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disappear  作者: 黒土 計
50/71

chapter2 夏美の家

ダンボールとガムテープで補修された窓ガラス。


足が折れたままの椅子。


ゴミ袋に纏められたままの蛍光灯と食器の破片。


パジャマを重ね着してボサボサの頭と


化粧もしてないその顔に晴れ上がった大きな青あざ。


いつも小奇麗にしてたおばさんの思いがけない姿に絶句した。


「どうぞお気を使わずに」


おばさんが今まで学校どころか玄関にも出て来なかったのか。


津山先生は最初から気が付いていたのかもしれない。



「ご面倒をお掛けしました」


夏美が今何処にいるのか私が何も知らない事を知り暗い顔で立ち上がって


開けたカーテンの先に山積みされた衣類が庭先に焼け焦げたまま放置されていた。


「夏美ちゃん怒っちゃってね」


2月中旬から1度も帰って来なかった夏美が


久しぶりに家に帰ってきた。


何処にいるのか


何をしてるのか


何度携帯に電話をしても出なかった娘の帰宅。


やっと無事を確認できて安堵したのもつかの間お金が欲しいと要求してきた。


「10万円なんて大金を」


何に使うのか


何故必要なのか


理由も言えないのなら渡せない。


「そうしたらアノ子」


原付の免許を取る為とか見え透いた嘘をつき出した。


「私も親ですから」


お金が欲しい本当の理由ぐらい判ってる。


何処かのバンドを追いかける為の費用。


母子家庭で月15万円の収入。


そんな事の為に10万円という大金を易々と出せるほど裕福ではない。


「明日は学校に行くからって」


今日から良い子になる


留年しても卒業する


「お母さんって呼んでくれて」


クソババとババア


何年も呼ばれた事のない


【お母さん】


という響きに今まで押さえていた


母親としての親心が一気に言葉になって出た。


「イケナイ事はイケナイ」


できない事はできない


17歳の娘に真っ当な人生を送って欲しい。


「アノ子の為って間違いでしょうか」


今からでも遅くはない。


わたし夏美アナタを支える。


何があっても守ってみせる。


一人先走った決意を口にするおばさんに


【何様のつもり!】


下手に出ていた夏美の撲る蹴るの暴行が始った。


蹲り身動きが取れなくなった姿を見下すだけでは収まりが付かない夏美の怒り。


窓を開けおばさんのタンスの中身を全部出し始め庭に捨て。


そしてライターで火を付けた。


さらに威勢を付けた怒りはダイニングの椅子で部屋中を叩き壊しまわた事で沈下し


財布から札だけ全部抜き取り出て行った。


「ゴメンネって言うしか出来なくて」


おばさんに暴行を加えながら夏美が吐いたのは


【自分の顔】


幼い頃からいじめられ続けた目の下の黒い隈。


こんな顔に産んだ母親への恨みつらみ。


「何度一緒に死のうと思ったか」


毎日泣いて帰ってきた娘。


全ての原因は目の下の隈。


小さな頃の写真も全て夏美が自分の顔だけを黒く塗りつぶしてた。


「無事に帰ってくる事だけを願って」


13歳 中学時代から、いじめが原因で家出を繰り返した夏美。


でも、必ず


【ごめんなさい】


何日後かには帰って来るけれど、その度に買ってあげた覚えのない洋服や装飾品。


「聞けば怒って」


繰り返すたびに酷くなっていく


【家庭内暴力】


いつのまにか


何も言えず聞けないようになっていた。


「援助交際してたと思います」


親友だから何でも言う。


そう言っていたけれど本人の口から私には一言も聞かなかった事実。


娘が売春行為をしている事を母親は判ってた。


夏美が持っている携帯電話も


おばさんが知らない何処かの誰かが渡している物。


「聞いたらまた」


怒って出て行く。


2度と帰って来てくれないかもしれない。


ただ見守る事しか出来ない。


そんな葛藤と戦う日々にある日希望の光が射した。



「おっかけって言うんですか」


