chapter2 悲しみを薄める方法
夕方5時。
ゴスロリ系と何系って言うのだろう。
沢山の黒服の女の子の中に場違いな2人組。
「こっちだよ〜!」
キレイ系の愛子と並んで、すらりと伸びた長い足に黒いタイツをは履き
丸っぽい襟のハーフコートを着て大きく手を振るりえちゃんの可愛さは一際目立っていた。
「優奈すごい変わったね!バッグも超可愛いしさ」
相葉さんが買ってくれた服を愛子が誉めてくれた事よりも
「優奈ちゃん可愛い!私、お友達になりたいんだけど」
りえちゃんの一言が何よりも嬉しい。
アイドルのように可愛い女の子に可愛いと言われて。
自分までアイドル並になった気までしてきた。
今日の会場は市民会館の中でも中ホールと言われる所。
外ではCDやポスター。
グッズと言われる物を購入するのに長い列が出来ている。
人生4人目のSEXをした相手RYOさんのように美しく化粧をしたメンバー。
【ヴィジュアル系】
と属に呼ばれるバンド。
愛子と約束をした日のメールにも未だに返信が来ないYUIちゃんに
バンド名が判ったらすぐにメールでって思ってたけど。
【何て読むのか判らない】
正直にそのままメッセージとバンドのポスター写メをして送信した。
「あの曲やるかな〜」
「絶対にやるって!」
りえちゃんと愛子が歌いながら踊りだす。
興味はないけれど、どんなバンドなのか。
盛り上がる2人を見て会場の雰囲気にワクワクしてた時
5人グループの女の子達と目が合った。
あそこにいる子も明らかにコッチを見てヒソヒソ話してる。
女の子達の冷たい視線の理由は
【服装のせい】
場違いで逆に目立ってるからだろうと、そこまで気にしなかった。
ライブは最高に楽しかった。
プロになれるバンドってやっぱりすごい!
席が悪くて後ろから2列目だったのに、そんな距離を全く感じさせないほど近くに感じて
1曲も知らないのに体が自然と揺れ動き、ボーカルの人の掛け合いに自然に私も叫んでた。
りえちゃんと愛子と3人で、1曲目からアンコールまで立ちっぱなしで踊り
やっぱりライブって本当に楽しい。心からそう思った。
「私持ってるよ?」
貸してくれると愛子に言われたけれど、思い切ってCDを購入した。
17年の人生の中で初めて買ったCDは、メンバーの名前どころかバンド名すら判らないまま
ライブを見て曲が好きになったバンドのデビューアルバム。
1万円の予算の所を何かを感じたのはきっとコレ!
1万5千円用意してきて本当に良かったとCDを胸に抱きながら会場を出ると
裏口らしき門前にたくさんの人が集まっているのが見えた。
「あそこからメンバー出て来るんだよ」
「直接見えないのに頑張るよね」
メンバーは裏口から車に乗ってしまうから、待っていても車を見送る事しか出来ないらしい。
出てくる場所を知っていても待たない。
逆にその事が私の心を安心させた。
本当は少し不安だった。
もしかしたらって思ってた。
「優奈って何歌う予定なの?」
電車に乗って愛子が言うカラオケ屋のある駅へ移動する。
もう心配な事は何もない。
ライブに行く事が決った日から、服装よりも何よりも下着を悩んでた。
私はYUIちゃんの女!そう思いながらも、もしカッコ良かったら。
(誘われたら断れないかも!)
妄想が先走り、万が一の事を考えて悩みに悩んだ結果
(これなら断るしかなくなる!)
