chapter1 あの角を曲がる車が
「今頃さ新しい女作ってるって!そんな画像さ消去しちゃえば?
そんなの残しておくからダメなんだよ!」
夏美の言うとおりなのは判ってる。
何度も消そうと思った。
でも、消せない。
消したくない。
もしも、どこかで偶然であったら
この画像を見せて、どれだけ思ってたのか知って欲しい。
自然消滅したアイツの自転車の後ろに乗る時も
キスをする時も処女を捨てた時も
どんな時も私は間瀬の事を思い浮かべてた。
目を閉じて間瀬に抱かれてるって。
今だって、この電車に間瀬が偶然に乗って来て出会うかもしれないって願ってる。
「今なら素直に好きって言えるのにな」
「そう!好きなら好きって素直にならないとね!
じゃないと私なんかさ敵が多いからさ〜
だし、男って単純だから逆にそういう女の方が可愛く思われるんだって」
そうだったんだ。
だからメガネっ子の方を選んだのかな。
もっと早く夏美に出会いたかった。
「男を忘れるには男で忘れないとね!」
「忘れられなかったよ」
「だから!そんな画像取ってあるからでしょ!?」
このままじゃ間瀬の画像を消されてしまう。
必死で守ろうと虚勢を張ったのも肩透かし。
「優奈もうすぐ着くよ!あ〜本気で超楽しみ!」
目的の駅のアナウンスと共に、夏美の気持ちは別世界へ飛び
間瀬の画像は消去される事なく一命を取り留めた。
「あっもしもし?今駅に付いたよ。どう?そっちの様子は」
駅前の商店街を抜けて
進めば進むほど民家が立ち並ぶ予想外な場所に入って行く。
「じゃ後でね〜。あともう少しだからね」
「ねえ。今からどこに行くの?」
「どこってライブハウスだけど?」
【加藤】という表札の家を曲がり
車の通りも少ない道を歩いていると2階建てのアパートからカレーの匂いがする。
「あそこに人が集まってるでしょ?あそこだよ」
マンガに出てくるのは東京とか都会だからなのか。
ライブハウスって、実際にはこんな場所にあるんだ・・・
イメージとかけ離れた立地に、ある意味変な衝撃を1人受けていた。
「久しぶり!あ!紹介するね!」
今日一緒に泊まる夏美の連れの麻紀と智子。
ストレートの長い茶髪パッチリとした二重瞼で目が大きくて可愛い麻紀。
ゆるい癖毛パーマで色っぽい智子。
2人とも可愛いし20歳以上に見えるほど大人っぽくって、とても私よりも1つ年下には思えない。
「あ〜呼び捨てでイイよ。聞いてたより可愛いんじゃない?期待のニューフェイスだね!」
期待の意味が何か判らなかったけれど可愛いって言われて悪い気はしない。
「お目当てはマダだからさ。ここで新しいメン(メンバー)探ししてるの」
「優奈さ初めて来たから興味津々なんだよ。ちょっと見せてくるね」
外まで物凄い音が聞こえてる。
麻紀と智子にチケットをもらい
夏美の後ろについて暗い階段を下りると壁には一面に良く判らない安っぽいステッカーや落書きがある。
無愛想な女の店員に半券をもらって重い扉を開けると数人の客と物凄い音。
「どう?初めての感想は!」
「え?聞こえない!」
「ここじゃウルサイから外で話そう!」
爆音に会話も出来ず。
初めての探検は約1分間で終了した。
「どうだった?狭いでしょ」
正直ライブハウスってこんなに狭いとは予想していなかった。
下手したらステージと客席合わせたって学校の実験室の方が広い気がする。
「ねえ?イスが1つもなかったけど、もしかして立って見るの?」
「そうだよ本当に初めてなんだ〜」
「寒いから中にいても良いんだけど、座る所もないし床に座るのも汚いしさ」
「つまらないバンド見てるぐらいだったら外で喋ってる方が楽しいしね!」
「本当だよ。30出てたら見たいバンドが10あったら上等だよね」
「さっさとヤメテ次のバンド出せってのも居るしね」
せっかくお金を払ってるのに全部は見ない。
例えたら、映画を見に行ってエンディングしか見ないような事なのか?
