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disappear  作者: 黒土 計
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chapter2 虫の知らせ

電話を切って、どれぐらい経ったのか。


涙が溢れ、体が震えるけれど。


何故か冷静でいられる。


きっと、現実として受け止められないからなのか。


「ちょっと優奈!電話終ったなら、早くお風呂に入りなさいよ!」


階段下から聞こえたお母さんの声に誘導され


一段一段降りると余計に現実味がなくなって行く。


「ちょっと!返事ぐらいしなさいよ。まったくもう!」


愚痴に反応する気力はないけれど


掛け湯をしてシャンプーをして湯船に入る。


人間とは、何も考えてなくたって


いつもの生活なら場所に応じて自然に体が動き行動する。


【心とは別に】


悲しんでるけれど悲しんでいない。


相葉さんが死んだと言うのに


何もなかったように動く


体を心が攻め立てる。


何故平気でいられるのか。


所詮、体は単なる器。


心と体は別物。


私の中で心と体が別々の物に感じた。



【嘘かもしれない】


心が疑いを持った時、別物だと思ってた体が悲しみだした。


湯船に浸かってる部分から相葉さんの思い出も感触も、毛穴から染み出て行く感覚。


体は相葉さんの記憶を外に追い出そうとしている。


相葉さんに擦られた頬。


撫でられた記憶が残ってるとばかりに頭も沈みたいと望んでる。


心も沈みたいと望んでる。


「もう!いつまで入ってるの!」


呼吸を止めるのは苦しい事じゃない。


一線を越え、心地良さまで感じてた。


「優奈!?ちょっと!お父さん!お父さん!!」


心と体が繋がった瞬間に感じた嫌悪感。


生きるって大変な事。


息を吸うという行為は苦しい事。


「寝ちゃったって、本当にバカじゃないの!?」


言い訳を考えるのも言葉を話すのも簡単な事なんかじゃなく、とても大変な事。



お母さんが来なかったら、私はそのまま死んでいたかもしれない。


「大丈夫なの!?本当にどうしちゃったのよ!」


部屋に戻って1人になるとまた襲ってくる憂鬱。


お母さんのおじいちゃんが死んだ時には全く感じなかった感情。


好きなひとがこの世から消えてしまったら辛くて悲しくて


【生きて行けない】


いつか見た問題作として反響の高かったテレビドラマ。


主人公の前で彼を亡くした彼女が死を選んだ時の気持ちは、こんな感じだったのだろうか。


【心の方が痛い】


(痛いと思う?手首を切った痛みなんて全然痛く無いよ)


あのシーンを思い出して引き出しからカッターナイフを取り出し


(きっと痛くない)


手首に沿って軽く刃を這わした時


(痛ッ!!)


何とも言えぬ激痛が走った。


軽すぎて血が滲む程度だけなのに痛い。


(もしかしたら死んじゃうかも!?YUIちゃんに2度と会えないの?そんなのヤダ〜!!)


大した事もないのに感じた痛みにテレビに影響されて


SEXした男の死に浸ってた自分に気が付いた夜。


「もしもし?風呂でも入ってたか?」


「YUIちゃ〜ん!」


「どうした!?どうかしたか!?」


自ら死を選ぶほどの悲しみなんて、ただのテレビドラマの中だけの話だと思った。


「手首切ったって!?バカ!何してるんだよ」


「血は出てないけど」


「はあ!?切ったんだろ?」


「軽く流しただけなんだけどね?」


「だけど・・・?」


「すっごく痛いの〜!」


「本当に大丈夫か!?救急車呼べって!」


傷も残らない程度の行為に心の方が痛いなんてナイ。


そう判ったような気になってた。



一緒に寄り添い


笑ったり泣いたり


時には喧嘩したり。


その度に、お互いを思いやり


許し合い優しさを持つ。


触れ合った時間が多いほど。


重なり合った月日が長いほど。


本当に心よりも痛くないとも知らず。



「何で手首切ったんだよ」


「ドラマでね?」


「そんな理由か!お前しっかりしろよ!」


「本当に、もう大丈夫!」


「本当か?遠いんだしよ。マジ心配させるなよ」


手首を切った本当の理由も


相葉さんと私の本当の関係を


隠す事も


話す事も


YUIちゃんが知る事は永遠になく。


私も、ただの「そんな事」程度の記憶に残るのみ。



「そんな話は置いておいてだな」


「何?」


「今度のツアーさ」


「うん」


「8月に、そっちも行くからよ」


「へ?」


「へって何だよ。もっと喜ぶかと」


「え〜!嘘〜!!!!」


「うるせえよ!もう少し静かに喜べよ!」


この時に死んでいたなら。


どんなに幸せな人生だったのか。


YUIちゃんに愛されて。


友達もきっと泣いてくれたはず。


お母さんもお父さんも


【本当にバカな子】


そう愚痴を溢しながら泣いてくれたはず。


(ご先祖様が、いつも見守ってくれてるんだよ?)


おばあちゃんが、いつも言ってた言葉。


私の体が沈んでしまいたがったのは


これから先の私を思ってご先祖様が導いてくれてたのかもしれない。


「じゃあ、俺打上げに戻るからさ」


「打ち上げ中だったの?」


「メールしても返信ねえから心配したんだぞ」


「ごめん」


「じゃあ、そういう事で」


「うん」


「今度は最後までエッチしような!」


「へっ?」


「今からゴム買っておけよ!じゃあな!」


悲しい事。


辛い事。


苦しい事。


喜びや期待が大きいほど


相手を思い愛するが故に見えてしまう物全て。


マンガやドラマを見て


自分が経験したかのように想像してた悲運は、ただの紛い物。


相葉さんの死を知った夜。


(こんな時間にセミ?)


不運にも生き残ってしまった


私に送られた使徒。


窓の近くに止まった


ジージーと激しく訴え続ける鳴き声は、何かの警報だったのかもしれない。

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