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disappear  作者: 黒土 計
54/71

chapter2 千春

千春ちゃんから電話がくる約束の時間。


登録の無い市外局番から携帯が鳴った。


「もしも〜し優奈?」


「え?千春ちゃん?」


「ピンポーン!びっくりした?ゴメンゴメン!」


「誰かと思ってドキドキしたよ」


「すっごい小声で出たもんね!」


電話の主は千春ちゃん。


安心したのも束の間、着信した番号が家の電話なのか尋ねた途端


急に千春ちゃんの声のトーンが下がった。


「非通知じゃなかった?」


「うん違ったよ?携帯どうしたの?」


イケナイ事を聞いたような数秒の間。


携帯から感じる重い空気に別の言葉を捜した時、千春ちゃんから先に言葉が出た。


「携帯?昨日解約したの」


「え?どうして?」


「最近変なメールとか電話が多くて」


「そうなの?」


「そうなの!ずっと最近続いてて気持ち悪いから、思い切って解約しちゃった」


4日前にも話したのに、初めて聞いた話。


友達なのに何も知らなかった淋しさ半分。


何か感じる疑いにも似た変な感覚が半分。


この番号が実家の番号なのか。


どこの番号なのか正式な答えを拒むように話を切り替えられた。


「私、ギターの人と友達なんだけど、友達連れて行くって言っちゃったんだよね」


今日の電話の用件は、再来週に行われる大阪の人気バンドのライブの誘い。


千春ちゃんとは、クリムゾンで出会ってから電話だけの付き合いで


久しぶりに会える機会だけど、その日は水曜日。


次の日も学校だし、お母さんが許してくれるとは到底思えない。


「聞いてみなきゃ判らないじゃない。打上げは行かなくても良いから」


「絶対に無理。本当に、すごく煩くってね?昨日だって」


行けない理由は全てお母さん。


次から次へと溢れ出す愚痴は、ふと聞こえた声に頭が真っ白になった。




「え?何にも言ってないよ?」


「本当?何かね今」


「空耳じゃない?」


「あのね・・・今」


「もしかして、優奈の部屋に幽霊でもいるんじゃないの?」


「ちょっとヤメテよ!そういうの苦手なんだから!」


確かに聞こえた言葉。


【使えねえヤツ】


千春ちゃんが言うとは到底思えない。


これはきっとテレビの音。


1階の居間から聞こえてくるお母さん達の声を聞き間違えただけ。


千春ちゃんの声にしては低すぎる。


でも確かに聞こえた言葉。


気になって、気になり過ぎて。


いつものように会話が盛り上がる事無く自分から切った電話。


数分経っても耳に残る声。


本当に幽霊だったらどうしようかと本気で悩んだけれど


きっとこの不思議な幻聴は私の心の中で


千春ちゃんに嫌われてしまうんじゃないかと言う心配事が生んだ幻聴。


(このままじゃ友達でいてくれないかも!)


