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第1話 出会い

 










 今、俺がいる国はイナンセル王国というらしい。

 そこそこ広い国土を持ち、そこそこ強い軍隊がいるようだ。

 そんなことを、最近この世界に転移してきた俺は知った。


「ふーん、今日は魔法使いの試験があるのか……」


 俺は街中に張り出されてあるチラシを見て、そう呟く。

 この世界に来て、俺は独り言が増えた。


 ……だって、誰も知り合いがいないんだもの。

 皆知らない人。皆外国人みたい。


 ねえ、このあたりに日本人っていないの?ドゥーユーノージャパニーズ?

 そんな風に、陽気に話しかけられればいいのだが、知らない人に自分から話しかけることのできない俺にはハードルが高すぎた。


「はあ、ここにいても仕方ないし、家に帰ろうかな……」


 最近転移してきたばかりでなんのつてもない俺は、もちろん、街に住んでいるわけではない。

 俺は、近くにあった森に住みついていた。


 いやー、案外何とかなるものだ。

 最初こそ、文明の利器がまったくなくていつもないけどを濡らしていたが、最近では何とか生きていけるくらいには頑張れている。


「まあ、それも俺にこの力があるからだけど……」


 俺は地面に落ちていた拳大の石を拾い上げ、軽く力を入れてみる。

 すると、その石はなんと木端微塵に破壊されてしまったではないか。


 近くを歩いていたおじさんが化け物を見る目で見てきた。悲しい。

 当たり前だが、俺は昔からこんなに力が強かったわけではない。


 そう、俺は転移した際にこの圧倒的な筋力を手に入れたようなのだ。

 見た目はマッチョではなく、普通にひょろいもやし日本人なのにね。


 見た目が超弱そうな男が、むちゃくちゃ筋力が強いとか詐欺だよね。

 俺は、この力を使って何とか森で暮らしていた。


 この世界にはとても凶暴な動物がいて、俺が住み着いた森にもそんな動物が多くいるのだ。

 それを、魔物というらしいが、それらを撃退するために俺のこの攻撃力特化チートは非常に役に立った。


 お腹が減った時は、あいつらを食べればいいし。

 動物を殺す忌避感?


 そんなもの、転移してきて三日で飢え死にしそうになったときになくなりました。

 一番大切なのは俺です。魔物ではありません。


「ふぅ……帰るか」


 時たま暇つぶしに街に下りてくるのだが、今日もとくに面白いことがなかった。

 魔法使いの試験とやらに街中の人が見に行っているみたいで、ほとんど人がいないし。


 元の世界に帰る手段も、どうやって探せばいいかわからないし。

 ……転移した時に攻撃力特化のチートがなかったら、絶対に自殺していたね。確実に。


「何か、面白いことねえかなぁ……」


 他力本願なことをついつい呟いてしまう俺。

 そんな俺の言葉を、聞いていた人がいた。


「あなた、面白いことが好きなの?」

「え?」


 ふと、声をかけられた方を見る。

 その人は、真っ黒な少女だった。


 肩までで切りそろえられた真っ黒な髪。

 瞳も黒く、青とかそんな色が多いこの世界では俺以外に初めて見た色だ。


 顔はとてもきれいに整っている。

 元の世界でも、今の世界でもこんな美人を見たのは初めてだ。


 現金な俺はそこにも目が引かれたのだが、一番は彼女の着ている真っ黒なドレスである。

 ゴスロリ風の真っ黒なドレスなのだが、よくこんなごてごてしているものを不自然さもなく着こなせるなぁっと思う。


 元の世界だと絶対にメンヘラさんが着るような服だ。

 それを自然な感じに着ているとは……やっぱり、異世界って凄い。


「ねえ、聞いている?」

「お、おお……」


 返事をしない俺を、訝しげに見つめる少女。

 まあ、話しかけたのに無視されたらムカつきますよね。

 俺も、あなたのヘンテコな恰好に目を引き付けられて言葉を失っていました、なんて言えるわけもない。


「そうだな、面白いことは好きだぞ。暇が潰せるし」

「私と同じね」


 俺が考えていたことを返すと、少女はなにが面白いのか、クスクスと笑い始めてしまった。

 その仕草はとても上品で、不思議と嫌な気持ちにならなかった。


 この世界には貴族とかもいるらしいし、この少女もご令嬢だったりするのだろうか。

 それなら、綺麗な肌にドレス、そして上品な振る舞いに納得できる。


「でも、面白いことは求めているだけでは起きないわ。何か、自分から行動しないといけないの」

「なるほど……」


 少女の言葉に納得する俺。

 明らかに高校生くらいの子供のような女の子に、教えられている二十歳を超えた俺。


 ……やだ、そんな目で見ないで!

 しかし、何故か彼女の言葉はとても説得力というか、人生の先達からの教えのような力があった。


 うーん、俺も森にばかり引きこもっていないで、何か行動を起こしたほうがいいということか……。

 確かに、一理ある。


「こんなことを言う私だけど、最近までまったく行動していなかったわ。でも、今日行動してみると、ほら、面白い人と出会えたわ」


 俺を意味ありげに見上げる少女。

 可愛い……じゃない。


 面白い人……って、俺か?

 別に、面白いことをしたつもりはないんだけど……。


 うわっ、こいつもやしみたいにひょろいなぁ……みたいな嘲笑う的な意味で面白いとか?

