chapter2 相葉さんとの再会
進学か就職か
それぞれの希望に向かって。
「受験も無理って言われて!」
将来の事を考えて
自分の夢への目標から早くも道がそれ
涙したり、怒りを表したり。
そんなクラスメートをよそに
ただYUIちゃんの近くへ。
東京へ行く事だけを考えてた7月。
「どうして東京じゃなきゃダメなんだ」
私の進路も躓いていた。
東京へ行く事を決意した当時は
こんな遠く離れた田舎の学校にも
北は北海道から南は沖縄まで
何県からかは、1社・2社程度。
東京からも、仕事の内容とか気にもせず
求人がある事だけを知り安心しきっていたけれど。
「来てるのには目を通したか?」
東京という場所にある会社はどれも遠慮したい職種ばかり。
「近くだったら、もっと普通の職業もあるんだろうけどな」
目の前にある紙には3Kと言われる職業や
工場にパチンコ店。
「未経験というか得意ならともかく」
目ざとい物があっても、資格や技術を要する
何をするのか見当もつかない横文字の業種。
東京に上京をして
ファッション雑誌のような洋服。
ドラマの主人公みたいな素敵な部屋に住んで
誰もが羨む幸せなヒロインになる!
そう描いてた理想の生活とは、かけ離れた求人しか実際はなかった。
「どうしてもって言うなら、夢とか目標を見つける時間としてだな」
飛びぬけた才能がある訳でもない。
何の取り得もない私に専門学校へ進学する事を進めてくれたけれど
親がお金を出してくれる可能性は0。
その案は数秒で私の中から抹殺され
「もっと視野を広げて考えなさい」
今日の進路指導は終了した。
何も決らないまま
勝手に時間だけが過ぎて行く。
誰もいない廊下を一歩一歩進む度、1秒1秒を無駄に勿体無く感じる。
住む所を決めて早く部屋のインテリアとか色々考えたいのに、第一歩の就職が決らない。
決らないと東京に行く事をお母さん達が許してくれるはずはない。
早く決めてしまいたい。
今すぐにでも行きたいのに。
【何も決らない】
下駄箱から靴を取りだすのも億劫な脱力感。
片方だけ裏返しに落下し、このままじゃ履けないけれど手で直す気力もない。
足で直そうとしたけれど上手く行かず。
こんな事すら上手く行かない自分。
【私って不幸だ】
その思いに輪をかけるのは他のクラスの耳障りな母親の声。
「先生本当にお願いしますね!」
別に今日は親が来ないとイケナイ日ではないのに態々出向いてきて
夢と目標のない子供の為を考え専門学校に受験できるようにお願いしてる母親の
続いて出た言葉に自分の人生という物に嫌気が差した。
「東京が良いって言うので」
学費に家賃、光熱費とは別に、食費やお小遣い生活費として毎月10万円の仕送り。
「それ以外は自分で頑張ってね!」
無反応な我子の肩を握り必死に訴えかけてる母親。
私が、この人の子供だったら100万$の笑顔で、頑張りますと声をあげ
その険しい形相を、微笑みに変えてもやれるのに。
どうして神様は、この子をこの母親から。
私をお母さんに授けたのか。
人は間違いを犯すけれど神様も絶対に間違ってる。
入れ替わりという物が本当に出来るのなら、今すぐ体当たりしてやりたい。
そうすれば、全て上手く行き、私もこの母親も幸せになれるのに。
自分の幸せな境遇を判らずに、ただ鬱陶しそうな顔をして突っ立ってるこの生徒が憎い。
【死んでしまえ!】
そう呪いをかけて校舎を後にしたものの死んでしまいそうなのは私。
ギラつく日差しが肌に焦げ付き、息を吸う事すら苦しく感じる猛暑日。
野球部もサッカー部も今日の練習は危険だと判断され日陰でストレッチしていた。
「こんなに暑いのに、どうしてかな」
セミの鳴き声がしない事に気が付いた昼下がり。
この暑さに生態系も崩れてセミも絶滅の危機なのかもしれない。
数年後、突然国から手紙がやってきて
選ばれた者のみ地球から脱出し、別の星へ旅立ち
残された者は、地球最後の日と共に滅亡する。
きっと私は残される方。
最後の日は、何処で誰と何をして過そうか。
そんな妄想を真剣に考えてしまうほどの暑さ。
人の影も見えない駅まで約20分の距離を無事に辿り着ける自信がなくて
いっそ倒れてしまいたいと思った時、通過した1台の車が停車しその男は私の前に現れた。
「バスとかないの?こんな日に歩いてたら倒れるよ」
「え・・・?」
「憶えてないとか?」
「相葉さん!?」
「夏服姿も、中々良いね」
「どうしたんですか!?」
「いや?何となく」
「何となく?」
「何だろうね」
開いた車のドアに体を預け照れた笑いを浮かべるその顔に。
相葉さんらしい言い回し全てに私の体は瞬時に熱く反応しだした。
「六感って言うのかな」
「六感?」
「この道を通ったら、会える気がしてさ」
手の甲側で頬杖を付き口元に指を当てながら話す癖。
唇に親指が触れる。
次は小指。
上から見下ろされたその視線の横に移動する手に。
唇に。
触れたい衝動が見透かされてるような気がして返事すら出来ない。
「送って行くよ」
ただ一言。
断れば済むのに頭の中まで断りたくないと叫んでる。
車に乗ったら、断れないのではなく確実に自分から行為を求めてしまう。
もう準備は整ってる。
【今日ぐらい】
1回ぐらい神様は許してくれる。
私が言わなければ誰にもYUIちゃんにもバレナイ。
(もう我慢も限界!)
