chapter2 悪夢
【夢の中で私は】
分厚い本を読んでいた。
何が書いてあって、どんな内容だったかは判らない。
カーテン越しにシルエットで映る裸の女性の声にふざけてみたり。
おどけてみたり。
ここで憶えている事は、本を自分から閉じた事。
躊躇いを感じながらも、その声の主に好かれたくて。
笑ってもらえるのが嬉しくて。
調子に乗って、自ずから閉じた本。
そこから、どう変わったのか憶えていないけど、多分あれは神社。
何処からか楽しげな祭りの音が聞こえる中
私が自ずと飛び跳ねていくのは、オドオドしい真っ暗闇の中の石階段。
そこから、どうなってそこに至ったのかは判らない。
緑の畳敷きの和室。
障子から差し込む光の明るさから夜じゃない事だけは確か。
とても居心地が悪く音を立てる事も許されない張り詰めた空気の中、
向かい合って座る黒い喪服を着たキツネの面をかぶった男女が10数名。
その中の誰かに促され、列の1番端の座布団に正座した私。
どういう経緯からだったかは覚えていない。
話をふられた私。
どんな内容だったのかは覚えてない。
ただ、この恐ろしさを感じる場の空気を変えたくて。
怖がってる事を察されないように明るいフリをして振る舞い
大げさに手振り身振りで話し自分のペースになってきたと確信した瞬間。
「優奈さん?」
隣から名前を呼ばれ顔を向けた途端
【そのうち判りますよ!】
女性の恐ろしい形相に、悲鳴を上げ私は悪夢から目が覚めた。
突然甲高い声で笑いかけてきた
隣に座ってたキツネ面。
ではない。
まさに着物を着たメスのキツネ。
コメカミまで裂けた鋭い目。
唇にさした紅の色じゃなく
赤く見えたのは口内の肉の色。
【夢だったとは思えない】
その女の顔が、声が。
リアルに脳裏に焼きついてる。
まだ夜が明けていない薄暗い部屋の中。
【ここにいますよ】
突然現れそうで。
扉の前。
枕元。
鏡に映っていたらと、布団を深くかぶるけれど
【優奈さん】
布団の上から、そのキツネ顔の女が私の体に手を当てるかも知れない。
今本当は、そこにいて。
手が近づいてくる。
【夢であって欲しい】
目を閉じても眠る事も出来ず絶え凌ぐ恐怖。
自分の手とは思えないほど冷たい手。
顔面にまで広がる鳥肌。
体中から流れ落ちる汗。
その女の恐怖から解放されたのは
朝が明けてきた事を知らせる雀の鳴き声だった。
「どーしたの!?こんなにヤツレテ!」
「うわ!何?その目のくま」
悪夢から解放された私を待ち受けていたのは
安堵と癒しではなく、煩い家族の声。
朝ぐらい。
静かに始めたい食卓を
騒がしている原因は確かに私。
「日頃の行いが悪いから、そういう夢を見るのよ」
「寝てる時ぐらい普通に出来んのか」
「そばにいたら、俺まで呪われそうだ。
じゃ!という事でゴチソウサマ!」
「ちょっと!裕貴!味噌汁飲みなさいって!
