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disappear  作者: 黒土 計
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chapter2 幸せを運ぶピエール

YUIちゃんに会える日まで2週間を切った8月。


「買ってきたか?まだ見るなよ?」


初めて音楽雑誌という物を購入した。


全国で販売されている雑誌だけど


メジャーと呼ばれるプロのバンドだけではなく


インディーズバンドも掲載され、


巻頭カラー何ページも占領している人気バンドもいるようで。


「リザードマンの記事がないって珍しいんだぜ」


携帯でYUIちゃんと同じページをめくりながら


名も音も知らぬバンドの記事さえも新鮮に映り


リザードマンの文字のみのツアー告知にまで興奮してた。


「インチキするなよ?その次のページだからな」


次は、待ちに待ったゴッドレスパイクのページ。


ドキドキしながらYUIちゃんの合図で開いたページはめくった瞬間


強い衝撃を私に食らわし笑顔から落胆に変えた。


カラーページ1枚に載った写真と記事。


左から篤君。


REIさんと浅見君。


そしてYUIちゃんらしき


【金髪の男】


12月に出会ってから早8ヶ月。


何度も電話で話しているにも拘らず


黒髪のYUIちゃんしか知らない私に、一気に込み上げる感情。


「見てるか?って、何で怒ってる?」


悲しいと言うべきか。


淋しいとも言うのか。


怒るとは別物の何とも言いようが無い気持ち。


「お前に言うのは忘れてたのかな。

まあ、そんな事で怒るなって」


私ではない何処かの誰かに教えた。


その誰かと私を間違えた。


そうとも取れる曖昧な返答に


溢れ出す言葉は、全てが嫌味になっていく。


「他に女なんていねえって!いい加減にしろよ」


今ゴメンと言えば終る。


そんな事ぐらい判ってる。


言葉は止まっても涙が止まらなくて


声に出来ないまま時間だけが過ぎて行く。


時が経てば経つほど、嫌われていく気がして


焦る気持ちでまた声にならない。


でも、きっと気が付いてYUIちゃんから話てくれると思ってた。


話してくれるのを待ってた。


違う話でも何でも


私から声が出るまで話し続けてくれる。


【あの時みたいに】


【あの日のように】


でも、携帯から聞こえたのは


諦めにも似た面倒臭げな溜め息と舌打だけ。


その空気に耐え切れなくて出した声と重なった


「あ〜もうイイ!」


YUIちゃんの言葉と共に切られた電話。


今までになかった態度に


忘れていた疑われて攻められた日の事まで蘇り体中に痛みまで感じ出す。


「もしもし?ねえ?」


返答する筈もない電子音に問いかけ溢れる涙。


あれから5分。


もう10分。


今かけなおして謝れば仲直りできるかもしれない。


でも心のどこかで、YUIちゃんからかけなおして来てくれるのを待ってた。


かけてきたらゴメンネと言おう。


知らずにいて切なくなった気持ちも


全部ありのまま伝えよう。


そう待ってた電話は鳴らず気が付けば薄暗くなってた部屋の中。


「うわ!姉ちゃん本当に居たの!?」


ノックもせずに夕食を教えに来た裕貴を攻める事もなく降りた食卓。


晩御飯は、色とりどりに飾られた冷やし中華。


重苦しい私の気持ちとは真逆に、


自分達の存在をアピールする発色に目まで痛くなる。


「姉ちゃん?鬱病じゃねえの?」


「何!?鬱病!?」


「そんな繊細な子じゃないわよ!ほら!無視して食べなさい!」


言いたい放題言われても否定する気にもなれない。


端を持つ手が、自分の手じゃないように重い。


頭も、どんどんうな垂れていく。


私の心の暗は体から染み出し、食卓までもを暗くしてる事ぐらい判ってる。


「姉ちゃん見てると食欲がなくなるんだけど・・・」


「お父さんもゴチソウサマしたくなって来たな」


「あ〜もう!お父さんたちはチャンと食べなさいよ!

