chapter2 相葉さんの決断
時計は午前10時前。
「嘘だとは思ってないけど」
リビングで相葉さんが誰かと携帯で話す声で目覚めた。
電話の主は彼女。
今日は立て込んだ話。
所詮私は愛人みたいな者。
怒ったり泣いたりする気はないけれど、
聞くなと言わんばかりの相葉さんの鋭い視線にベッドに戻った。
「今頃YUIちゃん何をしてるのかな」
仁美さんの家に泊まるという相葉さんの偽装工作をYUIちゃんは信用してくれた。
相葉さんと違って
YUIちゃんの言葉はいつも私を幸せな女の子にしてくれる。
「淋しくなったら電話して来いよ」
その言葉を思い出し、YUIちゃんの名前を表示し
余韻に浸ってた私の手から、電話を終えた相葉さんが携帯を奪った。
「ちょっと何?返して」
「もしもし相葉と言いますが」
「え?」
「YUIさんですか?」
「ちょとヤメテよ!?」
「本当は今俺の家に泊まってるんだけど」
その言葉に思わず声を殺した。
YUIちゃんに私の声が聞こえないように手で口を押さえた。
「って電話したら嫌いになる?」
突然の出来事に涙が溢れた私を見て
「嘘だよ」と、携帯を頬り投げ淡々と相葉さんは話始めた。
「アイツが妊娠した」
彼女の名前は真奈美さん。
1回目の妊娠は中絶した。
「今度は産むって聞かないんだ。もう3ヶ月だって」
今回の事を真奈美さんの両親へは報告済み。
来週の週末に相葉さんが挨拶しに来ると勝手に予定していた。
「逃げられないな」
「逃げたいの?」
「逃げたいね」
私の好きな相葉さんの顔が見る見るうちに変わって行く。
舌で歯を嘗め回し眼つきまで映画で見たヤクザのよう。
「このまま2人で何処か遠い所に逃げようか」
初めて見るイラつく相葉さんを見て怖いと思った。
理由も判らずこのまま何処かに連れて行かれそうな現況に
私の中で人間の奥深くに眠る自分の身を守る習性が目覚め
相葉さんの気持ちを諭すように話しかけた。
「逃げたいっていうか何だろうね」
「子供が嫌いだから?」
「嫌いと言うより怖いね」
私の思惑通り相葉さんは、自分が結婚を拒否する恐れていた心を打ち明け出した。
「もし俺が死んだら子供はどうなる?」
「死んだら?」
「残された彼女はボロボロになるだけだろ」
「怖い?」
「何が」
「死ぬの」
「死ぬのは怖くないね」
相葉さんが恐れているのは自分が死ぬ事じゃなく
残された逝ってしまった人を愛する人達。
呪われた最後の1人が見て来た物は仲間全員のデスマスクと残された遺族とその彼女達。
「俺が中3の時にバイクで事故起してさ」
知ってるとは言えなかった。
実際に見た訳でもない。
ただ噂好きなお母さんが言ってた事しか知らない事。
話し続ける相葉さんの言葉を黙って聞いた。
「アイツは止まれって」
後部座席に同乗していた別の学校の男子生徒は警察の追っ手に逃げ切れないと諦めたけど
「俺が無理やり突破したんだ」
検問を突破した所でバイクごと転倒して相葉さんは骨折。
「起き上がったら、アイツの首だけコッチ見ててさ」
同乗していた男子生徒は首の骨を折って即死。
「俺が死ねば良かったんだよ」
付き合ってる特定の女の子もいない。
両親も迷惑していた存在。
「憎まれっ子何とかってヤツかな」
鑑別所を出て相葉さんを待っていたのは発狂した彼女と遺族の怒り。
「その前にも先輩も死んだからさ」
自分の起こした事故の前にも毎年1人づつ死んで行った先輩達。
何度も行った葬式で相葉さんの心を締め付けたのは残された遺族。
未を潜めてた留学中にも聞こえて来た
【次は相葉の子だって】
お母さんが口にした言葉を相葉さんは判ってた。
「次は俺の番って思いながらずっと生きてきたからさ」
お酒を飲んだり、笑ったりSEXしたり。
自分のせいで死んだ仲間の事を忘れたと思われても仕方がない。
相葉さんだけが生き残って人生を楽しんでると遺族は思ってる。
「明日かなとか。来週かなって」
相葉さんはいつも最後の1人と言う言葉を背負って生きてた。
「俺の事で泣く人がいない方が俺もラクに逝ける」
その時ヒラメイタ言葉。
きっと相葉さんは死なない。
仲間達が見守ってる。
俺達の分まで人生を楽しんで欲しいと願ってる。
「そう思いたい時もあるけどね」
少しでも良い方に考えてもらえるように必死で話しまくった。
死んだ仲間の分まで生きる。
「俺達の分までって?」
「空から見守ってるから生きてる」
「遺族はそう思ってないよ」
「死んだ仲間がそう思ってる」
「タイミングを見てるだけかもよ」
「じゃあ、それを受け入れれば?」
