第10話 アルト
俺たちは小屋に戻ってきていた。
俺を殺しにかかってきたあの女も一緒である。
本当なら問答無用で殴りたかったのだが、戦闘力が半端ないフィーとかなり強いであろう女の二人を敵に回して勝てるとも思えなかったので、大人しく言うことを聞いてやっている。
決してビビっているわけではない。
まだ埋伏の時なのである。
「アルト、お前俺を探しに来たのか?」
「はい、フィー様。なかなか帰ってこられないので。ゲヘルの森の魔物たちは、私の隠匿魔法が効かないような強力な魔物ばかりでしたが、まったく問題ありませんでした」
いや、話を聞く限りめちゃくちゃ苦労したよね?
女―――フィーからはアルトと呼ばれている奴が眼鏡をクイッと上げてそう言うが、全然格好よくない。
見た目は知的な美女で凄く好みなのだが、眼鏡にヒビが入っていてダサい。
それに、目元が少し赤いし、頬には涙が伝った痕がある。
……こいつ、平然と嘘をついてやがる!
「で、久しぶりの再会で盛り上がっているところ悪いけど、何で俺を攻撃してきたか教えてもらっていい?」
俺が聞くと、フィーはそうだったとばかりに手を叩く。
おい、ふざけるなよ。俺は自分の家に殺人未遂者を招き入れていて怖いんだぞ。
「そうだぞ、アルト。ゴーシは曲がりなりにも俺を助けてくれたんだからな」
「曲がりなりにもってなんだ。お前、俺がいなかったら死んでいただろうが。ひれ伏して感謝しろや」
「調子に乗んな!」
フィーの言葉に、俺がかちんとくる。
そして、俺の返す言葉に、フィーがかちんとくる。
まあ、いつものパターンである。
女……もう、心の中はアルトでいいか。アルトはポカンとした表情で俺たちを見ていた。
「フィー様がこんなに自分を出しているなんて……」
「は?会った時からこんな感じだったぞ」
「俺はおしとやかだ!」
いや、それはない。
俺は掴みかかってくるフィーの頭を抑え込んで、アルトに言う。
大体、こいつが相手に遠慮するようなエルフではないことは分かっている。
アルトはコホンと喉を鳴らしたあと、俺に向かって頭を下げてきた。
「申し訳ありませんでした。フィー様が人間に連れ去られたと聞いて、あなたも敵の一派と思い込んでしまいました」
ふーん……俺、鎧とか着ていなかったのに?
アルトは本当にフィーのことが大切なのだろう。
……まあ、今回に限っては許してやらんでもない。
「ごめんな、ゴーシ。俺も謝るから……」
それに、フィーにも申し訳なさそうに見られては仕方がない。
なんだかんだでフィーに助けてもらったのだから、これでチャラにしよう。
「いいよ、もう。フィーの顔に免じて、許してやるよ」
ふぉぉぉぉっ!言ってみたかった言葉、『許してやる』。
こういうときに使うんだよなぁ。
「ありがとうございます……えっ!?」
アルトももう一度頭を下げようとしたところで、急に大きな声を出した。
俺もびっくりする。何事!?
アルトは俺ではなく、フィーに話しかけた。
「フィー様!お名前を呼ぶことをお許しになったのですか!?」
「え?まあ、うん……」
アルトは何か大事のように言っているが、俺には何がそんなに騒ぐ要素になるのかわからない。
普通に、名前で呼ぶことの何が凄いのだろうか?
仲が良くなったら、名前で呼び合うこともふつうである。
……そういえば、フィーには名字があったな。
この世界……というよりイナンセル王国では、名字はそれ相応の家に生まれた者にしかつかないものだ。
つまり、フィーはそれなりの地位にある人間だということ。
高貴な者と平民が名前で呼び合っていたら、確かにおかしいだろう。
……普段の悪がきっぷりを知っている俺からしたら、とても偉い人とは思えないけど。
「フィー様が名前で呼ぶことをお許しになるなんて……」
アルトは信じられないものを見るように、俺を見た。
……どれだけ地位が高いんだよ、フィー。
「フィー様がそこまで信頼されている方であれば、私も自己紹介しなければいけませんね」
まあ、そういうことはもっと早くやってほしいですけどね。
フィーが名前を呼んでいなかったら、俺あなたの名前を知らなかったですし。
アルトはコホンと喉を鳴らし、調子を整えて話し始める。
「私の名はアルト。我らが族長の娘であり、数少ないダークエルフ、フィー・ダケルハイト様の側近を務めさせていただいております」
以後、お見知りおきを、と言ってぺこりと一礼するアルト。
だが、俺はアルトの言葉に衝撃を受けていて、つられてぺこりと頭を下げることしかできなかった。
日本人の性があってよかった……。
というか……。
「お前、族長の娘とかいう立場だったの?」
「あん?言ってなかったっけ?」
キョトンとして返してくるフィー。
全然、聞いてないです!
へー、このガキンチョってそんなに偉い立場にあったのかぁ。
まあ、エルフの階級とかっていまいちわからないから、どれくらい凄いのかは具体的には分からないのだが。
族長の娘って言っていたから、人間でいう村長の娘的な……?
