chapter2 拒否設定
今日で4日目。
授業中も気になって
バイトも笑顔が作れない。
日に日に体が重く感じ
呼吸する事さえ息苦しく
何もかもが憂鬱に感じる。
一昨日63件だったメールが
昨日は98件
今日は全部で158件
智子と麻紀以外のアドレスからも
電源を入れる度に送られてくる嫌がらせメール。
留守番伝言サービスには
知らない男からの卑猥なメッセージ
聞き覚えのない女の子からの中傷の言葉。
何処かで私のアドレスと携帯番号が公表されてる。
不安を感じて自分の名前を検索してみたけれど
何処かの企業の
同姓同名の人の事しか出て来ない。
アドレスを入れても出て来ない。
でも確実に何処かで私の情報が流されてる。
目に見えない嫌がらせが
私の精神状態を脅かしてた。
「ちょっと、おかしいんじゃない?」
お母さんは、何か感じたみたいだけど
相談するにも、隠してる事全てを言わなければいけなくなる。
タバコを吸ってた事も
打上げでお酒を飲んだ事も
夏美の家に泊まってる事にしてもらって
本当は相葉さんの家に泊まってた何て知られたら。
YUIちゃんと知り合ったきっかけも
初めて会って数時間後にはSEXした事も
知られては困る事だらけ。
「バカは風邪引かないって言うのにね」
平然を装うのも、もう限界。
無言の私からの返事を待つ事もなく
お母さんが薬を探しに立ち上がった時に家の電話が鳴った。
「まあ〜初めまして!」
誰からなのか
気持ち悪いほどお母さんの声のトーンが高い。
「そちらは寒いですか?」
確実に私宛じゃない電話。
正座してツマラナイ冗談など話をし始めて約15分。
「少々お待ちくださいね〜」
9時から始ったドラマがCMに入った時、お母さんが私に受話器を向けてきた。
「油井さん」
「へ?」
「早くしなさい!油井さんからよ!」
ユイと言われても別人だと思ってた。
「もしもし優奈?」
「え!?何!?YUIちゃん!?」
「お前の母ちゃん面白いな」
「何で家の番号知ってるの!?」
「電話代がかかるから、そんなの話は後だ」
その後YUIちゃんが何か話したかは判らない。
すぐさま部屋に戻り携帯の電源を入れて、YUIちゃんの携帯にかけなおした。
「最初マジで焦ったぜ」
お母さんが出た時に切ろうと思ったらしいけど
気さくを通り越した中年オバサン代表格な会話に
「久しぶりに愉快な時間だった」
気が合うのかYUIちゃんは随分ご満悦だった。
YUIちゃんが自宅の電話番号を知ってたのは
私が送ったバレンタインチョコの配送伝票。
捨てる前に携帯に自宅の番号を上書き登録してくれてた。
「携帯どうした」
「携帯?」
「何回かけても繋がらないからさ」
電源を切ってる理由など知る由もなくYUIちゃんの想像は
「お前の事だからトイレに落したとかさ!」
交通事故とかも考えてくれてたけど
最終的な結果論として私の不注意で携帯電話が壊れたと思われてた。
「じゃあ何か?電源切れてるのも気付かなかったとか?」
YUIちゃん特有の押し殺す笑いが
私の緊張を解放し、少し安堵した途端に涙が出てきた。
「今泣く所あったか?」
「嬉しいもん」
「家に電話かけてきたから?」
「うん」
「最初に家に電話をくれた記念日とかにするんだろ」
「そうする」
「するな。それより確りしろよ」
「してるよ」
「マジで心配したんだぜ?」
会話をしながら何処かで私に起こってる事に気が付いて欲しいと思ってた。
「どうした?」
言おうに言えない時間が
電源を切ってるのには理由がある事をYUIちゃんに知らせる。
「あの男から電話が来たのか?」
「違う」
「じゃあ、どうした?」
目を閉じて、自分ではどうして良いのか判らず
1つ1つ問いかける質問に答えたけど
「夏美か?」
「夏美じゃない」
「智子か」
図星を点かれて声にならなくなった。
YUIちゃんの提案は携帯番号を変える事。
でも夏美が自宅の番号を知っている。
夏美から嫌がらせメールは来ていないけど
絶対に智子達がしてる事は知ってる。
もし携帯を解約して繋がらなければ
今度は自宅にかかって来るかも知れない。
そうしたら、私の全ての嘘がお母さんに知られてしまう。
「あっても悪戯程度じゃねえか?」