プロではないバンドのライブ。


きっと浅見君の事かもしれない。


「写真をね見せてくれたり」


バンドの曲を聞かせたり、話されても意味が判らないけれど


「そういう人にメイクをする仕事に」


好きな世界で手に職を付けたい。


将来への希望を一生懸命に話してくれる娘の素のままの笑顔に


「本当に嬉しくて」


学校に行かなくてもイイ。


地方へ行きたいなら


お友達を泊めたいなら


娘が喜んでくれる事なら


出来る限りの協力は惜しまない。


普通の親子の関係とはかけ離れているかもしれないけれど


これが私達親子の信頼関係。


今までの苦難が報われた記念に


【新たな人生のスタート】


母親が保証人で新規で契約した携帯電話。


そんなやり取りがあった事すら知らなかった


クラスの中で唯一私が知ってる番号。


その携帯電話を置いて夏美が出て行った。


「もう帰って来ない気がして」


タンスの中も宝物と言ってたアクセサリーも全て


何も持たずに出て行った夏美の部屋は最後に来た時のまま時が止まってた。


「誰か判りませんが」


車が待機していたらしく、最後に大きな割れる音と共に夏美を乗せて去って行った。


ただ事ではない悲鳴と車のガラスを割って立ち去る車。


近所の通報を受けて駆けつけた警察官に


「本当の事は言えませんでした」


おばさんが自分でやった事。


家の中も庭で焼けた衣類も


【全て私がした事】


目撃者がいるにも拘らず必死に娘を庇う為に


気が狂ったかのように演技し続けたおばさん。


「先生にはどう見えますか?」


今、私達の目の前にいる おばさんが気が狂ってるように見えるか。


演技してるように見えるか。


「もう判らないんです」


泣きたいのに


泣けない。


叫びたいのに


声も出ない。


何が何だか自分でも判らなくなっていた。


「涙も出て来ないんです」


最愛の娘が出て行ったのに暴力から解放されて安堵している自分。


「一その事心中すればって」


あの時


あの一瞬


次は一緒に死んでしまおう。


「そうしようかと思って」


もし今帰ってきたら絶対にチャンスは逃さない。


一酸化炭素中毒なんて待ってられない。


「一突きで刺し殺してしまいそうで」


出て行ってくれて良かった。


娘を手にかけないで済む。


「コレで良かったんですよね」


満たされた笑顔で微笑むおばさんに恐怖を感じた。


これ以上


ココにいたら


「生まれて来なきゃ良かったのにね」


私が変わりに殺されるかもしれない。


「ね。優奈ちゃん」


優しい笑顔で微笑まれて余計に怖い。


【誰でもいい】


憂さ晴らし的な殺意を視線の奥に感じ


息をするのさえ恐怖で止まってしまいそうになった時


「川嶋さん。アレお願い」


打ち合わせ通りの先生の合図に従って走るように夏美の家を出て車に戻った。


ジャスト15分。


そんな短い時間とは思えないほど長く感じた。


車にはロックをかけたから何が遭ってもおばさんは入って来れない。


判ってる。


判っているけれど、まだ手足が震えてる。


【先生 早く!】


もしかしたら


部屋の中で先生が襲われているかもしれない。


「それでは私達はこれで」


色々な想像が駆け巡る中、玄関から先生が出て来た。


一歩一歩車に近づく先生の背後から、おばさんが歩いてくる。


【もしかしたら】


包丁を隠してるかもしれない。


鍵を開けたと単に襲い掛かってきて、その時私はどうなってしまうのだろう。


どの家に助けを求めれば助かるのか本気で考えてた。


「川嶋さんにも来ないと思いますよ」


携帯電話を置いていった以上、こちらから連絡を取る事は出来ない。


好きな異性ならともかく、どんなに仲の良い友達でさえ


電話帳登録でかけている限り携帯番号を暗記しているとは考えにくい。


「元気でね」


でも、言えなかった。


智子と麻紀も私の携帯番号を知っている。


【もしかしたら】


夏美から電話がかかって来る可能性がない訳じゃないけれど怖くて言えなかった。