優奈は食べなくてイイからもう寝なさい!」


裕貴もお父さんもきっとお腹が空いてたはず。


悪いのは私。


部屋に戻る事を促され上がった階段。


一歩上がるのさえ辛く感じて壁にもたれ掛る。


「優奈が居るとご飯まで不味くなってくるわ!」


聞こえてくるお母さんの言葉どおり


私が居ると空気が悪くなるのは事実。


コノ家にいない方が皆きっと幸せ。


早く遠くへ行ってあげなきゃと力を振り絞り、やっと辿り着いた部屋。


鍵をかける事も忘れベッドに伏せて泣いた。


下に居るお母さん達にバレナイように押し殺すけれど嗚咽が止まらない。


息を飲み込み、止めようとすればするほど息苦しくて体が熱くなり


頬を流れる涙まで高温に感じた。


携帯を切られてから、時計は1時間を過ぎた事を表示している。


今からでも遅くない。


きっと遅くない。


でも、怖い。


何か勇気になるような事が欲しくて


携帯を握り締めオデコにくっ付けながら祈った。


【もしも】


30分までに誰からでも良いからメールが着たら


YUIちゃんにかけなおしても上手く行く。


【もしも】


来なかったら、かけなおしてはイケナイ。


そう心に決めて祈り続けた。


この祈りはオデコから携帯を離した途端に呪われる。


だから何があっても離してはイケナイ。


【携帯の神様】


どうか私の願を叶えてください。


そう規約を付けたと同時に聞こえるお母さんの声。


「優奈?聞こえてる?」


階段を上がってくる音。


返事をしたけれど時遅く。


「電気も付けないで、何してるの!?」


照明が付いたと同時に、携帯をオデコから離してしまった。


用件は、冷蔵庫にラップをして入れてあるから後から食べればイイ。


それだけ告げ電気を消し去って行ったお母さん。


何も知らずに来たのだから、しょうがない事だけれど。


別にオデコから携帯を離さなくても済んだのに、離してしまった事への後悔は


規約を破ったからか


かけない方が良かったというお告げなのか。


【もしも】と念じた


期限の30分に変わった時計を見て、どっちにも取れる結果で頭の中が真っ白になった。


もう2度と戻れないかもしれない。


【きっと呪われた】


携帯の神様は怒ってる。


YUIちゃんの事を忘れないといけない事になってしまった。


規律を守らなかった私から電話はかけられない。


もし、許されるのであれば


YUIちゃんからの電話で呪いは解除されるかもしれない。


「お願いだからかけて来て」


何かが通じる気がして


音楽雑誌に掲載されてるYUIちゃんの写真に頬を寄せて静かに目を瞑った。


階段の下では、テレビを見てるであろう


お母さんの馬鹿笑いが聞こえる。


彼女からの電話が来た裕貴が部屋に戻っていく足音。


週末彼女が手料理を作りに来る事を聞いて喜ぶお父さんの声。


同じ屋根の下なのに階段で仕切られた明と暗。


この家は、私がいない方が幸せで居られる。


前から判っていたけれど、切実に感じるのは


この家を出て行く理由がなくなってしまったから。


YUIちゃんの所へ。


近くに行く為に上京をする。


そんな理由がなくなろうとしている今


この家に私が残って良いのだろうか。


どこかで1人暮らしをする自信なんてない。


自殺では迷惑がかかるから


事故に見せかけて死んでしまえば


まだ家族的には楽なんじゃないだろうか。


そんな事を考えながら、ゴッドレスパイクのページと2枚の写真をベッドの上に広げた。


「羊が1匹。羊が2匹」


3枚のYUIちゃんに囲まれて


私が幸せだった中でお気に入りの時間。


携帯電話ごしにYUIちゃんが寝かせてくれた事を思い出しながら


左手に鳴らない携帯。


「羊が10匹。もう寝たか?」


右手で自分の肩を抱きながら、YUIちゃんの言葉を真似てみる。


優しい声と温かい時間の思い出に包まれながら眠ってしまった事に気が付いたのは


YUIちゃんのメルアドにちなんでダウンロードした「青い鳥」の着信音。


【見たらスグ電話して来い】


文字だけの本文に添付されていた画像を受信して、また涙が溢れた。


画像を見てたら電話できない。


電話したら、画像が見れない。


自分撮りした画像はYUIちゃんと青い奇妙なぬいぐるみ。


ちょっと不機嫌そうな顔をしたYUIちゃんの顔の横に写ってる


パッチリした目と長い睫。


クマにもカエルにも見える手足の長い未確認生物。


