chapter2 リピート・アフター・ミー
悲鳴にも似た大歓声が外まで響いてる。
急いで会場への扉を開け、ステージが見える場所まで踏み込んだと同時に1曲目が始った。
赤く染まった我近くへと伸びた無数の腕。
その凄まじい熱気と狂気の中、頭1つ飛び出たペーターを見つけた。
暴れまくると自分で言ってたけど、その姿はまるで喧嘩。
振り回す手が周りに居る子達に完全に当ってる。
まさに危機一髪。
あのまま隣に居なくて本当に良かったと心から思うのもつかの間
突然バックしてきた誰かに思いっきり跳ね飛ばされた。
多分その子はゴメンって言ってた。
一瞬振り返って何かを言い残し、人の波に飛び込んでいった。
最初からエリゴン達の居る場所に戻る気はなかったけど、
最後尾から助走をつけて繰り返しダイブする軍団の後ろにいるのも危険。
恐怖心を抱きながらも花子さんが消えた場所から1人ステージを見つめた。
ゴッドレスパイクになってから初めてのライブ。
衣装が違うからか?名前が変わる前とは全く違う印象。
YUIちゃんの事だけを見れれば。
ただ目的は、それだけだったはずなのに。
音と視覚が体中を駆り立ててくる。
とても同じバンドには見えず、唄っているのだからREIさんとしか判らない。
その右側で、方目を覆う長いバンダナを巻いているのは篤君だろうか。
左側にいるのが浅見君。
頭しか見えないけど、多分あれがYUIちゃん。
視界に見える3人が、私の知ってる3人とは違って写る。
REIさんの頬を汗が伝ってるのに。
浅見君が深呼吸して胸のあたりが少し膨らんだのに。
篤君の腕の筋肉が動いたのが判るのに。
教室ぐらいの狭い空間の中、まるでハイビジョンのテレビを見ているよう。
ステージは、ただのスクリーン。
こんなに、そばに居る訳がない。
皆がただの映像に向って暴れてる。
今ここで起きているのは現実じゃないとしか思えないほど
私の中で彼等が何かもの凄く大きな存在になり始めた時
天井に手をかけたREIさんの体がスクリーンの枠から突然飛び出してきた。
REIさんの伸ばした腕に、沢山の手が触れている。
胸に。
足にも、沢山の誰かがREIさんの体に触れている。
最後尾から飛び込んでる子の指先さえ、あと少しで届きそう。
私も踏み出せば手が届くかもしれないけど、
これ以上前に進んだらYUIちゃんから私が見えてしまうかもしれない。
あと少し。
もう1回!
次こそは絶対に届くから頑張って!
そう自分の気持ちを託した女の子の手がREIさんの指に触れた瞬間
これは現実で、すぐそばに彼等がいる事を実感できた。
ペーターの言うとおり、先行のライブは前座。
でもそれは、優しい言い方。
彼等のライブは全く持って必要がない。
ゴッドは凄まじい勢いで進化を遂げていた。
瞬きすら損した気分に陥ってくるほど、一瞬でも目に映るゴッドの姿を逃したくない。
REIさんの手に私の手も届くはずなのに。
飛び込んでいけない理性がもどかしくなってくる。
行きたくてもイケナイ感情を抑える体がむず痒い。
ゴッドの音だけを感じていたいのに心臓の鼓動さえ気に障る複雑な感情は
3曲目を終えて喋りだしたREIさんの声に一旦押さえ留まれた。
東京から始ったツアー。
「何て言って良いのか判らねえけど、今ライブすんのがヤバイぐらい楽しいんだよね」
一昨日よりも昨日。
昨日よりも今日。
ライブの度に、REIさんの中で『最高』という度合いが高くなってるらしい。
「気持ち良いって、こういう感じなのかって言うのがさ。ライブやる度に上限塗り替えられてさ。」
逐一歓声で答える客席。
「ツアー終る頃には、俺ってマジどうなっちゃうの?って思うぐらいヤバイんだよね。これってお前等がいるからかな」
ファンの子1人1人に対するように向けて笑ったREIさんに
名前を叫ぶ子。
涙をこぼす子。
飛び跳ねる子達。
私は、その時メンバーとファンの子達との間に『絆』が生まれる瞬間に立ち会った。
それは今まで体験した事がない不思議な気持ち。
別にREIさんのファンじゃないけど。
熱い何かが込み上げて来て押さえきれない。
REIコールが駆け巡る会場に、万遍の笑みを浮かべるREIさんの姿に感動が止まらない。
全てを忘れ。
REIさんの口から出た次の曲らしき横文字に、私の口からも声が出そうになった瞬間。
「ちょ~っと待った~!!おい!お前ら!俺様の存在を忘れてねえか!?」
興奮と熱狂に渦巻く会場に突然篤君の罵声が響き渡った。
「REI!REIってよお!淋しがりな俺様のハートはなあ!今にもブロークンしちまいそうじゃねえか!!」
今さっきの感動全てが頭からぶっ飛んでしまった突拍子もない篤君の喋り。
「お前等も俺様の声を待ってたんだろ!?」
マイクを通さないで喋ったREIさんが何って言ったのか聞こえなかったけど多分
「誰も待ってねえよ・・・じゃねえっつうの!
お前は、俺様のスイートなトーキングタイムを待ってるヤツに失礼だろうが!」
口真似をして一人乗り突込みをする篤君に聞こえなくても判ってしまった。
そして誰かの声援にまた声を荒げる。
「ちょ~と待った~!!待ってたよ篤~!だと~!?誰だ!今叫んだ馬鹿女は!」
浅見君とREIさんが笑いを隠す為に背中を向けてる。
頭のてっぺんしか見えないYUIちゃんと、きっと3人で何かを話してる。
そして多分YUIちゃんは笑ってる。
震える浅見君の背中にそう思った。
会場の中央で手を上げた誰かに向って篤君がまくし立てる。
「お前か!お前はさっきからREI君~!REIく~んってうるせえんだよ!聞こえてるっちゅーの!」
喋るたびに大きくなっていく客席の笑い声。
「誰だ!また聞こえたぞ!?本当は、REIの野朗が高速のパーキングでナンパされた面白れえ話してやろうと思ってたけどよ!」
「え~!?」
「そんな話は、また今度だ!いいか?お前ら!俺様の名前は!?」
会場内に篤様コールが鳴り響く。
それは授業で使う英語教材のような篤君の掛け声
「リピート・アフター・ミィー?」に合わせ
ドラムが鳴り、ギターがうねり、ベースが鳴り響き
ある意味違うテンションまでもを上げライブは4曲目へと突入した。