 もしそうなら、立ち直れなくなりそう……。


「あなた、さっき硬い石を握りつぶしていたでしょう?あんなこと、魔法で強化していない人間ができるはずがないもの」

「見られていたのか……」


 恥ずかしいっ。

 少女は興味深そうに、俺のことをじーっと見上げてくる。


 やめろ、惚れてまうやろ。

 明らかに年下とはいえ、美少女にじっと目を見られては鍛えられていない俺のピュアハートが激しく動揺する。


「やっぱり、人の姿をした魔物かしら?」

「人間だよ」

「分かっているわ」


 また、クスクスと笑う少女。

 くそっ、可愛くなかったら怒鳴ることもできるのに……っ!

 容姿が良いって本当に得だな。


「ね?面白いでしょう?」

「いや、俺笑われていただけじゃん」

「それは、あなたが行動していないからよ。私は行動したから、あなたを笑ってもいいのよ」


 胸を張って、どやぁっと決め顔をする少女。

 なに、そのお山の大将理論。


 まあ、これだけ可愛い子が笑うんだったら、俺がその対象になってもいいけど……。

 周りに人もいないしね。


「でも、そうね。このままだと、あなたがかわいそうだわ」


 高校生くらいの少女に憐れまれる大人ってどうですか?

 俺はもう、何とも思っていません。


 少女はずいっと自分の頭を差し出してきた。

 そして、悪戯気に笑って言う。


「同じ髪と瞳の色をしていることも考慮に入れて、私の頭を撫でてもいいわ」

「色が同じって……」

「黒色って、珍しいじゃない。私以外だと、初めて見たわ。やっぱり、あそこから抜け出して行動したことは正解だったわね」


 少女にとって、黒色の髪と目をしていることはとても重要らしい。

 確かに、元の世界では腐るほど見たのだが、この世界では見たことがない。


 少しおかしな仲間意識を持っても、不思議ではない……かもしれない。

 さて、少女に言われたことだが、俺は実行しようと思う。


 だって、今まで女の子の髪に触ったことなんてなかったし……。

 凄く楽しみ!


「よーし、いくぞぉ」


 俺は一応宣言してから手を伸ばす。

 急に悲鳴を上げられて騎士団が出てきたら困るし。


「んっ……」


 そして、俺の手は少女の頭に乗ったのであった。

 お、おお……これが、女の髪の毛……っ!


 サラサラとしていて、指がスルスルと通る。

 さわり心地もとてもいい。元の世界で触ったことのある絹のようだ。

 ほへー、頭を撫でることが、こんなに気持ちいいことだとは思わなかった。


「んん~……」


 少女は目をキュッと瞑り、猫のように喉を鳴らしている。

 撫でられている方も気持ちいいのだろうか?


 というより、この反応可愛いな、おい。

 少女の話し方が大人っぽいから、ギャップがあって大変よろしい。


「ふぅ……あなた、なかなかのテクニシャンね」

「ふっふっふっ」


 満足した様子の少女は、俺の手から離れて言う。

 褒められたので、とりあえず笑っておくことにした。


「ねえ、あなたのお名前を教えて?また、遊びに来るわ」

「俺で遊ぶんじゃないだろうな?」

「さあ、どうかしら?」


 楽しげに微笑みながら、俺の名前を聞いてくる。

 一応、今日みたいに弄ばれるのかと聞いてみると、意味深な笑みを浮かべる少女。


 ゾクゾクしますよ、ええ。

 M属性は持っていないはずなんだけどなぁ。


「俺の名前はゴウシだ」

「ゴーシ……ゴーシね。うふふ、覚えたわ」


 少し発音の仕方が違うが、まあいいだろう。

 名字は名乗らないことにした。この世界では、名字というのはそれなりの地位にいる者しか持てないらしいからだ。


 少女は嬉しそうに俺の名前を何度も呼んでいる。可愛い。

 ひとしきり俺の名前を言っていた少女は満足したようで、ようやく名前呼びを止める。


「私の名前はヘイグローゼ・ブルーストと言うの。特別に、ローゼで良いわよ」


 少女―――――ヘイグローゼはそう言って微笑んだ。

 名字持ち……ということは、やっぱり貴族のご令嬢だろうか。


 あとで、不敬だとか言われて捕まったりしないよね?

 そう考えると愛称で呼ぶのは、少しためらわれる。


「よろしく、ブルーストさん」

「ローゼよ」

「……よろしく、ヘイグローゼさん」

「ローゼよ」


 同じことしか言えないのかよ!

 相手が貴族だと、色々気を遣わないとダメでしょ!


「私、何度も同じことを繰り返すのは好きではないわ」

「ひぇ……」


 すっと冷たい目で俺を見やるヘイグローゼ……様。

 思わず、情けない声が口から飛び出てしまう。

 し、仕方ないじゃん。こっちが凍りついてしまうような絶対零度の視線を向けられたら、萎縮しちゃう……。


「ろ、ローゼ……」

「んっ」


 俺が恐る恐る愛称で呼ぶと、嬉しそうに微笑んだ。

 やだ、可愛い……。


 しかし、この子はどこの貴族の子だろうか?

 俺が今いるここは、ツンイスト領といって貴族のツンイスト家が代々治めている土地だ。


 その家にはご令嬢がいるなんて話は聞いたことがないから、違う領地の貴族の子供だろう。

 ……その領地では、絶対に愛称で呼べないな。


「ふふふ、今日はここに来てよかったわ」

「あ……」


 ローゼは本当に楽しそうに笑っていた。

 ようやく、面白いことが見つけられたように……。


「またね、ゴーシ。遊びに行くわ」


 ローゼがそう言うと、強い突風が吹いて目を瞑ってしまった。

 次に目を開けた時には、ローゼの姿はどこにもなかった。

 ……一体、なんだったんだ?





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