「受け入れる?」
大切で失くしたくない物が出来た時に死ぬのは辛いだろうけれど
私ならそれでも構わない。
彼女と言う名で関係が終わる事よりも妻として終りたい。
「そうなのかもね」
「聞いてみれば良い」
「アイツに?」
「全部話して」
「知ってるよ」
1人目を妊娠した際に全部を話してた。
その理由を聞いて彼女は子供よりも相葉さんを取った。
「笑ってたけど辛かったと思うよ」
「でも今回は子供を取った」
「そうだね」
「彼女は相葉さんよりも子供が欲しいんだよ」
「俺よりもか。少しラクになれた気がする」
最後に事故を起こして亡くなった仲間から10年経ってる今。
仲間全員が死ぬと言う呪いの噂は単なる過去形であり
きっと偶然が上手く重なり過ぎただけ。
「バイクも乗らないしね」
固まり始めた気持ちが変わらないうちに相葉さんの背中を押し続けた。
「プロポーズしようよ。今しちゃえば?」
「電話で嬉しいか?」
「私なら嬉しいよ」
「判った」
相葉さんが人の物になって行く。
電話をかけて来週末に会う約束をしている電話の内容に
淋しいとか悲しいとか思わなかった。
「プロポーズは次回だな」
「何で?」
「今の内容で判ったと思うよ」
「私なら判るけど」
「けど?」
「こうして優奈とか」
「とかって何?」
「とかはトカだよ」
彼女から奥さんに変わっても。
儀の妹から愛人と言う存在に変わるはずだった相葉さんと私の関係。
この時まで全く後悔とかなかった。
でも、別れと言うのは自分の意思とは違う所で決められてるのかもしれない。
「映画でも見ようか」
「別れたいの?」
「優しい別れ方ってヤツとは別だ」
レストランで食事をしてから
相葉さんと2人でラストショーで映画を見た。
主人公の男が不思議な力を手に入れて
幸せになるかと思いきや、最後はその力のせいで悲劇へと変わる。
とっても後味の悪い映画。
「あの終わり方だと続きそうだよね」
「あんな最後なんて悲しすぎるよ」
午後11時過ぎ。
雅恵ママのお店へ行った。
「そんなマイナーなのしかやってなかったの?」
「私ならもっとロマンティックな映画が良いわ」
「じゃあ、リアルにロマンティックな話をしようか」
そう前置きした相葉さんの結婚報告は
雅恵ママを仰天させ、店中のオカマのド肝を抜いた。
「結婚ってまさかこの小娘と!?」
「私じゃないよ」
「子供も出来まして」
相葉さんが正式に人の物になる。
さっきまで感じなかったのに
オカマ達からの祝福に素直に喜んだ照れた笑顔を見て、少し淋しいと思った。
「17歳で愛人ってアンタも不幸な道一直線ね!」
「私も本命はいますから!」
「どうせ大した男じゃないんでしょ?」
「大してます!」
「そんな言葉はないわよ!この欲求不満●!」
まだ相葉さんと付き合い始めて1ヶ月も経っていないけれど、
結婚したって今までどおりに付き合える。
私も心から相葉さんの決めた結婚を祝福しようと思ってた。
「来週末は無理だから」
再来週会ったら婚約者がいる男。
開かれた人の心の変化は早い。
「6月の花嫁って幸せになれるって言うよね」
「じゃあ6月にする?」
「結婚式来る?」
「来て欲しい?」
「お色直しの最中に新婦に隠れてHしようか」
「そういう趣味はないよ」
「ブーケトスは仁美に最初から渡そうかな」
部屋に戻ってからの相葉さんとの行為は
ベッドを共にする女への礼儀事項にも思え
どことなく誰かに気を使ってるように感じた。
「今日で最後にとか?」
「思ってた?」
「そんな事は思ってないよ」
「何か今日、変」
「そうか?あ〜。ちょっと早かったか?」
何かいつもと違う。
切なさまで感じた私の口は率直なSEXの感想と共に
結婚してからの相葉さんをネタに小馬鹿にしてた。
「そういう男じゃないよ」
「絶対に産まれたら親バカだよ」
「あ〜でも女の子だったら判らないね」
馬鹿にしてるのに、否定する事もせず
子供との未来を語りだした幸せそうな相葉さんの顔を見て募る苛立ち。
最初から人の男だと判っていたけれど、押さえ切れない嫉妬心。
SEXの後だというのに、切ない思いをさせてる張本人に意地悪をしたくなった。
「そこはマズイな・・・」
「イイの!絶対に大丈夫だから」
最初で最後のキスマーク。
無言で受け入れてくれるから余計にヤメラレナイ。
「何か病気みたいじゃない?」
沢山のキスマークを見て笑った相葉さん。
幸せという物は自己防衛機能という直感を低下させるのかもしれない。
私が切ない思いを抱いてる事を本気で相葉さんは判ってない気がした。