chapter1 初めての部屋
ビジネス街から繁華街へ。
夜は賑わうであろう通りを左折してすぐの所に宿泊するホテルがあった。
ガラス扉を開けて目の前にあるエスカレーターの上には大きなシャンデリア。
もし今地震があったら落ちてこないのかなって不安を抱きながら昇った。
「ここで待っててくれる?」
ロビーに設置されたソファーに座るように促し
夏美だけフロントと書かれた場所へ歩いく。
ホテルマンの男性と話す慣れた感じの夏美を見つめながら
私って本当に何も知らないな・・・って再認識すると同時に夏美が戻ってきた。
「大丈夫。自分で行けますから。どうもありがとう」
カバンを持とうとした従業員に大人の笑顔と口調でお礼を言う夏美。
「お待たせ。行こうか」
エレベーターの場所も迷う事無く進む夏美の後ろを追って
従業員にぺこっと頭を下げてから乗り込んだ。
きっと同じ年には見えてない。
「今頃、同級生には見えないって笑ってるんだ」
「そんな事知らないよ」
「何で?年とか書くんでしょ?」
「偽名だし姉妹になってるから。さて、到着で〜す」
当たり前のように言い放つ夏美。
同じ年なのに絶対に私の方が妹なんだろうなって
悪気はないだろうけど、良い気分じゃなかった。
「先に買って行こう。優奈はコレだっけ」
エレベーターを下りて角を曲がった場所にある自動販売機で
私が返事をする前に夏美がカフェオーレを選んだ。
「何で判ったの?」
「え?いつもミルクが入ったコーヒー系でしょ?それぐらい判るよ。だって親友だもん」
親友だから何でも判る。
言わなくても通じ合ってる事が嬉しくて、害された気分は一転。
「お姉ちゃんが欲しかったの!」
「歩きにくいじゃん!だし同級生だから!」
夏美の腕に甘えながら大きな笑い声を上げて通路を進んだ。
だからココに座っててって言ったんだ。
私がいたら違うとか言っちゃう。
でも、何で偽名なんだろう?
未成年だし、イケナイ事なのかな?
笑いながら、ふと浮かび上がった疑問は疑問のままに終了。
「って聞いてる?」
「え?何?」
「相変わらずボーとしてるんだから!ココが非常口ね」
「え?非常口って?」
「ほら。火事とか万が一よ。で、今日のお部屋はコチラで〜す」
【811】
今日泊まる部屋の前に到着した。
「優奈。コレな〜んだ」
ニッコリ笑う夏美の手には白い1枚のカード。
「何これ?」
「コレがね、鍵なの」
カードを差し込むと電球の色が赤から緑に変わって扉が開いた。
「え〜!これが鍵なの!?」
「で、部屋に入ったらココに差し込むと電気が点きま〜す。どうぞ中へ」
夏美の案内で入った初めての部屋はベッドが2つ。
テーブルと2つのチェアー。
「すっご〜い!お風呂とトイレが一緒!こんなのテレビでしか見た事ないよ?」
「スゴイか?不便じゃない?」
「スゴイ!スゴイ!来て良かった!」
1人盛り上がる私に笑みを浮かべながら2本目のタバコに火をつけた夏美。
部屋の中は引き出しの中まで探検終了。
残された場所は窓から見える景色だけ。
イスに乗ってカーテンを開けると目の前には下の通りが見えた。
「高いね〜何階なのかな・・・」
「8階だよ。8階の11の部屋だから811」
8階から見る眺めは車さえも小さく見える。
何か下を見ていると引き込まれそうな感じがした。
「ねえ。吸う?」
夏美が私にタバコを勧めた。
「相変わらず家で吸えないの?」
「お母さんがうるさくて」
「へえ〜。大変だね」
最後にタバコを吸ったのは好きでもなかった初体験の男の家。
アイツと自然消滅してから吸える場所も
貰いタバコをする相手もいない。
約2ヶ月ぶりに吸ったタバコの味が一気に口の中に広がり
不快感を消す為に急いでカフェオーレを一口飲んだ。
「20県ぐらいは行ったかな」
「本当!?すごいね!」
「そんな事・・・あるかなw」
ホテルの事。
新潟や福岡。
遠くに友達同士で行った事。
自分が経験した事のない夏美の会話全てに興味が湧いた。
「あ〜でもココのホテルは3回泊まった事あるし」
「3回も!?よくお金あるね〜」
「みんなで割り勘にするんだよ。1部屋6人とかで泊まったりさ」
「6個もベッドがある部屋があるの?」
「違うよ。この部屋を6人で泊まるの。そうしたら安いでしょ?」
「でも、ベッドが2つしかないじゃん」
「雑魚寝ってやつ。壁と屋根。風呂さえあれば気にしないよ。
でもね?ホテルによってはチェックが厳しくってさ〜。
チェックインした時に書いた名前の本人しか部屋に上がれない所があって、この前の福岡なんかさ!」
「全員書けば良いんじゃないの?」
「違うんだって!だから2人しか泊まれない所に残り4人が潜り込むの。」
「それって悪い事じゃ・・・」
「悪い事だよ。だからバレない様にするんだよ。
みんな結構やってるよ?っていうか常識?ココはチェック緩いから大丈夫だけどね」
悪気もなく当たり前のように話す夏美に呆気に取られながら
今後役に立つかは別の話として、
また1つ私の知らない世界の常識を知った。