プレゼントを受け取る私
あれよあれよという間に、最初の夜会の日。
やる気溢れるメイドたちによって丁寧に飾り付けられた私を見て、私は何だか自分が自分でない錯覚に陥りそうだった。
鏡に映る自分は、見た目だけなら立派な貴族のお嬢様だった。
マナーハウスのエントランスで迎えを待つ間、私は小さなホール内をあちこち歩きまわっていた。
ホールに控えているメイドが生暖かい目で私を追いかけているのはわかっていたが、私の足は止まらなかった。
大半の教師からお墨付きを頂いたとは言え、やはりそれらはボロが出ない程度というレベルで、貴族の令嬢としてはやや頼りない程度のものだった。
特にダンスは穏便に断るようにと再三言い聞かせられたので、正直エルレウスと踊ることすら逃げ出したい程に億劫だった。
病弱であったが故に今も体調を崩しやすいという設定を利用して主催に挨拶したら早々に帰るという切り札も用意されていたが、最初から切り札を切っていては先が思いやられる。
病弱を理由に石女ではないかと噂が立つのも困る。
とにかく、教えられた通りにしなければならない。
私を優しく迎え入れてくれた今の両親にも、エルレウスにも、恥をかかせないようにしなければ。
不安に荒れる心を落ち着けようとしてぐるぐると歩き回って、それでも思考は嫌な方へと流れていく。
大丈夫だと自分で自分に言い聞かせながら、心の中でそれを疑っては否定するを繰り返して、結局心は落ち着かない。
その連鎖を断ち切ったのはホールの中まで届いた馬の嘶きだった。
迎えが来た。
「お待ちしていました」
私はエルレウスと再会した日と同じように、教科書で習った通りに彼を迎えた。
「すまない、随分待たせてしまったようだ」
エルレウスは私の目を見て謝罪した。
確かに約束の時間は過ぎていたが、随分と言われる程待っていた気はしない。
「そんなことはありません、私の支度も長引いてしまったので丁度良かったです」
本当はそこそこの時間歩き回っていたのだが、それについては私に必要な時間であったので彼が謝罪する必要はないと思っていた。
しかしエルレウスはそれでは納得しなかったらしい。
彼はコートのポケットからカルトナージュの小箱を取り出して、蓋を開いて私に差し出した。
高級そうな小箱の中には、私の瞳と同じ色をした、緑の宝石のペンダントがあった。
私はエルレウスの衣装に合わせて用意された、落ち着いた色合いの生地を同色の刺繍で飾ったシンプルな型のドレスを着ていた。
ドレスに合わせて髪を編み込み、それらに合わせて選ばれたアクセサリーを身に着けていた。
それらは全て義父が用意して、メイドと義母が選んでくれたもので、私にはドレスに宝石や髪型を合わせて選ぶ技術がない。
だからエルレウスから差し出されたそれを、メイドと義母が用意してくれたものと取り替えていいのかすら分からなかった。
「詫びという訳ではないが、君の為に用意したものだ。 受け取って欲しい」
そう言われて、私は恐る恐る小箱を受け取った。
しかしそこからどうしていいのかわからない。
「申し訳ありません、私にはこれが今のドレスに合うものなのかどうかもわからないのです」
だから正直に伝えることにした。
そんなこともわからないのかと落胆されるかとも思ったが、わからないままにして人前で恥をかく方が不味いと考えた。
するとエルレウスは驚いたのか少しばかり目を見開いて、それからホールの隅に控えていたメイドを呼び寄せた。
「私の審美眼に狂いがなければいいのだが、これと今彼女が身につけているものを取り替えても?」
私の手にある小箱をメイドに見せて、エルレウスはそう言った。
メイドは小箱の中のペンダントを見て、それから私の身につけているネックレスと比べるように二つを交互に見た。
「お嬢様の瞳と同じ色で、今日のドレスにも合っています。 素敵な贈り物ですね」
メイドの言葉に、やはりこの宝石は自分の瞳の色なのかとペンダントを見つめる。
それから贈り物を渡されたのに、まだお礼を言っていないことに気付いた。
「ありがとうございます」
私は慌ててエルレウスを見て、感謝を伝える。
「気に入って貰えたら嬉しい」
エルレウスはそう言って、柔らかく微笑んだ。
人形のように美しい顔に浮かぶ微笑みに、私の頬に熱がこもる。
「後ろを向いてくれるかい? ネックレスを付け替えよう」
エルレウスに言われて、私は彼に背を向けた。
すっと横から差し出されたメイドの手に小箱を乗せれば、それはエルレウスに差し出される。
手袋の冷たい感触が項に触れて、ネックレスの留め金を外す。
するりと抜き取られたネックレスはメイドの手に渡り、今度は緑のペンダントが胸元に当てられる。
留め金が留められて、肩を押されて私は再びエルレウスに向き直る。
「よく似合っている」
贈り物を身に着けた私を見て、エルレウスは満足げに微笑んだ。