押しに弱くて自分の心が流されたりしないように選んだ人に見せられない古い下着。
選曲に盛り上がる2人に知られる事は絶対にないけれど
そんな妄想で悩んでいた自分が恥ずかしくなった時、りえちゃんの携帯が鳴り出した。
「2日間で5万欲しいの」
誰からの電話なのか
「お願い!フェラ付なら?」
聞き捨てならない言葉を愛子は気付いていないのか
「ゴム無しだったら頑張ってくれる?」
会話さえ聞いてなかったら
「ありがとう!中で出してもイイよ」
りえちゃんの笑顔はアイドルのようなのに。
「誰から?」
「村井君」
唖然とする私に気が付いて、りえちゃんがあっけらかんと教えてくれた。
「おっかけしてるとバイトとか出来ないから」
りえちゃんは中学時代の同級生と1回SEXをする度に1万円。
「オヤジとかはイヤだからさ」
そういう関係の同級生が5人。
地元に帰る度に約20万円を稼いで地方へ旅立つ。
「恋愛感情はないけど感謝はしてるよ?」
相手の男の子達は、それでも良いのだろうか。
こんなに可愛い女の子とSEXできるのだから納得してるのだろうか。
「4日間で20万イケルかも!」
ハルさんを追いかけて行く為の交通費。
ホテルはハルさんの部屋に潜り込む事が決まっているけれど
「ハル誕生日なんだよね」
体を売って稼いだお金でプレゼントを買う。
バイトもしないで、17歳の女の子がそんなお金を持ってるなんて
ハルさんは気付いていないのだろうか。
「優奈ちゃんの知り合いでいたら紹介してよ」
「何を?」
「お金くれる人。ちゃんとSEXするから安心して」
5人のうちの1人は中学時代7組にいた原田を愛子が紹介してた。
あまりの告白に車窓に映った私の顔が呆然としてる。
雰囲気が悪くならないように他の事を考えようと思った時、さっき買ったCDが目に入った。
ビニールを破ってジャケットを取り出すと
よく顔まで見えなかったメンバーの写真が載っている。
「優奈ちゃんは誰がカッコ良かった?」
誰と言われても、右にいた人の動きがカッコイイ。
それぐらいしか判らない。
「メンバーには興味ない?」
りえちゃんの言葉に何か意味を感じたけれど
「次の駅で降りるよ」
自分の想像を口にする事は出来なかった。
週末の午後10時前の繁華街は、明らかに高校生っぽい子達も沢山歩いている。
「カラオケは後!」
愛子達に連れて行かれたのはビジネスホテル。
ロビーにはライブ会場にいた感じの服装をした女の子たちが数人いる。
【もしかして】
少しだけ不安に感じた事が現実になる。
そう感じて鼓動が早くなる。
「何で知ってるのって何が?」
「メンバーが泊まるホテルって」
「イベント会社が使う所って大体決ってるからだよ」
「来てどうするの!?」
「メンバーに会いたくないの?」
「別に会いたくない」
「生で見れるんだよ?」
「別に・・・」
「じゃあ、ちょっと待っててよ」
「もう着たよ!」
関係者と呼ばれる男の人たちに囲まれながら歩くメンバー達は
何かすごいオーラが出ていて
周りにいる女の子たちも話しかけるどころか近寄る事だけで精一杯に見える。
【タダならぬ緊張感】
もうすぐ私達の前を通過してフロントへ向かうと思われた、その時
「お疲れ様です」
りえちゃんが話しかけた。
「昨日来てくれた子だよね?」
「憶えていてくれたんですか!?」
この人は歌を歌っていた人。
メイクを落してサングラスをかけていたけれど、髪の色ですぐに判った。
「すぐに読んで下さい」
「名前書いてある?」
「打上げに行く前に読んでね」
「判ったよ」
りえちゃんが手渡した手紙を右手に持って部屋に戻って行く様は
他の女の子達に話しかけられた時と明らかに違う。
扉が閉まる瞬間、ボーカルの人が軽く手を振ったのは
キャーキャー騒いでる前にいる女の子達にではなくて少し離れて見てる
りえちゃんだけに向けてしたアクションにしか見えなかった。
メンバー全員が消えたと同時に花園チックな雰囲気が一転。
タダならぬ空気がロビーに漂っってるのを感じた。
その原因は私達。
ファンの子達の視線は明らかに私達を良くない思いで見てる。
何処を向いていれば良いのか判らない。
理由が判らない不条理な空気に逃げ出したい。
そう感じた時に
「お待たせ!カラオケにでも行こうか!」
私と愛子にだけじゃなく
りえちゃんの声は、このロビーにいる女の子達全員に言ってるように聞こえた。
ホテルを出て姿が見えなくなるまで、彼女達はコッチを見てた。
何か悪い事でもしたとでも言いたげなあの視線。
「ブスばっかりだったよね」
カラオケ屋の店員に部屋を案内されて安心したと同時に急に腹が立ってきた。
「昨日もさ」
「昨日?」
「超ー!睨まれたよ」
CD予約購入者特典として開催されたトークライブ。
「出待ちしてて」
「出待ちって何?」
「出て来る所を待つのが出待ち」
反対に入る時を待つのが入り待ち。
愛子とりえちゃんはイベント終了後の出待ちをしてた。
「でも、絶対りえ気に入られてるって」
「判る?私も思ってるんだけど!」
きっとファンの子達も気が付いてる。
ボーカルの人が、りえちゃんを気に入ってる。
でも、あんなブスばかりに囲まれてたら気に入るのも当然。
自分が男なら間違いなく、りえちゃんしか相手にはしない。
