再会を喜ぶ私
私自身がすっかり忘れ去っていた約束を果たす、使者が訪れたは、私の17歳の誕生日のことである。
もう霞みつつある記憶の中でもまだ鮮明な、公爵家の紋章。
その紋章をあしらった馬車は、間違いなく公爵家のものだった。
アランバード公爵家からその人は私に会いに来た。
それはかつて私を孤児院に預けた執事ではなく、若い女だった。
彼女は優雅に一礼して、私に言った。
「お迎えにあがりました」
それが全ての免罪符にでもなると思っているのか、彼女は私を馬車に連れ込み、そのまま御者にどこかへ向かうよう指示を出した。
混乱する私にも、それがアランバード公爵邸へ向かっているのではないことは理解出来た。
私は馬車に揺られながら、孤児院のことを考えていた。
何も言えず、挨拶の時間すらなかった。
人攫いにでもあったと思われていないだろうか。
心配性のサリーが、泣いていないだろうか。
ぐるぐると不安が渦を巻く。
私を馬車に連れ込んだ女は、馬車に同乗しているが、何も言わない。
私には何がなんだか訳の分からないまま、馬車は走りつづけた。
沈黙と居心地の悪さから長い時間がかかったようにも思えたが、実際には、日の傾きから判断するにそれ程時間のたたぬ内に馬車は止まった。
まず御者が車内に声をかけ、それに女が応える。
それから御者が扉を開き、まずは女が馬車を降りた。
それから、私にも下車を促し、馬車に籠城するわけにもゆかず、馬車を降りた。
辺りを見回すと、そこが整えられた庭であることがわかった。
おぼろげな記憶の中にあるアランバード公爵邸より小さいが、貴族の邸宅なのだろう。
「アンファー!」
キョロキョロと辺りを見回す私に、明るい声がかかる。
緩くウェーブした栗色の髪の、美しい少女。
少女を見たとき、私の目から突然涙が零れ落ちた。
おぼろげだった記憶を塗り替えるように、全てが鮮明になっていく。
それは孤児院で何度も何度も繰り返し思い出していた、義妹の成長した姿だと、私にはすぐに理解出来た。
「アドリアンヌ? 本当に……?」
駆け寄ってきた少女の頬を両手で包み、私はその懐かしさの残る顔をじっくりと見つめた。
「本当よ、アンファー……また、会えて嬉しいわ」
少女、アドリアンヌもまた、美しい翡翠色の瞳から涙を零していた。
暫く二人して泣きながら抱きしめあい、再会を喜んだ。
それから私を迎えに来た女に促されて、小さな邸宅に入った。
応接間には二人の男性が待っていた。
「アンファー、こちらは宰相であるフィリップフラウ公爵様よ、その隣にいらっしゃるのが私の婚約者のフロルド・フィリップフラウ様」
義妹の紹介に、二人の男性が優雅に礼をする。
着席を促されて、お尻が沈み込むほど柔らかなクッションのソファーに腰掛けた。
アンファーの隣には、アドリアンヌが寄り添うように座る。
「君がアンファー・アランバードか」
フィリップフラウ公爵は私を品定めするように見やった。
その視線に少しの不快感を感じながらも、私はフィリップフラウ公爵を真っ直ぐに見つめた。
「今はただのアンファーです」
「失礼、今回は故アランバード公爵の遺言の為、君の力を借りたいのだ。 その為に呼んだ」
フィリップフラウ公爵はそう言って、私に一枚の羊皮紙を見せた。
それは亡き父の遺言状だった。
そこには、ただ一文だけが記されていた。
――我が子アンファーの夫となる者をアランバード公爵とする。
私は驚いた。
一度も会いに来ることなくこの世を去り、その葬儀にも呼ばれることのなかった私を父が覚えていたことに、少しの困惑と多大な喜びを感じていた。
しかし、疑問も感じた。
私には腹違いの兄がいた。
「エルレウス義兄様とは半分とはいえ、血が繋がっているのだからこの遺言状は無効ではないのですか?」
当然、公爵家は義兄が継ぐものと思っていたのだが、これは一体どういうことなのか。
「そのことについても、お話があるのです」
アドリアンヌのあまりに真剣な瞳に気圧されて、私は知らず息を呑んだ。