ちょっと!お父さんまで!もう!」
だからと言って裕貴が食べ残したのも。
お父さんが便乗したのも、いつもの事。
お母さんのショッパイ味噌汁が原因であり、私のせいではない。
「優奈が朝から!ん?・・・何の匂い?」
火をかけっぱなしで鍋が焦げたのも、お母さんの不注意なのに。
「あ〜もう!裕貴の言うとおりだわ!今日は何か用はないの!?」
「なくて悪い?」
「悪いわよ!愛子ちゃんの所でも良いから行きなさいって!」
何もかも私のせい。
この家に不幸をもたらす疫病神。
「誰かいないの!?」
「だって携帯のデータ全部消えちゃったジャン」
「愛子ちゃんの家なら電話帳にあるわよ!」
久しぶりに使った家の電話。
出たのは愛子のお父さん。
「愛子ちゃんダメなの!?」
昨夜から家に帰って来てないと言う返答も聞かずに
差し出された高校の緊急連絡網で決った今日の宿泊場所は
実際には2日前にも泊めてもらった梢ちゃんの家。
「モタモタしてないで!」
「今靴はいてるじゃん!」
「早く出て行きなさいよ!塩撒かないといけないんだから!」
所詮、夢。
現実ではなく寝ている時に見た単なる夢なのに。
追い出されたうえに清めの塩まで撒かれ余計に上京の決意が固まった朝。
電車に乗って1時間。
家を出てから約2時間たっても、まだ10時。
警察官の兄と早朝まで居酒屋を営む父と一応3人暮らしらしいけれど
梢ちゃん1人が暮しているような気楽な空間の中で待ち受けていたのは
早くも遊びに来ていたクラスメート3人。
「優奈危なかったんだって!?」
「ゴメン!つい喋っちゃって!」
「で!どんなヤツラだったの?」
「本当に何にもされてないの?」
未遂で終ったアノ件の詳細を聞く為だけに集まったような3人と
梢ちゃんと私を合わせて計5人の女子高生。
「そんなヤツラにヤラレタラ自殺するね!」
「でもさ。ちょっと試してみたいよね」
「大人のおもちゃってヤツでしょ?」
「私、ローターならした事あるよ」
1本の矢は、簡単に折れてしまうが
2本になり
3本になれば。
例えは違う意味だろうけれど、女子高生5人も集まれば会話ではなく単なる騒音。
「梢。煩いぞ」
そう一言だけ残し扉を閉めた父親らしき男性に一旦は治まったけれど。
「今のってお父さん!?」
「ヤバッ!初めて見た!」
「写メ撮りたかった〜!」
誰も見た事のないレアキャラ登場に勝手な都市伝説まで作成し騒音から爆音へ。
「聞いてって!もう1つ出来ちゃった!あのね?」
「もうヤメテ!ギブ!死んじゃうって!」
「ちょっと梢ちゃん静かにしてよ!聞こえないって!」
「も〜う煩い!静かにしてよ!」
笑い転げる音まで加わり、騒いでる当人でさえ煩いとまで感じてた。
体力消耗と共にネタが切れたのは午後5時過ぎ。
夕暮れにもなっていない空の下、
お昼ご飯も食べずに喋り捲ったお腹を満たす為に向かった先はコンビニ。
「デザート何にする?」
「私はプリンにしよっと!」
晩御飯と言えば、家なら用意された物を食べ
友達の家に泊まりに行けば、そこのお母さんが作ってくれた事しかなかったけど
自分の食べたい物を選んで食べる事に自由と楽しさを感じた夜。
「最初からオチが見えるもん」
「そんな攻めなくてもイイジャン!」
「じゃ、次は優奈の番だよ」
「都市伝説でも良いし、怖い話でも良いよ?」
照明を消した部屋の中
私は今日見た夢の話をした。
明かりは、顔を下から逆光に照らす懐中電灯のみ。
【そのうち判りますよ!】
丑三つ時に響く私以外の4人の絶叫。
「何それ!本当に夢なの!?」
「超〜!怖過ぎるんですけど!!」
「ヤダ優奈!自分で話しておいて鳥肌立ってるジャン!」
「この話ヤバイって!電気どこで点けるの!?」
照明が付いても落ち着かない。
5人で居るからって
霊現象が起きないとは限らない。
「それって絶対に超意味があるんだよ!」
「あれで見ようよ!夢占い」
「良いんじゃない?無料のヤツ検索してさ」
「私、検索するの超〜得意だよ?」
高評価を貰えた嬉しさはなく
蘇る恐怖に身の毛がよだってた夢の話は
5つの携帯によって解読され
「自分の嫌な一面であり」
「何かから逃れたいと思ってませんか」
「こっちには、違う事書いてあるよ?」
「思い当たる方を繋げれば良いんじゃない?」
完成した夢のお告げは、今の自分に照らし合わせただけ。
知識を得たいのは、きっと上京かYUIちゃんの事。
キツネは、私の事をいつも邪魔する お母さんの事ぐらいにしか想像も付かなくて。
「和室は、静かな場所を求めてるって表れだって」
「当ってるんじゃない?優奈の家って超煩いもんね!」
「意味が判ると別に怖くない話だよね」
「もっと深い意味があるのかと思ったんだけどな」
キーワードに照らし合わせただけの解読に全部判っているような気になって
悪夢の本当のお告げを気が付く事無く
目の前に起こってる事だけが全てだとしか思ってなかった7月が終ろうとしていた。