はん、そんなわけねえだろ。
騎士たちを斬り倒した数なら、お前がダントツなんだぞ?
お前が狙われなくて、誰が狙われるんだ。
「殺す……殺してやるぞ、人間!」
な、何故……?
同じ人間じゃないですかぁっ!
人類皆兄弟じゃないんですかぁっ!?
「ちくしょぉぉぉぉっ!!」
俺は魔法使いに向かって駆け出す。
後ろでフィーが頑張れーと適当な応援をしていることを聞きながら。
そもそも、俺は小屋を破壊した魔法使いを殴ろうとしていたのだ。
そう考えると、最初の計画と何ら違いはない。
今、俺はアルトの魔法で非常に速く動くことができている。
間に合わ―――――。
「死ねぇっ!!」
―――――ないですね。
魔法使いの杖から、巨大な火の玉が発射された。
おい、ここ森だぞ!火事なったらどうするんだ!
そんな、どこかずれたことを考える俺。
アルトにかけられたもう一つの魔法で、俺の防御力はだいぶ高くなっていると思う。
魔法の直撃を受けても、多少のダメージで済むだろう。
そのあと、絶対にぶんなぐってやる!
「―――――っ!!」
俺は、両腕を交差させて魔法の衝撃に備えた。
だが、巨大な火の玉は俺に当たることはなかったのである。
「なにぃっ!?」
目の前に大きな魔法陣が現れて、火の玉から俺を守ってくれたのである。
その魔方陣は強い衝撃を受けてもビクともせず、簡単に火の玉を受け止めて見せた。
俺はハッとして後ろを振り返る。
「サポートは任せてください」
アルトが手のひらをこちらに向けながら、眼鏡をクイッとしていた。
素敵!アルトさん素敵!
最初のポンコツイメージがどんどん崩れていくよ!
まさに、森の妖精にふさわしいエルフです!
フィー?小悪魔の間違いだろ。
「うぉぉぉぉっ!!これが、小屋の分だぁぁっ!!」
「ぐぁぁぁぁぁっ!!」
魔法攻撃を防いだ俺は、魔法使いに向かって駆け出し、一撃を叩き込んだのであった。
頬を殴り飛ばされた魔法使いは、一撃で地面に沈むのであった。
こうして、俺の小屋を吹き飛ばされた報復は終わりを告げたのであった。
……いや、まだだ!
「フィー、俺もお前の戦いに付き合ってやる」
「お、さっすがっ!」
俺の言葉に、フィーは察しよく何を言いたいかを理解してくれたようだ。
そう、今俺たちが吹き飛ばしたのは実行犯であり、これを命令した大元を叩かなければ俺の気は収まらない。
その大元こそ、フィーが仕返しを明言しているローレ・ツンイスト。
俺の小屋の仇は、とらせてもらうぞ!