chapter1 誰かの真似事
相葉さんの携帯の着信音で目が覚めたのは午後13時過ぎ。
「あ〜昨日は飲みすぎてね」
受話器の向こうから女の人の声が聞こえる。
【私は子供じゃない】
自分の存在を受話器の誰に知られないようとは思わない。
そんな私の変化を判っている様に話しながらじゃれる相葉さんの匂いをかいだ。
「今日?明日じゃダメかな」
雅恵ママにベッドまで運んでもらったままの相葉さんの匂いが、いつもよりも濃く感じて
「映画とか興味ないしね」
もっと感じたくってYシャツのボタンを外した。
「今?昨日どうやって帰ったかも憶えてなくって着替えてる所」
相葉さんから電話を切らないのは別にかまわない。
「このままもう1回寝るつもり」
逆にこのシュチュエーションの方が
「もう横になったから寝かせてくれないかな」
私が好きに相葉さんを攻められる。
「じゃあ明日」
電話を切ってサイドボードに置くと相葉さんが覆いかぶさってきた。
「もう少し話してて欲しかったな」
「どうして?」
「もっと舐めてたかった」
「じゃあ今度は俺の番だ」
日中の光が差し込むベッドの上でじゃれ合う2人。
「誰から電話って聞かないの?」
「聞かないよ」
「どうして?」
「彼女かなとは思ってるけど」
「正解」
「別にどうでもイイかな」
「どうでもイイ?」
「うん。どうでもイイ」
誰かの男を今私が独占している。
彼女からの電話に私と違う顔を見せずに
焦ったり隠したりしない所がまた私の気持ちを大人にさせたのかもしれない。
「何か変わったね」
「どういう風に?」
「俺にとって都合良くかな」
「正直だね」
「ねえ。」
「何?」
「優奈って呼んでもイイかな」
「イイよ」
「ちゃんって感じがしなくなった」
「しない?」
「イイ女になって来たよ」
相葉さんの言葉は女としての自信まで与えてくれる。
心地良い言葉をくれたお礼。
相葉さんのチャックを下ろし攻め倒した。
「そんなに迷惑かけてた?雅恵ママにお礼をしなきゃな」
「何か買いに行くの?」
「行くなら来週かな」
「私も行ってもイイ?」
「じゃあ、今度は金曜日から泊まりにおいで」
「イイの?」
「俺が来て欲しい」
抱きしめる相葉さんの力が、私よりも思いが強い事が伝わって。
相葉さんが私を求めている事は確かで。
女としての幸せというのは少し頭を使えば簡単に手に入る物な気がした。
他にも女がいるのを彼女は知ってか知らずか。
私が今ここで相葉さんの心も体も独占しているのが現実で。
彼女になりたいとは本気で思わなくなってから相葉さんの方が私に執着している。
「ピアス買いに行こうか」
「穴開けるって事?」
「俺がココで今開けたい」
「相葉さんが?」
「怖い?」
「怖い」
「ダメ?」
「そういう事」
「した事ないよ。俺も開けてないし」
「どうしてしたいの?」
「どうしてかな」
上手く言葉が見つからない相葉さんよりも私の方が優位に立ってる気がした。
私はただ女将さんと雅恵ママが言ってた事を少し実践しただけ。
ただ聞かずに言わなかっただけ。
こんな事だけで。
こんな簡単な事で。
それだけで、相葉さんにとって私は良い意味で不都合な女になってた。
穴は何か特別な記念日に開ける約束をし
行為を終えてイタリアンレストランで遅めのランチをして
「門限なんて破っちゃえばいいのに」
「ダメ。本当に煩いの」
「家まで送っていくのもダメって」
「夏美の家に泊まってる事も全部バレタラ来週出れないもん」
「たまには実家に寄ろうかな」
マンションから高速に乗って約1時間のドライブ。
午後6時の門限に間に合うよう偽装工作で私の住む町の1つ隣の駅まで送ってもらった。
「ねえ!コレ可愛いでしょ!!」
家に帰るなり先制作戦で自分からお母さんに話しかけ
「夏美の親戚の仁美さんっていう人がいてね」
夏美の親戚と言う事に勝手に仁美さんを使わせてもらい
「福袋とセール品をさらに安くしてくれて全部で17万が2万円だよ!?」
という嘘で相葉さんからのプレゼントは難を逃れる事に成功した。
3日ぶりに帰った自分の部屋が子供っぽく感じる。
鏡に映る自分の姿はこの部屋には似合わない。
冬休み前よりも自分の顔も雰囲気も可愛く見えるのに裕貴の評価は最悪な物。
