第11話 黒幕
ゲヘルの森の一角でゴーシたちの話し合いが行われていたころ、ツンイストである報告がなされていた。
ツンイスト領を治める領主がいる大きな館。
多くある部屋のうちの一つである執務室に、三人の男たちがいた。
「ダークエルフの連行が失敗しただと……?」
「は、はい!」
「申し訳ありません!」
一人の男は椅子に座っており、跪く二人の騎士を見下ろしていた。
報告した内容を聞き返され、騎士たちは顔に汗を浮かべる。
そんな騎士たちを見て、男はいら立ちを隠さない。
「ちっ、どうして失敗するんだ。ちゃんと『奴』も協力したのだろう?」
「はい、ですが……」
「げ、ゲヘルの森で魔物に襲われまして……」
「魔物の名前は?」
「ジャイアント・ボアです」
男はその名前を聞いて、さらに舌打ちをする。
なるほど、確かに普通の騎士たちには荷が重い相手である。
自分のような優れた魔法騎士でもなければ、あっさりと殺されてしまうだろう。
事実、この二人以外に派遣した騎士たちは皆殺されたと聞いている。
それは、求めるダークエルフとの戦闘で死んだ者もいるだろうが、ジャイアント・ボアに殺された者もいるだろう。
「ふん……貴様らに任せたのが失敗だったか」
「―――――ッ!」
はあ……とわざとらしいため息とともに発せられる罵倒。
その言葉に、跪く騎士たちは怒りを覚える。
騎士たちは多くの仲間を失ったのだ。
それも、この男のあまりにも無謀な命令のせいで。
「お、お前があんな命令を出すから……」
「お、おい……」
「……なんだと?」
騎士の一人が、ついに不満を言葉に出す。
もう一人の騎士がそれを止めようとするが、男にはしっかりと聞かれていた。
ギロリと、鋭い瞳で騎士を睨みつける。
だが、睨まれた騎士は止まらなかった。
「もういいだろ。言いたいことは言わせてもらう」
「…………」
騎士はすでに、覚悟を決めていた。
その強い意志が込められた目を見て、もうひとりの騎士は何も言うことはできなかった。
「なんだ?言ってみろ」
「ああ、言わせてもらうよ!今回のエルフの連行、意味わからねえよ!何でゲヘルの森を通らないといけないんだよ!あんな魔境、魔法騎士のあんただって通れないだろ!それを、普通の騎士である俺たちに命令しやがって……成功する訳ねえだろ!」
男に促され、騎士はすべての不満をぶちまけた。
彼だって人間だ。
ゲヘルの森になんて、絶対に入りたくなかった。
だが、この男の命令なら従わなければならない。
仕方なく命令に従った結果が仲間の大半を失うことになったのであった。
男を強く睨みつける騎士。
怒りで色々な枷が外れてしまっていた。
「―――――言いたいことは、それだけか?」
「ひっ……」
だが、その怒りも一瞬で鎮静化した。
男のごみを見るような、一切同情も共感もしていない目。
そのぞっとするほど冷たい目に、全身で怒りを表していた騎士が恐怖で震えた。
「おい」
「はっ」
男が少し声を張って呼びかけると、扉から騎士たちとは別の男が入ってきた。
この男は、今冷たい怒りを騎士たちにぶつけている男の側近であった。
彼も男と同じく魔法騎士の役職を担っている。
男は魔法騎士が入ってきたことを見ると、ただ一言簡単に命令した。
「殺せ」
「はっ」
男の命令に、魔法騎士が従う。
剣を抜刀し、魔力を込める。
すると、うっすらとであるが剣に電気がまとわりついた。
そして、その強化された剣で男に突っかかった騎士を一突きする。
雷魔法で強化された剣は、容易く騎士の胸を貫いた。
「ひ、ひぃっ!!」
唯一生き残っていた仲間が死に、悲鳴を上げる騎士。
そんな彼を見て、男はまた命令する。
「こいつもだ」
この命令に、騎士の頭は真っ白になる。
そして、すかさず反論した。
「な、何故ですか!?私は何も言っていません!確かにこいつはあなたに意見しましたが、私はしておりません!」
「お前はこいつが俺に何かを言おうとしたとき、止めなかっただろう。同罪だ。それに、お前らはダークエルフを連れてくるという任務を果たせなかった。処罰されて当然だろう」