「何?コノぬいぐるみ」


奇妙な組み合わせに、いつしか涙が笑いに変わった時


また「青い鳥」の着信音が鳴り響いた。


「見たか?」


かけてきたのはYUIちゃんの方。


鼻をすするのが、返事の代わりな事も


私が画像を見て泣いてた事も


全部受け止めて1人話し続けるYUIちゃん。


「これでもう許してください」


私の方が悪いのに何度も謝ってくれたYUIちゃん。


やっと声が出たと言うのに、私の第一声は


【馬鹿!】


自分から謝ろうとか色々と考えていたのに


コレしか声が出ない。


「は?バカって何だよ。

人がタブーを打ち破って画像まで送ってやってるのに」


「馬鹿!」


「お前さあ。嬉しいとかもっと別のさ!」


「もう!馬鹿は馬鹿なの!!」


「次はバカバカバカか?それって自分の事だろ?」


携帯から聞こえる照れた笑いと茶化し。


「やっと笑ったな」


私から謝るチャンスだったのに


馬鹿の次に出たのは、青いぬいぐるみの事。


「あ〜あれ?篤のヤツなんだけどさ。」


電話を切った後、1人で自分撮りしてみたけれど


どんな顔をして良いのか判らず


照れ隠しに一緒に撮った1枚。


カエルでもクマでもない彼の正体は不明。


小さな子供が書いた絵がそのまま現実に飛び出てきたような不恰好な子。


「篤が妙に気に入っててさ。ピエールって名前まで付けたんだぜ?」


名前の由来は、第一印象。


篤君がファンの子から貰ったプレゼント。


「俺様に幸せを運んでくれるとか言ってさ」


そう勝手に位置づけて


自分のお守りにしてるピエール。


「本当かどうか俺も試してやった」


「ピエール?」


「幸せを運んでくるなら、それぐらい出来るだろうと思って」


「何を?」


「優奈の機嫌を直してくれるようにってな」


YUIちゃんの言葉に嬉しくて涙が出てきた。


ゴメンって言うのも忘れて


「だから、バカって何だよ」


ただYUIちゃんの優しさに甘えてた。


唯一心から言えた


【ありがとう】という言葉も


「まあ、良いって事よ」


「ピエールにだよ」


「はあ!?俺には感謝とかそういう気持ちはないのか!?」


素直になれなくてピエールに向けて言った事にしたけれど。


「まあ、判ってるって!本当にお前はしょうがねえな」


電話を切られた後泣いていた事。


ご飯が食べれないほど落ち込んでいた事。


「で、あれだろ?」


もしもって何かに願かけてた事。


送られてきた画像を見て、また泣いて。


一部始終を近くで見ていたかのように


私の気持ちを判っているYUIちゃんの言葉が嬉しくて。


「で、今また泣いてるだろ」


「泣いてないもん」


「鼻水の音で判ります」


最後まで天邪鬼でゴメンネも言えずに終った電話。


仲直りしたと同時にお腹が空いて


「死にそうな顔してたのに、今度は急に元気になって」


「お前を見てると大魔神を思い出す」


意味の判らないお父さんの捨てゼリフも


お母さんの小言にも言い返す元気まで出たけれど


心のどこかに引っかかってた事。


お風呂に入ってベッドに横になって


YUIちゃんの新しい画像を見ながら


さっきの電話での優しい声を思い出し


気が付いたら電話を切って2時間。


何か画像を添付しようと自分撮りしてみるけれど、


撮れたスッピンの自分に自信がなくて。


部屋の中の物を撮ってみるけれどピンと来なくて。


電話では素直に言えないかも知れないから打ったメール。


==ゴメンネ。そして、ありがとう==


結局文字だけを送信したメールに


すぐさま返信されたのは


==これで仲直り==


と言う文字に添付されたピエールだけの画像。


==YUIちゃんだけの画像が欲しい==


と打ったメールに来たのは


==絶対に断る。糞して寝ろ!==


声は聞けないけれど、繋がってる事は確か。


2人の気持ちが通じ合ってる気がして送りあった14通のメール。


==そっち行ったらHするぞ!ゴム買っておけよ。じゃあな==


沢山の絵文字と、口癖までそのままの文面。


喧嘩して仲直りした思い出として全て保護をして


幸せをくれる人形と崇めてピエールだけの画像を待ち受けに設定した夜。


YUIちゃんに恋をして


女の子に生まれた事を本当に幸せだと思えた日が終わりを告げた。

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