……それは、凄いのだろうか?
「あー……でもさ、俺が族長の娘だからってかしこまらなくてもいいからな?」
フィーは俺を見上げてそう言ってくる。
その目には、何故か恐怖心みたいなものが見え隠れしていた。
え?何に怯えているの?
「当たり前だろ。何でガキンチョにかしこまらなくちゃいけないんだ。逆に、お前が俺に敬語を使えや」
俺の言葉に、フィーとアルトはポカンと目と口を開ける。
いちいち言われなくたって、かしこまってなんてやらん。
何が悲しくて、こんな見た目ロリのフィーにへりくだらなくちゃいけないんだ。
俺がへーこらするのは、自分より強いものだけである。
それならフィーも該当しそうなものだが、こいつとは口げんかしているくらいがちょうどいいのである。
……まあ、初めて剣技を見たときはへりくだりましたけど。
悪いのか?
「し、ししし失礼な!フィー様に向かってなんて口の利き方―――――」
「おう!敬語は使わねえけどな。あと、ガキンチョって言うな!」
「痛いっ!?」
アルトが顔を真っ赤にして何かを言ってきたようだが、フィーにひざ裏を蹴られてそれどころではなかったため、聞こえなかった。
ただ、俺を蹴るフィーがやけに嬉しげだった。
……なに?人を傷つける楽しさとか覚えちゃった?
それは、マズイですよ。
「俺の名前はゴウシだ。よろしくな」
「ゴーシですか。よろしくお願いします」
……やっぱり、君も発音が少しおかしいんだね。
俺は、改めてアルトを観察してみる。
綺麗な金色の髪を後頭部で一つの団子にしてまとめている。
目は少し釣り眼気味で、キリッとした美人顔だ。
まあ、眼鏡にヒビが入っているからその魅力が半減しているが。
すらりと身長は高い。
そして、エルフの象徴である長く尖った耳は、フィーと同じである。
しかし、肌の色が大きく違い、ダークエルフであるフィーは健康的に焼けた褐色だが、アルトは綺麗な白い肌である。
だが、俺の目は彼女の胸のあたりにいっていた。
仕方ない、男なんだから。
そんなわけで見ていたのだが、なんていうかその……。
「残念だ」
「どこを見て言っているんですか?」
「ご、ごめんなさい」
俺がふっとため息を吐きながら言うと、アルトが綺麗な笑顔を見せてくれる。
だが、どう考えても愉快に思っての笑顔ではないので、俺は震えながら謝った。
しかし、残念だというのは事実である。
フィーはロリ体型に見合わず意外とあるというのに、アルトは身長が高いくせに貧乳である。
すとーんとふくらみを見せずに落ちている。
……残念だ。
そう考えていると、俺のすぐそばに矢が突き刺さった。
「ひぃぃぃぃっ!!」
「いや、お前が悪い」
悲鳴を上げる俺を、呆れたように見上げるフィー。
この野郎!部下の教育がなってねえぞ、ガキンチョ!
主の命の恩人に矢を突き立てるとは何事だ!
「さて、フィー様。早く村に帰りましょう。ここにいては、フィー様のためになりません」
アルトは弓に矢をつがえながら、そんなことを言う。
おいおい、ためにならないって酷い言いようだな。
そんなに貧乳が残念といったことに怒っているの……かぁぁぁぁぁっ!?
こいつ!二射目を撃ちやがった!
このデンジャラス貧乳エルフが!
「いや、俺は帰らねえ」
「え?どうしてですか?」
フィーは首を横に振って、神妙な顔をする。
アルトも、一体何故だと疑問符を浮かべる。
俺はアルトから次々と発射される矢を避けることで精いっぱいだった。
こいつ、乱れ撃ちしすぎだろ!
だが、避けていると不思議と愉快な気持ちになってきた。
ふっ、ほっ、はっ。案外、避けられるものである。
「俺を捕まえようとした奴に、お礼をしなきゃ気がすまねえよ」
そう言って、ニヤリと笑うフィー。
やっぱり、凄く好戦的だな、このガキンチョ。
まあ、やられたままで黙っているのは面白くないしな。
……俺も、ちょっと参加させてもらおうかな。
ちょっと、面白そうだ。
ローゼの言葉に従って、俺はフィーと出会うことができた。
この面白そうなことにも、飛びこんだら何か退屈しないことが起きそうな気がする!
アルトは、フィーの言葉にはあっとため息をついた。
「……フィー様の性格を考えれば、こういうと思っていました。すでに、誰がフィー様を攫おうとしたのかは検討がついています」
「お、流石アルト。話が速いぜ」
フィーの性格に今まで振り回されてきたのだろう。
アルトの対応は、とても慣れたものであった。
さあて、俺も面白そうだからついていくことを言わないとな。
俺、参加します!
「私たちを襲ったのは、この山に接するツンイスト領の騎士たちでした。そこから導き出される敵の首領の名前はローレ・ツンイスト。ツンイスト領の現領主です」
……やっぱり、都合が悪いわ。ごめん。