chapter2 芸能人の彼女
学校から家に帰る為に乗った電車。
日が長くなったのか時間は午後5時前。
先週は暗くて気にならなかったけれど
夕暮れに照らされ相葉さんの実家の工場の看板が車窓から見え始めた。
相葉さんは今どうしているのだろう。
でも数日までの思いとは違い、待ってた期間に電話が来なかった事の苛立ちが
相葉さんへ対する気持ちを私だけじゃ物足りなかった
【ムカツク男】
そう少しずつ変化させた。
SEXした分だけ虚しくさせられて
智子と麻紀の嫌がらせが始ったきっかけの男。
今後あの看板までもが、私の気持ちを締め付けるのか。
さらに憂鬱になった。
昨日のメールは合計12件。
誰だか判らない人からの伝言とメールは拒否設定をしたおかげで来なかったけれど
智子と麻紀。
きっと今、2人は一緒にいる。
嫌がらせメールが交互に連続4件届いた。
死ねと言う文字が画面いっぱいに来たメールには憂鬱しか感じなかったけれど
拒否設定した事に気が付いて一体次は何をされるのか。
智子から届いた
【逃がさない】
その一言だけのメールに言いようのない恐怖を感じた。
YUIちゃんとヨリを戻してから嫌な事が続いてるけれど
それは偽物の友情と愛情に気が付くのが重なっただけ。
【偶然重なっただけ】
絶対に私は幸せに導かれてる。
私にはYUIちゃんがいる。
【今は我慢の時】
でも本当に辛い。
改札を出て階段を降りるだけでこんなに息苦しくて
声をかけられても気が付かないなんて。
「優奈!」
私の体と心は、智子と麻紀の嫌がらせで心底疲れ切ってた。
「ちょっと!優奈ってば!」
「え?愛子ちん!?」
「えじゃないよ!さっきから呼んでたのに」
私の肩を掴んだ彼女の名前は愛子。
通称 愛子ちん
高校進学は諦めて美容の専門学校に進んだ
中学時代の仲間の1人。
「愛子ちゃんじゃ何だから」
最初はアイちゃんと呼んでいたのが、アイチンに変わって、進化して「チン」だけになり
「チンコって呼ばれてた時もあったよね」
約1年をかけて最終的に愛子ちんになった。
久しぶりの再会に声を上げて喜びたいけれど
後ろにいる同じ制服を着た女の子が気になって背筋が伸びる。
長いロングヘアーは茶髪でもなく金髪でもなく。
スレンダーな体に長い足。大きな瞳にアイドルのような女の子。
「紹介するね!」
彼女の名前はりえちゃん。
愛子と同じ専門学校に通う17歳。
「もう辞めるけどね」
声も笑顔も愛らしくって何もかも輝いて見えて見惚れてしまう。
「可愛いでしょ!りえってね」
ひそひそ話で教えてくれた内容に思わず絶叫した。
音楽に全く興味がない私でも知ってる。
クラスにもファンがいて弟の裕貴も全部のCDを買ってる。
テレビでも何度も見てるし、私の今1番好きな曲を歌ってる有名なバンドのボーカル。
「ハルの彼女なんだよ」
こんな田舎で他の女の子だったら信じなかったけれど
それも納得するほどの可愛さを持ちながら
「ハルの子供堕ろして」
中絶した事をあっけらかんと話すそのギャップに驚くのもつかの間
「嫁と子供がいてさ」
デビュー当時からハルさんが結婚していて子供がいる事や
芸能ニュースもビックリな情報から
「また女が増えてムカツク」
ハルさんの別宅に何度も行ったり、他にも出入りしてる女がいる事等
有名な芸能人と言われる人の気になる裏話ばかりで
「優奈?時間大丈夫なの?」
愛子に言われて初めて門限の午後6時を過ぎている事に気が付いた。
「また電話するねー!」
全力疾走で自転車置き場に向かう私を見送る2人が羨ましい。
(高校2年なのに、門限6時って一体何!)