どんなバンドが出てるのか判らないけれど
今ココで喋ってる方が物凄く勿体無い事をしてる気がしてた。
「これで何番目かな?」
「その前にこの2つ後のも見ておくでしょ?
それまでは新メン探しだよね!」
「で、0時回ってリザードって・・・」
「ちょっと待ってよ!ケツの方ジャン!って事は何時になるの?」
夏美が血相を変えて騒ぎ出した意味は判らないけど
今日も明日もオールナイトで明け方までするっていうイベントだという事は
麻紀ちゃんが教えてくれて判った。
「明日だけじゃなくて元旦まで毎日だよ」
「ココ以外にも全国でさ大晦日の夜から1月1日の朝日が昇るまでぶっ通しでやってる所いっぱいあってね」
「で、私と麻紀と智子は29日から東京のイベントに追っかけて行くからさ!」
お正月は?親戚の家とか行かなくて良いの?
「え?」
「え・・・・・?」
「ゴメン!KY(空気読めない)とかじゃなくって本当に優奈ってさ普通の子だから!」
「や・・・天然かと思ってビックリした」
「でもある意味さ男からしたら可愛いんじゃない?」
「やっぱり期待のニューフェイスだね!」
「だね!!」
誉められてるような
ないような・・・
1つだけだけど一応年下に可愛いといわれ
本当に私って何も知らない子だな〜って、ちょっと恥ずかしくなった。
夏美の言ってた
「この後」のバンドがステージに上がった。
夏美と2ショットで写っていた妖艶な男が歌っている。
手を伸ばし体を揺らし大声で歓声を上げる観客から離れて
壁にもたれて、ただ突っ立って見る3人と並ぶ。
「ねえ?何で前で踊ったりしないの?」
「うちらは、そういう系じゃないから。」
正面を向いたまま私の問いは切り捨てられてしまい
【系】の意味がさっぱり判らないまま
「優奈 行くよ」
夏美に呼ばれ後を追った。
演奏が終ると同時に会場を出て一目散に階段を駆け上がる3人。
何を急いでいるのか判らずに
一歩一歩踏みしめてのんびり上がっている最中
「ちょっと どいて!」
1人の女の子に押しのけられた。
(どいてって何!ゴメンじゃないの!?)
と、振り返り言ってやろうと思った声は
邪魔!と言う空気をかもし出した
次から次へと全速力で階段を駆け上がって行く女の子達の列に消沈した。
全くどう動いて良いのかさえ判らない。
来た事に後悔しながら外に出ると
沢山の女の子達が何かを取り囲んでる。
夏美達がどこに行ったのかも判らない。
携帯を鳴らしても出ない夏美達の姿が
メンバーを取り囲む中に見え
ココにいれば気付くだろうと、ポツンと1人目立つように歩道の段差に座り込んだ。
(はあ・・・・私何してるんだろう。)
猫なで声で、誰かに話しかけてる女の子達。
初めて見たバンドに正直
カッコ良いとかトキメキも何も感じない。
こんな事に4万円か・・・
バッカみたい!!
今更帰るなんて言えないしな・・・。
(あ〜!もう本当に帰りたいよ〜!!)
どうにか諦めないといけない現状に、夜空ぐらいしか見る物もなかった。
(流れ星流れないかな・・・)
もし流れたら願い事を3回唱えよう
【間瀬に会いたいって】
でも、流れた所見た事もないし、手っ取り早く出来る事。
よし!もしあの角を曲がる車が
【白】だったら間瀬に冬休み中に会えるにしよう。
「優奈ゴメンね!ほっといちゃって」
満足げな表情で隣に座り込む夏美よりも曲がってくる車が来ないか気になった。
結果は【黒】
智子も麻紀も私の存在は気にせずに夏美と3人でデジカメを見せ合い盛り上がってる。
もし次に曲がってくる車が
【赤】だったら間瀬よりも好きな人が出来るにしよう。
「ねえ。もしかしてアレってゴッドのREIじゃない?」
「え?ゴッドってゴッドレスパイク?今日出ないよね?」
「いや絶対にそうだよ!!ほら!ローディー見て!!やっ!私行くよ!?キャ〜!REI君!」
夏美達が慌てて1人の男に向かって走り出した。
その隙間から見えた角を曲がった車。
結果は【赤】だった。