YUIちゃんは、そう言うけれど不安でしょうがない。
別に親に撲られるのが怖いんじゃない。
ただ今までの生活が壊れる気がして
どうなってしまうのか判らない分お母さんに知られるのが怖かった。
「じゃあ、こうするか」
YUIちゃんの第2の提案は
夏美と智子と麻紀の3人を含めて
メールは登録してるアドレス以外からは全部拒否する。
着信も電話帳登録してる番号以外の着信を全て拒否。
「設定したら、かけ直せ」
電話を一旦切ってYUIちゃんが言った通りに機能を確認した。
そんな機能が携帯にあるなんて気にもした事がなかった頃に戻りたい。
私の携帯にもその機能は付いていた。
【でも出来ない】
相葉さんの番号とアドレスを登録から消去してしまった。
もしかかってきたら繋がらない。
元の関係に戻りたいんじゃなくって
相葉さんに迷惑がかかっていないか心配なのではなく
【疑われてないか】
智子達の嫌がらせが相葉さんの携帯にも起きていて
私から聞いた等というガセネタを信じて怒ってないだろうか。
【私は言ってない】
もし電話がかかってきたら
真実を相葉さんに知ってもらいたい。
女の虚言で自分が嫌われるのがイヤ。
【でも絶えられない】
この状況から逃げ出したい。
きっと相葉さんも拒否設定をしたかもしれない。
いっその事、番号を変えたかもしれない。
YUIちゃんがテストと称して
もし誰かの携帯電話からかけて来たら、設定してない事を不審に思われるかもしれない。
そうしたら私はまたYUIちゃんを失う。
「出来ましたか」
悩んだ末にYUIちゃんが指示したとおり拒否設定をして電話をかけなおした。
「後で、何処かから試してやるから」
YUIちゃんは私を信用してないんじゃなくて
きっと設定も出来ない女。そう思ってるのかもしれない。
「繋がったらショップにでも行け」
「出来てるよ」
「28%だけ信用してやる」
YUIちゃんが私の事をどういう風に思っているのか判らないけれど
【残りの72%は】
きっとYUIちゃんの心配してる度合。
私を思ってるパーセンテージ。
【愛されてる】
勝手な想像の幸福感が
自分が置かれてる状況さえもを不謹慎なほどドラマティックに感じさせた。
「夏美も最悪だな」
「夏美からは来てないよ?」
「絶対に知ってるって」
智子と麻紀は親友と言うには可笑しいかもしれないけれど
夏美だけは本当に親友だと思ってた。
学校でも夏美を好きじゃない子は多かったけれど
本当はスゴク優しい子。
一緒にいると楽しくって
笑ったり
泣いたり
私の事を1番判ってくれる
【唯一の親友】
夏美のアドレスからは
嫌がらせメールが来なかった事だけが私の唯一の救い。
「電話が来ても出るなよ」
「夏美も?」
「メールも返信するな」
でも、今回の事がきっかけで
YUIちゃんの夏美に対する印象がさらに悪くなった。
「マジで心配させんなよ」
きっとYUIちゃんは心のどこかで
私が夏美達の電話に出るって思ってるのかもしれない。
苛立ってるのが声で判って、安心させなきゃと思ったけどヤメラレナイ。
「真似するな!」
「真似するな」
「マジで切るぞ!」
苛立つ声を口真似をしてると抱きしめてくれてる気まで感じた。
このまま眠りに付いてしまいたいと思った時YUIちゃんの口から出た提案。
「寝るなら切るか」
「ダメ」
「じゃあ子守唄でも歌ってやろうか」
自分から言って置きながら、照れ隠しかの為か。笑いを取る為か。
声を張り上げて歌いだすYUIちゃんが
本当は寄り添ってくれてる気がするぐらい近くに感じた。
こんなに遠く離れているのに、すごく近くに感じた。
「眠れないか?」
「そんなんじゃ寝れないよ」
「じゃあ羊が1匹。羊が2匹」
羊の数が増える度に増して行く幸福感。
「もういいか」
「まーだだよ」
「じゃあ、100まで数えたらそのまま切るからな」
YUIちゃんの数える声を聞きながら、目を閉じて私も心の中で数を数えた。
98匹
99匹
100
頭の中は起きているけれど体が反応しない。
結局本当は100まで眠れなかったけど、
おやすみの言葉を残してから切れた電話に
YUIちゃんと出会えた奇跡を喜びながら、久しぶりに満ち足りた気持ちで眠りについた。