本気でお母さんの存在を疎ましく感じたけど、玄関前で仁王立ちして怒鳴られまくった
中学時代の悪い思い出が蘇り息を切らしてまで自転車を走らせた努力は何だったのか。
焦って帰ったのに損した気分。
「今から買い物行って来るから」
午後6時30分。
門限を過ぎてる事をとがめる事もなく
お母さんが駅前のスーパーに買い物に出かけて行った。
「お姉さん お帰りなさい」
お母さんの機嫌が良い理由は
きっと台所に立ってる裕貴の彼女【佳奈ちゃん】のおかげだろう。
「皆さんが風邪を引かないようにと思いまして」
今日の夕食は佳奈ちゃん特製のスタミナ鍋。
ココ最近の週末を夏美の家に泊まるという偽装工作で私が相葉さんと遊び歩いていた間に
佳奈ちゃんが毎週末家に来て夕食を作っていたらしい。
「先週も来れなかったので」
今週末は親戚の家に行くらしく明日も学校があるのに
わざわざ手料理を作りに来ていた健気な彼女。
「お姉さんのお口に合うか判りませんが」
もはや彼女と言うよりは嫁に入った感じ。
居間で寝転びテレビを見てる裕貴と言い
買い物を済ませて戻ってきたお母さんの態度と言い
佳奈ちゃんの存在はまるで前からこの家の家族だったような空気。
私と違って本当によく気が利く女の子。
「お母さんも色々とお忙しいでしょうから、たまにはゆっくりして下さい」
本当にそんな事を思って言ってるのだろうか。
単なる専業主婦を捕まえて私なら冗談でも言えない様な言葉に
剛直ババアの対応が、まるで絵に描いた優しい姑のように見えて気持ちが悪い。
「お父さん お帰りなさい」
「ただいま。今日の夕食は何だい?」
いつもなら、お帰りの言葉に返事もしないお父さんまでも私の知らない他人のよう。
私を除いて4人。
平凡だけどささやかな事で幸せを感じてる
ドラマに出てくるような家族に見える。
「お口に合いませんでしたか?」
「美味しかったよ」
「ほっとけばイイの!優奈がいない方が楽しく過せるんだから」
佳奈ちゃんが家族で
そして
私の方が客人のよう。
居心地が悪く感じた食卓を後にして自分の部屋に閉じこもった。
「ちょっと送ってくるから!」
午後9時過ぎ。
佳奈ちゃんが帰る時は毎週こうだったのか。
お父さんとお母さんまでもが佳奈ちゃんの家まで裕貴を乗せて車で出て行った。
私が彼女だったら、彼氏のお母さんとお父さんまで付いて来て欲しくない。
【だけど】
何かスゴク良い雰囲気。
1人でいるとスゴク淋しい気分になって
「電話しても良いですか?」
YUIちゃんにメールをした。
5分経っても返信なし。
10分経っても来ない。
1秒1秒が長く感じ出した時に家の電話が鳴った。
今家にいるのは私だけ。
家に電話が来る事自体、私に用がある訳じゃない。
わざわざ1階に下りないといけない面倒くささを感じながら電話に出た。
「もしもし川嶋ですが」
声が小さくて聞こえないのかと思って
「もしもし?」
何度か聞きなおした時にかすかに声が聞こえた。
でも何を言ってるのか判らない。
「どなたですか」
受話器から聞こえるかすかな音に神経を集中した時に
「大きくなってるよ」
それは男の悶える吐息だと気が付いて電話を切った。
【変態電話】
何度切っても鳴り続ける電話。
誰だか判らないその電話は
「何ヤッテルの!出なさいよ」
「もしもし?あれ?切れたぞ?」
帰宅したお父さんが出た事によって5回で終った。
「気持ち悪いわね」
「今まで1度もなかったのにな」
きっと智子達の仕業。
新たな恐怖を感じた時、携帯が鳴ってる音が聞こえて
困惑するお母さん達を残して一目散に部屋に戻った。
【YUIちゃん】
そう思って慌てて取った携帯電話の主は愛子。
「もしかして寝てた?」
「起きてるよ」
「何か暗くない?」
がっかり感がモロに声に出てしまった。
「優奈は興味ないか」
愛子が電話をしてきた理由は
「りえが優奈もって誘ってるんだけど」
土曜日に市民会館で行われる
名前も知らないメジャーデビューしたてのバンドのライブに行く事。
「その後はオールでカラオケでも行かない?」
インディーズバンドみたいに気軽に会える事もないだろうし
りえちゃんも愛子も初めて行くバンド。
しかも、りえちゃんはお母さんだって知ってる【あの】ハルさんの彼女。
他のバンドのメンバーを狙う訳がない。
「当日チケット買うから席は悪いみたいだけど」
きっとライブを見てその後オールで遊ぶだけ。
ライブの事はさておいて初めて愛子とオールで遊べる。
それなら私も行きたい!と思ったけれど
愛子と遊ぶ事を絶対にお母さんが許してくれるはずがない。
「相変わらず厳しいの?」
「厳しいよ」
「明後日の話だし、やっぱり無理だよね」
「無理かも」
「だよね。まあ一応さ、私は伝えたからね。じゃーね」
連絡も取り合ってなかったし当然知らない。
きっと愛子は、私が音楽に全く興味がない子のままだと思ってる。
今もスゴク興味がある訳ではないし、どんなバンドか知らないけれど
リザードマンのライブで感じたあの臨場感が忘れられなくって
機会があったら、またライブに行きたい!そう思ってた。
乗り気がないんじゃなくって、愛子の家に泊まりに行くという事を
お母さんが了承してくれるかが問題なだけ。
中学時代の愛子を知ってるだけに易々と許す訳がない。
そう思って色々と作戦を練ったのに
「行ってらっしゃい」
あまりにも簡単にOKが出て安心したと言うよりは
【関心がない】
裕貴に彼女が出来るまでと嘘のように違うお母さんの態度が
嬉しいような
悲しくはないけれど微妙な気分。
行ける報告メールに、門限を1分でも過ぎたらどうなるのか。
「マジでOK出たの!?」
中学時代に巻き添えを食って怒鳴られまくった愛子からすぐに電話が鳴った。
「コレはきっと夢だよ」
そう言いながら、愛子も私も何度も自分の頬をつねってみた。
今回の予定金額はチケット代を含めて1万円。
「補導されないような格好してきてよ?」
来て行く洋服は相葉さんに買ってもらった洋服。
きっと愛子は私を見てイイ意味で驚く。
「本当に大丈夫?」
久しぶりに遊べる愛子がどんな顔をするのか。
この日のバイトは午後3時まで。
遅くても6時には会場へ行ける。
「うちらは先に行ってるから」
時間の約束をして電話を切った。
家の電話にかかってきた変態電話も智子達の嫌がらせメールの事も
【全て過去の事】
ほんの数時間内に起きた事さえも忘れ
今度はどんな話が聞けるのか。
りえちゃんに会う約束が無知な私の気持ちを高ぶらせた。