ブスから受けたムカツク態度に心底そう思った。
「勝負賭けたからドキドキする!」
「絶対にかかって来るって」
さっき渡した手紙に、りえちゃんは携帯番号を記入してた。
念を押したから打上げに行く前に読んでるはず。
「かかってきたら、行ってくるからさ」
電話が来て誘われたら、りえちゃんは部屋へ行く。
私が何か変な違和感を感じ出した時に
「キター!!!!」
りえちゃんの電話が未登録の番号で着信した。
「本当にかけて来てくれたんだ」
相手はボーカルさん。
瞳をウルわせて頬を紅潮させながら話す
りえちゃんの顔は見惚れるほど可愛い。
「1人じゃファンの子が怖かったから」
愛子と私。
2人に着いて来てもらった。
りえちゃんは、そう話しながら人差し指を口に押しあてて
【静かに】
そう要求した。
詳細は判らないけれど、後で誰かと待ち合わせて
ボーカルさんの部屋の鍵をもらいホテルへ行く。
そしてそのまま部屋へ入りボーカルさんが打上げから帰って来たら静かに鍵を開ける。
そう約束をして電話が切れた。
「ヤッター!!」
「スゴイよ!りえ!」
勝ち取った喜びに歓喜するりえちゃんの
「1曲歌ってイイ?」
初めて聞く歌声は今の喜びが爆発している。
「声が出ない!」
高音に声が届かないのも気にせずに
絶叫しながら飛び跳ねて歌うりえちゃんを見てたら智子の事を思い出した。
YUIちゃんと出会った日、智子と一緒にベッドの上で飛び続けた事。
今頃何をしているんだろう。
【逃がさない】
一言だけの嫌がらせメールを最後に、麻紀からもメールが来なくなった。
「じゃあ また連絡するね!」
愛子からの声援を受けて、りえちゃんが出て行った。
「優奈はどうなると思う?」
「どうなるって?」
「彼女になれるかな」
その言葉にさっき感じた違和感が解決した。
忘れていた。
りえちゃんは
【ハルさんの彼女】
なのに、別の男の部屋へ自分から望んで行った。
「ハルさん?」
「付き合ってるんでしょ?」
「色々と大変みたいだし」
「何が?」
「他にも女がいるって言うのもね」
「でも」
「そろそろ潮時らしいから」
妊娠をきっかけに、ハルさんの態度が日に日に冷たくなったらしい。
「中絶したけど感じるんだって」
何人かいる女の中の1人であって、それ以上になる事は決してない。
「淋しいんだと思うよ」
捨てられる前に笑顔で終りたい。
自分に他に好きな人が出来て別れる。
「それが1番自分にとって傷付かないで済むじゃん」
ハルさんへの思いを自分から断ち切るのに少しでも傷を浅くする方法。
りえちゃんの苦悩を知ってるだけに愛子も苦しんでいた。
「優奈なら止める?」
「りえちゃんを?」
「友達だったら止めなきゃ本当はイケナイよね」
愛子の言葉に想像してみた。
私が愛子の立場ならではなく、りえちゃんの立場なら・・・
目をつぶった時にヨリを戻せたけれどYUIちゃんとの悲しい別れを思い出した。
淋しくって。悲しくって。苦しかったアノ時間。
SEXした感触が蘇り体中を引き裂きたかったあの感覚。
私が求めたのは女の友情ではなく
心と体を癒してくれたのは相葉さんという初恋の男に似た男。
「今頃やっちゃってるのかな」
りえちゃんも、きっとハルさんとSEXした分だけ。
私には想像しか出来ないけれど
【妊娠して中絶】
想像を超えるような色々な感情を抱いてたと思う。
もし、それが私とYUIちゃんの事だったら・・・
「優奈が泣いてどうするの」
考えただけで涙が溢れた。
「私には、りえを止められない」
電話がかかってきたら話を聞いて。
りえちゃんが笑いたい時に大騒ぎして泣きたい時に一緒に泣く。
「例え、世間が悪いと言う行為をしていたとしても私はいつも笑顔で迎えてあげたいんだ」
「愛子ちんって本当にイイ子だよね」
「イイのかな」
「私友達で良かったよ」
「優奈にも私は変わらないよ」
「本当?」
「優奈の方が判らないよね」
「どうして!?」
「男によって全てが左右されるからさ」
歌う事も忘れて愛子ちんと語り明かした。
YUIちゃんの事は何故だか私の口から出ず相葉さんの事だけ話した。
「眠くない?うちに来る?」
フリータイム終了前に部屋を退出して始発に乗り家には帰らずに愛子の家に行った。
2年前と何も変わらない部屋。
間瀬の事を告白した時と唯一変わっていたのは、赤いペンキで書かれた
「クソババ死ね」という文字が消されたドアに可愛いキャラクターの壁飾り。
「一応彼氏もいるしね」
「そうなの!?」
「年上なんだけどさ」
「写真とかないの!?」
「普通あるでしょ!」
寝る為に帰ってきたはずなのに、愛子の彼氏の話で夜が明けきって初めて横になった。
「りえ?寝てるんじゃない?」
「幸せになれると良いね」
「なれないよ」
「何で判るの?」
「出会い方が違うから」
想像してた言葉と違うのに少し悲しくなった。
きっと友達なら
【なれるとイイね】
そう言ってくれるはず。
でもそれは単なる友達と言う言葉に縛られた願望。
愛子はいつも的確で一歩下がって回りも見てる。
自分とYUIちゃんの出会いも愛子が見ていたら何て思ったのかな。
時計は午前9時過ぎ。
愛子の寝息を聞きながら目が覚めた時
【もしも】
りえちゃんの心が幸せになってたら私も幸せになれる。
そう願いをかけて目をつぶった。