「姉ちゃん。顔が淋しそう」
「嘘!幸せそうじゃない?」
「何だろうね。幸せな女の顔じゃないね」
「じゃあ何に見える?」
「影があるというか。男運ないのが顔にモロ出てる感じ」
「教えてくれてありがとう」
いつも兄弟喧嘩になる前のお母さんの仲裁も必要がなく
拍子抜けする2人を後に部屋に戻る。
あのまま話していれば喧嘩になったはず。
でも、弟に言われたって別に真剣になる必要はない。
言いたい事を言わせておいたって私に迷惑がかかる訳でもない。
笑顔でありがとうで去れば何も起こらない。
この3日間で私は良い意味で変わった。
彼女になる事だけが幸せじゃない。
相葉さんの彼女は幸せだとは思わない。
私の方がきっと幸せ。
今なら間瀬の事も思い出に変えられる気がして
携帯のデータから間瀬の画像を消去した。
「あとはYUIちゃんだね」
机の引き出しの置くからYUIちゃんの手紙を取り出したと同時に携帯が鳴った。
「もしもし相葉ですけど」
「実家に寄ったの?」
「今いるよ」
「何か食べた?」
「突然だったけど、カレーだったから」
「どうでした?久しぶりの我が家のカレーは」
「相変わらず俺好みじゃなく甘かったね」
家を出たのは約13年前。
「昔のままだけど掃除はしてくれてるみたい」
15歳まで過した部屋からかけて来ていた。
「今何してたの」
「間瀬の画像を消去してたの」
「俺に似てた子?」
「そうだよ」
「忘れられた?」
「忘れないけど思い出に変わったかな」
「今から会いたいって言ったらどうする?」
「会いたいけど明日学校だし。もう10時過ぎてるし」
「俺も8時30分には会社だね」
「チョットだけなら」
「ちょっとだけは無理」
「無理?」
「朝まで帰したくなくなるね」
「そういう事言われると好きになっちゃうよ」
【気を付けて下さい】
言わなくて良い事じゃなく私から線を引く。
その言葉に相葉さんの心が高鳴るのを感じて自分が大人に感じる。
「人を思うのって辛いね」
「辛い?」
「門限とかある子っていなかったしね」
「貴重ですか?」
「貴重というより拷問だね」
受話器から伝わる声は生で聞くよりもリアルで私の抑えている感情を剥き出す。
「可愛いって嬉しくないな」
もう1度だけ確認したい。
私が相葉さんの彼女になれるかどうかを
【もしも】筆箱から取り出して投げた消しゴムが
表(幸)だったら彼女になれると賭けた答えは表だったのに
「私も会いたいよ。でも」
「でも?」
「今よりも好きになったらお互い困るよ」
「そうだね。じゃあ我慢しますか」
やっぱり相葉さんの答えは変わらない。
一生自分から望んではイケナイと気持ちに終止符を打った時にキャッチが入った。
「キャッチ?大丈夫?」
「いいよ。後でかけ直すから」
「こんな時間に男の子から告白じゃないの?」
「もしかして心配?」
「心配だよ。傷心したら海外に転勤しようかな。またキャッチだね」
「転勤?」
「前からそういう話があってね。俺3年ぐらい向こうに居たから英語も話せるし」
「行っちゃうの?」
「行こうか迷ってる所。何か行かない方が良い気って言うのか」
「良い気?」
「何か感じるんだよね。もう3回目だから急ぎじゃない?」
金曜日から泊まりに行く約束をして
「明日また電話するよ」
早口でおやすみと言って相葉さんは電話を切った。
こんな時間にかけて来るのは夏美ぐらい。
でもこんなにシツコクかけて来るなんてナイ。
着信履歴に残っていたのは登録がない番号。
名無しさんでもナイ。
一体誰?と思ったと同時に同じ番号で4回目の着信が来た。
「もしもし?」
「もしもし?優奈?」
電話ぬ主は男の声。
「誰?」
「テメエよ〜!さっさと出ろよ!」
「は?」
「何で俺様が4回もお前の為に電話しなくちゃイケねえんだよ!!」
「誰?」
「誰って?お前優奈だろ?」
「そうですけど・・・」
「いいか!?今すぐかけ直して来いよ?判ったか!」
「は?」
「は?じゃねえよ!今すぐだぞ!判ったな!」
午後11時前。
マッタリとした相葉さんとの時間を切り裂いて
突然やってきた相手も判らない怒涛のような電話で
私の落ち着き始めた心はまた大きく揺れ動き始めた。