秘密を知らされる私
「エルレウスお義兄様は、本当は私たちの兄弟ではないの」
アドリアンヌは、エルレウスと今は亡き父の秘密を静かに語り始めた。
「王妃であるアウローラ・オーランドット様とエーリオス・ハルドシュミッツ第一王子殿下が賊に襲われて亡くなったことは知っているわよね?」
それは有名な話だった。
王妃と第一王子に起きた悲劇。
「お父様は王妃様の後見人だったの。 お母様が王妃様の従姉妹で、本当の姉妹のように仲が良かったから。
それで王妃様や第一王子殿下と懇意にしていたのだけれど……それも長く続かなかった。
王宮に賊が入り込んだあの事件、その時王妃様と第一王子殿下が襲われた……そこには第一王子殿下の乳母を勤めたお母様とお兄様もいらっしゃったわ。
騒ぎを聞きつけてお父様が駆けつけた時には、王妃様とお母様は亡くなっていて、第一王子殿下は酷い傷をおっていたけれど一命を取り留めたわ。
王宮は賊が入れるような場所じゃないし、王妃様の室以外で争った形跡がなかったから、あの事件は誰かが賊を手引きして王妃様と第一王子殿下を亡き者にしようとしたと考えられた。
それでお父様は、生き残った第一王子殿下を守る為に自分の息子と取り替えたのよ。
その後、エルレウスお義兄様はアランバード公爵の嫡子として育てられ、王立カレッジの卒業後に公爵位を継ぐことになったわ。
でもエルレウスお義兄様はアランバード公爵家の血を引いていない。
アランバード公爵家の血が特別なことは、姉さんも知ってるわよね?」
アドリアンヌの問に、私は頷いた。
「銀の血でしょ? どんな毒も効かない、どんな毒もわかる」
「そう、アランバード公爵家の血を引く者は銀の血を受け継いで、その血はこの世のありとあらゆる毒を検知し無効化すると言われている……でもアランバード公爵家の血を持たないエルレウスお義兄様は当然銀の血を持っていないし、エルレウスお義兄様が他家と婚姻を結んで公爵家が存続するとしても、公爵家の銀の血は失われてしまうのよ」
アランバード公爵家が公爵の位を得ているのは、この血による功績のものだ。
代々王家に仕え、王家を守る為にその血の力を使う。
「銀の血の子を養子にしたら?」
公爵家の人間の子は銀の血を引く。
銀の血が失われてはならないと言うのなら、銀の血を持つ子を養子として迎え入れればいいのではないか。
そんなアンファーの言葉を、すぐさまアドリアンヌが否定する。
「それだとその子が家督を継ぐことになるでしょう? エルレウスお義兄様と結婚する方が問題になるのよね」
確かに、子供をもうけられる夫婦に養子をというのは、その養子を跡継ぎにするというのは問題だろう。
アランバード公爵家は国内で五指に入る有力貴族だ。
その家に嫁ぐのに、我が子が後継者となれないのは嫁いでくる娘にも、その家にもメリットがない。
「だからお父様も考えていたの、秘密裏にこちらのフィリップフラウ公爵家にアランバード公爵の娘であるアンネロゼお姉様を養女にしていただいたのよ」
アンネロゼ。
私と同い年の義妹だ。
私が孤児院に預けられるより前に、姿を見なくなった。
「ならアンネロゼと結婚すれば問題ないじゃない」
まさかアンネロゼが私と同じく、アランバード家を離れていたことには驚いたが、庶子であり平民の暮らしをしていた私より、貴族の、それもアランバード家に劣らぬ名家であるフィリップフラウ家に養子に出たアンネロゼなら貴族の娘としても妻としても最適だろう。
それにアランバード公爵家の娘であるアンネロゼが結婚相手なら、銀の血の問題も解決する。
「それが……アンネロゼは王太子の婚約者候補に選ばれてしまったのです……王太子もアンネロゼを気に入っているようで」
それまで黙って話を聞いていたフロルドが言った。
その秀麗な顔には、申し訳無さそうな表情が浮かんでいる。
「王太子の婚約者候補に選ばれてしまうと王太子の婚約者が正式に決定するまで他の方と婚約できないのよ……それに、この遺言状は伏せられてはいるけれど正式なものだから、エルレウスお義兄様が公爵位を継ぐには姉さん、あなたと結婚しなくちゃならないわ」
婚前交渉が禁じられている訳ではないが、こと王家に嫁ぐ娘は清らかであることが望まれる。
その為一度婚約者候補に選ばれてしまえば、正式に婚約者が決定するまで候補者には他の男性と婚約することは出来ない。
当然、結婚など以ての外だ。
「絶対にエルレウス義兄様に継がせなければならないの?」
実は養子であったエルレウス以外にも、アランバード公爵家には男児がいる。
義弟達はまだ幼いが、彼らが王立カレッジを卒業するまでは親族から代理を立てればいい話でもある。
遺言状については、どうとでも出来るだろう。
「殺された筈の第一王子が生きていたとなれば国家の中枢が混乱するでしょう。
今は第二妃であるルクレツィア・フランビアの息子であるエステリオス殿下が王太子となっているが、エーリオス様は王位継承権第一位、その上後見となる家もないとなれば、謀殺か野心ある貴族の傀儡とされるかだろうな」
フィリップフラウ公爵が諭すように言った。
確かに、第一王子の生存が国政に混乱を招くことは必至だ。
「それは……」
ろくに会った覚えがなくとも義兄として思っていた人物との結婚は、一朝一夕で受け入れられるものではなかった。
しかし同時にその義兄の命が危険に晒されることを知って、それを見て見ぬふりが出来る程、私は器用な性格ではなかった。
「アンファー、お願いよ……エルレウスお義兄様を助けてあげて?」
ダメ押しするように可愛い義妹に両手をとって見つめられて、私にはこれを了承する以外の選択肢などなかった。
「アンファーにしかできないのよ」