考えたら余計に不安が募るばかり。


ライブだけ見て終電で帰ってくれば、お母さんもどうにか許してくれるかもしれない。


来週1週間は、お風呂の掃除を私がする約束をすれば許してくれるかもしれない。


それでもダメなら、今月のバイト代で何かプレゼントする事を約束する。


そう意を決して勢いで乗り込んだ居間。


丁寧に筋道を立てて話せば判ってもらえると思ってたのに、


お母さんはお父さんたちと3人で熱中してるドラマの真っ最中。


「判った。後で聞くから」


「今じゃなきゃ困るんだって!」


「ちょっと静かにしなさいって!聞こえないじゃない!」


「じゃあ水曜日行くって、もうお母さんに言ったからね。」


「次の日学校でしょ!?門限だって判ってるでしょ!?絶対にダメだからね!」


「姉ちゃん!明日にしろって!マジで聞こえじゃねえだろ!」


「あ〜!お父さんもイライラしてきた!優奈がいると本当に騒がしい!」


家族3人の団欒をぶち壊して戻った部屋。


そんなに面白いドラマなのか。


お母さんも後を追って来る事もなく。


無理やり取り付けたと言うよりは、強制に予告しただけで行く気になってた再来週の予定。


別に出演するバンドには興味は無い。


私の思いは、ライブに行く事で千春ちゃんと友達でいられる。


ただそれだけ。


きっと一緒に行ける事を喜んでくれるはず。


早く伝えたくて、一刻でも早く喜んでくれる声が聞きたくて。


千春ちゃんがかけてきた番号をリダイヤルした。


はいと一言だけ受話器を取った声は千春ちゃん。


「もしもし?千春ちゃん?」


「誰?」


「優奈だけど」


「優奈ちゃん?」


「再来週行けるから」


「再来週って?」


「さっき言ってたライブ行くから」


「本当に!?千春すごい嬉しいよ〜!」


私の予想通り、千春ちゃんは喜んでくれた。


さっきの電話の時に感じた空気と違って、いつもの千春ちゃん。


「もっと喋りたいけど今、友達と電話中なの。だからまた明日私からかけるね」


そう約束して携帯を切った後、


この番号を千春ちゃんの実家として上書き登録した。




市外局番は家があると言ってた市。


親戚がいるから、あえて聞かなくてもそんな事ぐらい判る。


「もしもし〜?千春だよ」


次にかかって来た時も実家と登録した番号。


その次にかかって来た時も同じ番号での着信。


いつも千春ちゃんからの電話待ちで、私からかける事はなかったけど


親友として。


携帯以外の番号を知った事で、千春との仲がさらに深くなれた気がした。


「私、金曜から東京に行く事にしたの」


「え!?もしかしてクリムゾン!?」


「もしかしてですよ!って事はですよ?」


「って事は?」


「もう!判ってるくせに!」


浅見君が気に入ってるのは別の女の子。


YUIちゃんも千春って女は知らないと言ってたけれど


その事を心苦しく思うよりも、私の頭を独占した事。


浅見君の解散ライブという事は、YUIちゃんがきっと来る。


「写真撮って来てあげようか?」


「本当に!?見たい!見たい!」


「じゃあ、優奈にお土産って言って撮ってくるね」


「ありがとう」


そう言葉では言いながらも写真じゃ遅い。


写メで、リアルタイムに見れる時代。


遠まわしながら携帯の購入を促した。


「そっちに帰ってからかな。別にお友達も今はいないし」


「いっぱいいるじゃん」


でも、千春ちゃんの意は変わらず購入は東京から帰ってきてから。


「顔見知りはね。じゃあ写真撮ってくるからね!」


「うん。待ってる。」


「待っててね!私は優奈だけで幸せだから」


「幸せ?」


「そう!優奈!」


電話が切れる前に千春ちゃんが最後に残した言葉


【大好きだよ!】


同じ女の子同士なのに、胸がキュンと変な感覚を憶えながらその言葉に


これからも私達は繋がって行く。


再来週は一緒にライブに行く約束もしたし


帰ってきたらすぐに電話が来ると思ってた。




でも、クリムゾンバインの最後のライブから1週間経っても来ない電話。


何か千春ちゃんの身に遭ったのかもと心配しつつ待ち続けるのも限界。


早くYUIちゃんの事が聞きたい気持ちを抑えきれず


意を決して実家の番号を発信した。


3コール目で電話に出たのは母親らしき女性。


まずは礼儀をと自分の名前を言い、苗字を伺い千春ちゃんの名を口にした。


「川嶋何さん?」


「優奈です」


「川嶋優奈さんね。ちょっと待ってて」


その女性は保留にする事もなく、受話器を手で押さえただけらしく


近くにいるのか千春ちゃんらしき声も聞こえた。


この声は、絶対に千春ちゃん。


そう思ってたけど、電話に出たのはまた最初の女性。


「まだ仕事から帰ってきてないんですけど」


予想外な答えに、千春ちゃんと話せると言う期待感は一気に落胆。


電話があったと伝えてもらえるようにお願いをし通話を切断した。


家族構成について聞いた事もなかったけど


妹や姉がいたって別に不思議でも何でもない。


きっと私から電話があった事を聞いて、明日こそは電話が来る。


約束したライブの日まで後わずか。


今日こそはと待ち続け、かけ直した時の答えは


「まだ帰って来てないんですよ」


昨日は2度かけて、1度目は


「お風呂に入ってますので」


2度目は時間を考えてかけたのに


「今日は、もう寝てますので」


いつかけても、ニアミスだらけで繋がらず。


しつこいかな?と自分でも思いつつかけた今日の電話で


お母さんらしき女性から


「本人からかけると言ってますのでね?」


と、遠まわしに迷惑だと空気で感じ


自分から連絡を取る事が出来なくなった。


約束したライブ当日。


結局千春ちゃんから連絡は来ず、行けば会えるかなと考えたけど行く事はしなかった。


その日から早くも4日目。


待てども、待てども千春ちゃんからの連絡はなく。


YUIちゃんに情報を求めたけれど判るはずも無く。


ただ時間だけが過ぎ去って行った。


「未だに、その千春って女が判らねえんだけど」


「でも、浅見君ライブの時に話してたよ?」


「眼中にねえんだよ」


「携帯番号も知ってるみたいだよ?」


「あいつ等はバラ撒いてるからな」


「そうなの?」


「特に地方はね」


「でも、かかってきたら」


「適当に会話合わせてれば良いだけだし」


「相手が誰か」


「判ってない時も、そりゃあるさ」


「でも、すっごく可愛いんだよ?」


「まあ、女の言う可愛いと男の思う可愛いって違うからな。でも、お前本人に言うなよ」


「言わないよ。って言うか私なら聞きたくないよ」


「何かお前さ。どうしたの?知らぬ間に大人になっちゃって」




あの日のライブで浅見君が少なからず気に入ってたのは、別の名前の女。


「その女は来てたな」


「最後の日?」


「どこの女だったかな。結構可愛い子でさ」


「YUIちゃんもタイプ?」


「お前より、俺のタイプって言うか・・・・先に言っておく。冗談だ。泣くなよ?」


「もう知らない!」


「冗談だって!マジで!一々反応し過ぎだってばよ!」


YUIちゃんに言われなくたって千春ちゃんには言えない。


夏美と言う親友を失くして、私の中で学習した事。


友達が傷つくような事は事実でも言わない。


いつも笑顔で待っててあげるのが親友。


そう愛子の真似をして千春ちゃんからの電話を待ってた5月末。


何も起こらなければ、千春ちゃんの事をもっと気にしたかもしれない。


でも、私の運命の中で彼女の存在はただの通過点。


何かに生き急かされるように、千春ちゃんという存在は私の日常から消えていった。

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