chapter1 恋の話はオカマに聞け!
赤いベルベットの壁にピンクの照明の下
生まれて初めて本物のオカマと呼ばれる人達を見た。
「何〜コノ子!ブッサイクねえ」
「こんな子連れて歩いてたら男の格が下がっちゃうわよ!」
相葉さんはソファーで2人のオカマに挟まれて座り
私は強制的に反対側の小さな丸イスに座らされた。
「アンタは水でも飲んでればイイのよ!」
テレビで出てくる温和で面白いオネエ様達とは違って
手厳しい彼女達を相葉さんがさらに刺激する。
「まだ子供だからね。雅恵ママと京香さんで教えてやってよ色々と」
「色々とって何よ?男を喜ばすテクニックとか?」
「違うわよ!ほら見れば判るでしょ」
2人のオカマに凝視されて相葉さんに目で助けを求めるけど完全無視。
「ほら色目使っても無駄!」
「見れば見るほど本当にブッサイクねえ」
初対面なのに、グザグザと突き刺さる酷い言葉のオンパレード。
確かに私は、すごく可愛い子じゃないかもしれないけど。
最近YUIちゃんを筆頭に色々な男が近寄って来て
少しぐらい可愛い?って正直思ってたけど。
「アンタさあ。彼氏いる?」
相葉さんの顔は僕は彼氏じゃないですよとばかりに笑ってる。
「こんな子にいる訳ないじゃないの」
私の事何も知らないのに本気でムカツク。
いい加減 勝手な事ばかり喋るオカマの口を圧し折りたくなってきた。
「見れば判るわよ。アンタみたいな女に本気になる男なんて居ないぐらい」
「どうして?何が判るって言うの?」
「あんたフラレた事しかないんじゃない?」
「やだ!図星みたいよ?」
睨んだ先に俺は言ってないよと相葉さんの目は言ってる。
「聞いてないわよ。見れば判るって言ったでしょ」
「女の感よりオカマの感の方が鋭いんだから!」
相葉さんを囲んで早くも勝利の祝杯をしだす3人に心底馬鹿にされてる。
「あ〜こういう不幸な女が目の前にいるとお酒が美味しくないわね」
「不幸なんかじゃないです!」
「アンタは不幸よ?」
「何がでスカ!?」
「頭は悪いし顔は大した事がないし」
「初めて会って何が判るんですか!?」
「ほら。ちょっと言われたぐらいで本気になる所なんて頭悪いのモロ出しよ」
「本気になって何かいません!」
「まあ〜拗ねた顔もブッサイクねえ〜」
「公ちゃんも、もう少しマシな女にお金賭けなさいよ」
「公ちゃん?」
「やだ!今聞いた?」
「何。少しはおりこうさんなんじゃない!?」
「何がですか?」
「公ちゃんの名前知らないの?」
「知ってますよ。そのぐらい!相葉さん」
「下の名前は?」
「あ・・・・」
「ヤダ!公ちゃんったら!!」
きっと私の変な間にヤラレたらしい。
相葉さんの口から噴出したお酒が服にこぼれた。
「大丈夫ですよ!マジで勘弁してくださいって!」
我先にと他のテーブルからも服と言うよりも体にオカマ達が群がり
拒否する相葉さんを押し倒しドサクサに紛れてキス。
【汚される】
思わず立ち上がった私に気が付いてか偶然なのか。
「もう私今夜は歯磨きしないわ!」
何事もなかったように皆元の場所へ戻っていった。
「はあ〜久しぶりに公ちゃんとキスしたわね〜」
「無理やりだけどね」
高らかに大笑いする2人に挟まれて相葉さんの笑みがこぼれる。
「ビックリした?」
「うん。」
「心配した?」
「口拭いた方が」
「何よ!その言い方。まるで私達が汚いみたいじゃない!」
「俺は結構楽しかったけどね」
「何?本当はしたかったの!?早く言ってよ!」
その言葉と同時にまた他のテーブルの人達も立ち上がり
「いや!今日はもう本気で勘弁してください!」
店中のオカマと客の笑いの渦が巻き起こったけど私1人だけ笑えなかった。
お酒を飲んでいないからかもしれないけど笑えない。
相葉さんは何を私に教える為にココに連れてきたのか。
オカマの絶妙なタイミングで繰り広げられる
コントのような笑いでも憶えろと?