そう心に決めたけれど
「ちょっと待ってて」
突然の再会に他にもう1人 人が乗っていた事に気が付かなかった。
「あっ!初めまして!僕!」
助手席から出て来たのは1人の若い男。
「イイから、さっさと乗れ」
「誰ですか?」
「あ〜。こいつは」
「僕!田島颯太と言います!相葉先輩には」
「イイから、さっさと後ろに乗ってくれ!」
「あっれ〜?先輩なんかイライラしてません?」
「してるよ。判ってるなら」
「それって、もしかして僕が原因ですか?それとも」
「お前だ」
「ですよね・・・」
思いっきり眉間にシワを寄せタバコの端をかみ締め火を付けながら
目で後部座席に消えさせた初めて見る相葉さんの顔。
「新入社員なんだけどさ」
「田島さん?」
「本当に空気読めないっていうか」
「あの〜もしかして、今話してるのは僕の話題ですか?いや〜!」
「頼むから静かにしてくれ!!」
「先輩本気で怒ってます?怒るって、体に悪いって知ってますか?」
人のペースに惑わされないイメージだった相葉さんのリズムを思いっきり狂わす田島さん。
2人のやり取りが可笑しくて。
見た事のない相葉さんの顔に上手く行かない自分の事も
2度と会いたくないと思った最後の日も忘れて
久しぶりではなく約束されていたような再会の時を共にした。
「何か冷たい物でも食べに行こうか」
「あ〜!良いですね!僕、カキ氷って」
「お前は、車の中で待ってろ!」
「え〜!知ってますか?皆で食べた方が数倍美味しく感じるんですよ!?」
「熱中症の苦しみでも味わった方が、これから仕事で役に立つだろ!」
「それって愛の鞭ってヤツですか?」
「どうとでも取ってくれ」
「あ〜。僕そういうの好きじゃないんで」
「好きじゃなくても結構だ」
「そうそう。熱中症ってですね。知ってます?」
初対面の私にも会話を振り、敬語で話す田島さんの高い声に
私は笑い、相葉さんはしかめっ面。
車が停止した場所は、前に2人で行った事のあるファミレス。
「優奈は何がイイ?」
「相葉さんは?」
「俺はね・・・」
「僕はですね!」
「お前は水でも飲んでろ!」
「ええ〜!!酷いですよ!見せびらかして食べるつもりですか!?」
相葉さんの一言一言に大げさなほど過剰に反応する田島さん。
「え?本当にですか?」
「本当だよ」
「良いんですね?」
「良いって言ってるだろ!」
「後悔とかしませんか?ほら、あともう一口食べたいって程度で」
「もう良いい。俺が言う」
「あ〜!僕に言わせてください!!!」
店員に手を上げた相葉さんの変わりに田島さんが注文した
「そうです!ここに載ってるの全部です!」
デザートメニュー全てがテーブルの上に並んで行く。
パフェにケーキ。
カキ氷にアイスクリーム。
全部で13品。
「チョコチョコ食ってないで」
「ちょっと待ってくださいよ!かき氷って一気には無理ですよ!」
「頭痛くなってないだろ?」
「あ〜!知ってますか?ココがが痛くなるんじゃなくてですね?」
「そんな事は良いから残り1分だな」
涙まで浮かべてカキ氷を食べ続ける田島さんは
早く仕事を教わろうとしている訳でも機嫌を取ってるようにも見えない。
先輩のいじめと言うよりSとM。
田島さんは、相葉さんの事が大好きなんだと感じた。
「え?って事は、お2人は付き合ってたんですか!?」
「えって何だ?」
「だって、女子高生ですよ!?」
「女子高生だってSEXするだろ」
「キャー!!お2人はSEXしたんですか!?」
「バカ!声がでかい!!」
真っ赤になった顔を両手で覆い1人自分の世界に飛んで行く田島さん。
「実は僕すごくHでですね」
「自分で言うな」
「家に帰ってDVD見ながらですね」
「人前で言うな」
「DVDってHなヤツなんですけどね?」
私が、女子高生だと知っても相葉さんとの関係を知っても
自分の自慰行為も猥談さえ最後まで敬語で話し続けた田島さん。