騎士の主張もまったく通らない。
男はもともと、騎士たちを殺すつもりだったのだ。
たとえ、あの騎士が男に突っかかっていなくても、任務失敗の責任として殺していたであろう。
それほど、ダークエルフを連れてこなかったことに憤っているのだ。
「お、おかしいです!私は―――――」
「うるせえ!このお方が死ねと言ったのだ!大人しく死ね!」
それでも縋り付いて助命を乞う騎士に、男に呼ばれた魔法騎士が掴みかかる。
彼は血に濡れた剣で、騎士に斬りかかった。
個人差はあれど、騎士と魔法騎士では後者の方が優れている。
この騎士も、剣で切り裂かれて命を落としてしまうのであった。
「ふう、部屋が汚れてしまったな。あとで、メイド共に掃除をさせておけ」
「はい」
二人の部下を殺させた男は、何ら罪悪感を抱いていなかった。
むしろ、部屋が血で汚れたことを面倒くさがっていた。
「この馬鹿どもには死がお似合いだったが、確かにゲヘルの森は無謀だったか……」
「そうですね。私たちでも生きて通れるかどうか……」
男の言葉に、魔法騎士が答える。
二人は魔法騎士であり、自分の実力に自信を持っている。
しかし、いくら彼らでもゲヘルの森を歩き回れるとは思っていない。
それほど、恐ろしい場所なのだ。
「しかし、どうしてダークエルフを?」
魔法騎士は疑問に思っていたことを尋ねる。
この男とは長い付き合いだ。
もちろん、ふざけた真似をすれば騎士たちのように殺されるだろうが、これくらいの質問ぐらいなら許される関係にあった。
「ダークエルフは希少だろう?エルフの変異種だ。これから先も、そうそう出てこないだろう。ちょっと、俺のコレクションにしたくなってな」
「あぁ……奴隷ですか」
ふんっと嗜虐的な笑みを浮かべる男。
その裏事情を知っている魔法騎士も、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
この男は、重大な役職についているのにもかかわらず、禁止されている奴隷を持っていた。
それは、人間のみならず、人里には滅多に現れない希少な亜人たちも含まれていた。
そんな中に、ほとんど生まれない珍しいダークエルフを入れようとしたのだ。
「それに、ダークエルフに俺の子供を孕ませたら、有望な子供が生まれるだろう?」
「確かに。優れた力を持つと言われるダークエルフと、B級魔法騎士のあなたとの子供は、さぞ優秀に育つでしょう」
男は、そんな野望まで抱いていた。
「ただ、早く手に入れたいからといって、ゲヘルの森を通らせたのは失敗だったな。あそこは近道になるんだが……」
男はふむと一人で納得する。
殺された二人の騎士たちは、こんな男の姿を見てどう思うだろうか。
少なくとも、側近である魔法騎士は何とも思っていないようだ。
「まあ、いい。『奴』から連絡が先ほどあってな。どうやらダークエルフはゲヘルの森に建てられた小屋に住み着いているらしい。まったく、さっさと街に下りてくればいいものを」
「そうですね」
男と側近たちはニヤニヤと笑う。
狙っているのがダークエルフであるならば、『協力者』が必ずこちらに情報を渡してくる。
実際、すぐに『協力者』から連絡が届き、ダークエルフの居場所を教えてきた。
何故か、一人の人間と一緒に生活をしているらしい。
ダークエルフが強いことは知っているし、ゲヘルの森にいることで人間もそれなりにできる奴であることは分かっている。
だから、男はツンイスト領にいる騎士たちをその小屋に向かわせた。
すぐに、騎士たちはダークエルフを捕まえて戻ってくるだろう。
『協力者』からの情報によると、小屋があるのは比較的ゲヘルの森の浅い場所に位置している。
ジャイアント・ボアなどの魔物はいるが、何人かの犠牲を無視すればたどり着けるだろう。
「俺が直々に出向いてやってもよかったのだがな」
男はこれから起こりうるであろう未来のことを想像して、ニヤリと笑う。
男の名前は、ローレ・ツンイスト。
ツンイスト領の現領主であり、フィーを連れ去ろうとした黒幕であった。