chapter2 震え
「こんばんわ〜」
「あっれ〜?無視ですか」
「彼女達もしかして高校生?」
瞬時に3人の顔を確認して視線をそらした。
遠目でも引きを感じた黄色いTシャツの男。
黒い肌に、白い歯。
大きな目に濃い目の顔立ち。
顔に似合わない横向きにかぶった野球帽が余計にムカツクその男の他に2人。
唇が分厚い細い目のニキビ面と、無意味に色白な巨漢の男。
吐き気さえ感じる男達が続けて声を出した。
「あのさ・・・。彼女達もしかして怖がってる?」
「ナンパじゃないから安心してよ」
「ちょっと聞きたい事があって。
あっ!心配ならさ。」
そのまま走りながら聞いて。
その言葉に一瞬、気が緩んだ。
顔を上げると、3人とも笑ってる。
「ゴメンネ!怪しいヤツラじゃないから!」
「お前が、悪そうな顔してっからだよ!」
「そうだよ。怖がってるじゃねえか!」
ペシペシと叩くそのタイミングが
ボケと突っ込み。
お笑い芸人よりも、篤君が頭に浮かび。
「前の彼女は、まだ信用してないみたいだけど」
「後ろの彼女だけでも、笑ってくれれば掴みはOKだ」
篤君の面影を感じた事で
物騒な世の中
悪い方へと勘違いしてただけ。
そう心が緩んだ。
「聞きたい事ってなんですか?」
話しかけたのは私の方。
アキちゃんは、無言のまま。
背中で押されたような感覚がしたけれど、無知な私。
気にもしてなかった。
【君たちさ。処女?】
質問と同時に撮り出したビデオカメラ。
アキちゃんは、最初から気が付いてた。
スピードを落さず、無言で走り続けてた意味。
「今から、レイプするのにさ。
処女だったら一応優しくしてあげようかと思って。」
「ほら。こんなオモチャもあるし!」
私の足に振動した
助手席から突き出された黒い物体。
「キャッ!だって!もっと声出して〜!」
「その顔!もっと怯えさせてくれよ!」
「ほら。前の彼女も、そろそろ止まらないと轢いちゃうよ?」
止まらなければ轢かれる。
止まれば、連れ込まれる。
助手席から襲う手を払いのけながら
記録に残らないように必死に声を押し殺した。
無言で漕ぎ続けるアキちゃんが震えてる。
腰に回した手に振動が伝わって、私まで震える。
「よろけてるけど大丈夫?」
「足なんか震えて漕げないんじゃない?」
「ほら!腕なんてガクガクしてるよ」
アキちゃんの緊張も限界を超えてる。
自転車のスピードが落ちていく。
アキちゃんが泣いてる。
私が鼻をすすった音以外にも嗚咽が聞こえる。
助手席の男はビデオカメラを回したまま。
静かな音を立て後部座席の扉が開く。
黄色いTシャツの男の手が伸びてくるのが、
スローモーションのように見える。
一瞬の時間に
まずは、私が囚われる。
夢であって欲しいと目を閉じた時
体が後ろ向きに回転するような感覚が襲った。
「逃げろ!」
と言う声と、急発進する車の音。
次に目を開けたのは、赤い光の中。
濃い草の香りと生温い泥の感触。
起き上がると、そこには1台のパトカーが止まっていた。
「アキちゃん!?優奈!?」
「大丈夫か!?」
赤い光の中から2手に分かれて近づく黒い影。
口の中の嫌な味と、目に入って来た異物感に田んぼの中に落ちた事に気が付いた。
「君はアキちゃんか?優奈ちゃんか?」
問うて来たのは若い警官。
「優奈ちゃんだね?よし!もう大丈夫だ。大丈夫だから」
何度も背中を叩く、そのリズムに。
呼吸を合わせるのが精一杯で。
「こんなに震えて。怖かったでしょ」
誰かに支えてもらわないと震えが痙攣のように大きく跳ね上がってしまう。
「お兄ちゃん!優奈大丈夫なの!?私怖いよ!」
自分でも怖いほどの震え。
内臓まで飛び出しそうな痛みに絶えながら
お兄ちゃんと呼ばれた若い警官の体にしがみ付いた。
「取り合えず、うちの家に連れてってさ!」
「お前が提案するな。本当に、迷惑ばかり掛けやがって!」
「本当なら君たち全員補導だよ」
走るパトカーの中で、先に逃げた2人のうちの1人。
梢ちゃんのお兄ちゃんが警察官だったと初めて知った。
「別に追いてった訳じゃないよ?」
「お兄ちゃんに電話するのにさ!」
居場所が判り易い様に。
安全な場所から電話する為。
自分達の誠意を訴える声は
「静かにしてないと保護扱いで連行になるぞ」
「別に俺は構わんぞ?」
不審車両追跡の報告を待つ無線に終了した。
「梢。お前も忘れたのか?先月は自分が危なかったのを」
「またその話?すぐ電話したし大丈夫だったから良いじゃん!」
「良くない!他の事件とかで手配中だったりしたらどうするんだ!?
すぐになんか行けないんだって!」
「まあ、兄弟喧嘩は後にして」
助手席にいたもう1人の警官からのお説教。
一言一言が身にしみる。
言われたとおり、他人事にしか思ってなかった自分。
自分の中で判ってると思ってた事は
実際には、自分に都合良く解釈してただけ。
「遊びたい年頃なのは判るけどね。気を付けなさい」
その言葉に返事をしたのは3人だけ。
アキちゃんは死んでるかのように無言のままだった。
買ったばかりの服だったのに。
田んぼに落ちて着いた泥シミが消えない。
「勿体無いけど、無理じゃない?」
「そうだね。諦めるしかないね」
深夜の洗濯。
2度と着れない服の事よりも
「水没して飛んじゃったんだよ」
「ちょっと叩いたら動くんじゃない?」
電源が入らなくなった携帯のデータよりも
無言のままのアキちゃんが気になった。
梢ちゃんの家に来てからも一言も喋らない。
「ねえ。アキちゃん大丈夫?」
問いかける梢ちゃんをも無視し
ただ膝を抱えて一点を見つめるアキちゃん。
きっと私に怒りを持ってる。
放たれる暗い雰囲気にそう感じた。
こんな事になったのは、私が気を許して話したから。
そう怒ってる。
「何かあったの?ねえ。アキちゃん」
でも、あの状況で。
話さなくても、同じようになってたかもしれない。
その事もアキちゃんは判ってるから
私を攻める事をしないだけ。
「ちょっとほっといて。」
そう告げて背を向けたアキちゃんの背中越しに勝手に自分を攻めてた。
ツマラナイと侮ってばかりいた学校生活も、もう今までどおりには行かない。
まるで千春ちゃんの変わりのように仲良くなり始めたアキちゃんとの仲。
埋める事の出来ない亀裂を感じ、何もかも今日で終るような気がした。