「俺さ。携帯変わったから後で渡すよ」
「後で?」
「さっき変えた帰りでさ。操作方法が判らないんだよね」
「あ〜!じゃあ僕の番号を教えますよ!」
「何で!?」
「ほら!取引先でも僕なら席外せますし」
いくつも上げられる田島さん視点の相葉さんにとっての利点。
「必要ない」
「そうですか〜!?先輩に何かあった時とか!そうですよ!」
「願ってるんじゃねえの?」
「違いますよ!ほら・・・」
「気にしなくても優奈も知ってるよ」
「マジですか!?じゃあですね」
田島さんの会話の中で相葉さんが正式に結婚したのを知って嬉しく思ってない
歓迎してない自分がいた。
番号を変えた理由は奥さんに気を使っての事。
一緒には住んでいないけれど
【正式に人の物】
気にもならないと思ってたのに俯いてしまった理由は
最後に会った日よりも相葉さんが、カッコ良く見えたからかもしれない。
私と別れて、ルックスも雰囲気も何もかも落ちてくれてたら・・・。
こんなに落ち込む事もなく済んだのに。
「じゃあ、優奈さんの番号を送って下さい」
今思えば全ては決っていた事。
「ムフフって何だよ!」
「いや〜女子高生の番号が僕の携帯の中にあるんですよ?」
「貸せ。消してやるから」
「そうしたら、先輩の携帯に送れないですよ?」
「優奈も番号変えた?」
「変えたけど、車に戻れば大丈夫だよね?」
「じゃあ、消しても問題はナイな」
「ヤッ!本当に僕の中の記念にお願いしますよ!!」
田島さんも何処かで何かを感じ
相葉さんも判っていたのかもしれない。
追う事もなく
消す事もなく。
店を出て乗り込んだ相葉さんの車。
「じゃあ、ここで」
「家まで送ってた方が高感度上がりますよ?」
「親が煩いからココの方が」
「そうなんですか!?さすが先輩!!」
「ちょっと黙っててくれ」
車に乗ってから初めて田島さんの会話が止まった隣の駅。
私の頬をさする手に重なり合えない距離を切なく感じた。
「元気でな」
「変なの」
「何が?」
「もう会えないみたいだよ?」
「変だよな」
ハニカンダ相葉さんの笑顔は強い日差しに日焼けしてたせいか
少し前よりも大人の色気を感じ堪らなく心を焦がし自分からサヨナラが言えない。
このまま時が止まって欲しかった。
「先輩?遅れますよ?」
「判った」
サヨナラも言わず
言われずに降り閉めたドア。
【また会える】
別れを惜しむ事もなく右・左
車がどっちに向かったかも見送らずに向かった改札。
焼けるような夕焼けをバックに
相葉さんの実家の看板がタダの黒い板にしか見えなかったあの日。
偶然だと思ってた再会も
田島さんに番号を教えたのも
何もかも運命と言うモノに決っていたとも知らず帰宅した午後5時過ぎ。
いつものように6時30分の夕食。
「何て言ったの!?」
「お替り!」
「もう4杯目だよ?」
「もう止めなさい!食べ過ぎ!」
「良いの!美味しいんだから!」
「どっか悪いんじゃないの!?」
「こっちの食欲がなくなるよ」
言いたい放題言われても聞き流せた私の中では再会を祝した晩餐は喜びが全て食欲に変わり
お母さんの手抜き料理の定番「惣菜コーナー」のいつものコロッケが美味にさえ感じた。
【また会える】
相葉さんに会う時はお母さんに何て嘘をつこうか。
「何か良い事あったのか?」
「え!?何で!?」
「いや?何か楽しげだと思ってよ」
YUIちゃんには何て言おうか考えてたら眠れなかった夜。
「別に良いよ」
偽装工作に名を借りる為、返信が待ちきれなくて愛子ちんに直接電話で交渉をした翌日。
かかって来ない電話が気になって携帯をポケットに忍ばせたバイトをした週末。
田島さんの番号を送ってもらえば良かったと後悔した月曜日の夜。
「もしもし?田島ですけど。優奈さんですか?」
偶然だと思ってた再会が全て決められた運命のシナリオだという事に気がついた。