「ありがとうございました」


津山先生の車に乗って去る私達に


深々と永久にお辞儀をしてた光景が未だに頭から離れない。


【もう生徒じゃない】


私を車に帰して先生はコレからどうすれば良いのか


家出人として何個か方法を伝えたらしいけれど


「それは辞めておきます」


おばさんは受け入れなかった。


警察に捜索願を出せば、娘の履歴に傷が付くかもしれない。


いつか戻ってくる日まで


きっと帰って来る時まで。


「アノ子を待ちます」


あんなに酷い怪我をさせられたのに、家中を破壊していったのに。


最後まで、おばさんは夏美の幸せだけを考えてた。



車が走り出して数分。


100%追ってくる事はない。


安心したと同時に涙が溢れて止まらない私に津山先生が口を開いた。


「今後の事を話しておくわ」


今日見た事は誰にも言わない。


自分から電話をしない。


直接会わない。


夏美を探そうとしない。


「コレだけは絶対に守ってね」


先生の忠告は手馴れた感じに聞こえた。


「珍しい事でもないし」


「ない?」


「生活指導だからね」


私が知らない所で毎月のペースの年もあれば


「6年前の夏休みなんて毎日よ」


生徒の万引き恐喝や事故や犯罪に巻き込まれるケース。


「彼女だけじゃない」


夏美だけが特別な事をしている訳ではない。


「似たような事が多いからね」


若さゆえの行動でも、子供だからでもない。


【大人だって】


魔がさす事もある。


「先生だって」


一瞬の沈黙のその後に何を言おうとしたのか


車が右折した所で遠くに見えた人影に先生の話は続かなかった。



午後6時過ぎ。


「また何かしたんですか!?」


影の正体は予想通り仁王立ちしたお母さん。


進路の相談を兼ねて


先日の痴漢被害


今日の大雨の為。


「実家の通り道なんですよ」


たくさんの理由を付けて門限が過ぎた事に怒り心頭のお母さんへ


津山先生が話してくれたけれど


「電話ぐらいしなさいよ」


おばさんの泣き顔が頭から離れないのと


いつもより多いお母さんの小言に、さらに食欲も失せ


お風呂に入って部屋に篭ったのは午後10時前。


【今日の事を】


クラスメートに言うつもりはない。


夏美本人に会ってもお母さんが何処かで聞きつけても、この事は心に留めて置ける。


先生は誰にも言うなと言ってたけれど


「マジで!?そう言えば最近見ないな」


ただYUIちゃんだけは私の中で特別な存在。


今日見た事だけじゃなく私の事は


【全部知って欲しい】


一人で胸にしまって置くには重荷過ぎる今日の事で電話をかけた。


「ドラマみたいだな」


全て現実な筈なのに。


でも


【何故だろう】


話す前は、あんなにドキドキしてたけれど話してしまったら現実の事じゃないみたい。


今日ほんの数時間前。


目撃した事全てが何日も前の事。


いや もっと前。


実際に見た事じゃなくテレビのドラマかニュースで見たような気分。


「もうすぐ春休みだっけ?」


「ないよ」


「ないって何で?」


「赤点だらけだったの!」


「補習って毎日じゃねえだろ」


「だって数学でしょ?英語に社会に」


「それって全教科じゃねえの?」


他愛のない事ばかりだけど電話を切った後も寝ても覚めても


「川嶋!聞いてるのか」


YUIちゃんと過した会話が授業中まで私の頭の中を独占し、


夏美の事も


おばさんの涙も


【あれから数日】


本当の事か否かさえも忘れ、いつの間にか記憶の断片にも思い出さなくなってた。


何所かで見知らぬ誰かがじゃなく


何所にいて。


どんな理由で泣いてるのか。


【知ってるのに】


その人は傷付き


自ら命を絶とうか悩んでいる同じ時


「運命の赤い糸って?」


「本当にあるんだよ!」


「何か古くない?」


私は新しい友達と女の子に生まれて人生の中で1番幸せな3月を送ってた。

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