ただ攻められ不愉快なだけでサッパリ判らなかった。
「じゃあ、本題に戻りましょうかって聞いてる!?」
「アンタの事よ!」
「そう。頭の悪いアンタの為に公ちゃんは連れて来たんだろうから」
「はい。何でスカ」
「何よ。そのムカツク態度」
「公ちゃん?このブスやっちゃっても良い?」
「良いよ。お手柔らかにね」
相葉さんの言葉に両バサミで座ってきた2人に
「一応俺も男だからさ」
何をされるのか一瞬怖いと感じて目をつぶったのも肩透かし。
「私達って男の気持ちも女の気持ちも両方判るのよね」
「良い?幸せになれる女となれない女の違いって判る?」
「違い?」
「そうよ。決定的な違い」
「頭が悪いとか?」
「違うわよ。それはそれで好きな子なら可愛いもんよ」
「見た目とか?」
「違う!そんなの飽きちゃうもんよ。よ〜く考えてごらん」
1組のお客が帰ったのか。
相葉さんの両隣には違うオカマさんが座り勝手に盛り上がる中
私1人だけ素面で答えを探した。
「ブッブー!もっと考えてから言いなさいよ」
【幸せになれる女】と
【なれない女】の違い
ココに来てから早3時間。
どう考えても想像もつかない私に奥のテーブルから1人の女の子が手を振った。
相当飲んでいるのか
酔っ払ってる相葉さんも私が席を立った事に気がついていない。
「女の人も働いているんですか?」
「私?オカマだよ」
考えればすぐ判るのに。
やっぱり私はバカだ。
「私は美香。ヨロシクね」
本名は鈴木洋介。
このお店に入って6ヶ月目だと言った。
「前は東京にいてね」
「すごい!」
「何が?」
「東京に住んでいたんですか?」
「誰でも住めるよ」
「そうなんですか?」
「そうよ?アナタでもね」
よくよく考えればそうだけど、東京と言う言葉にトキメキが先走しった。
「東京からこっちに来たんですか?」
「そうよ」
「何でですか?」
「失恋したの。本気で好きだった彼にフラレテね」
「それでコッチに?」
「実家がこっちなの。でも親が煩いし家には帰ってないけどね」
「東京では1人暮らし?」
「ううん。2人」
「そのまま東京には住んでいられなかったんですか?」
「うん。すごいショックで。悲しくってさ苦しくってね。
何も食べれなくなってずっと寝込んでいたの。
4ヶ月間ただ泣いて眠るだけだったな」
遠い目になって行く美香さんの言葉に
間瀬の事を思い出して泣いてばかりだったアノ頃を思い出した。
「家賃とか光熱費とかいろいろとお金がかかるから
仕事行かなきゃ行けないって判ってたんだけど」
実家だし親がいるから、私の場合は光熱費とかそういう事の心配はなかった。
「人間って生きてるだけでお金がかかるのよね」
「生きてるだけで」
「そう。生まれた時から税金やら色々とね」
「生まれた時から?」
「ただ生きてるだけなのにね」
「生きてるだけなのに」
「そんな時にね?ほら相葉さんの右隣の子」
「白い服の?」
「そう。彼女から電話がかかってきて誘ってくれたの一緒に住まないって」
「一緒に?」
「東京から離れるのはイヤだったけど、ココで頑張ってまた東京に戻ろうと思って」
「東京ってそんなに良い所ですか?」
「良い所もあるけど、悪い所もあるかな」
「でも戻りたい?」
「絶対に戻ってヤルの」
「絶対に戻りたいと何で思うんですか?」
「コッチに比べたらやっぱり色々な人が集まってる場所だからね。
私という存在を主張も出来るし隠さなくても良いしね」
「こっちじゃダメなんですか?」
「ダメじゃないけど、私の気持ちがダメかな」
「私の気持ち」
「そう。私がどう生きて生きたいのか。人生って自分でどうにでも選べるでしょ」
「人生・・・」
「あっ!そろそろ閉店するから」
「閉店?」
「で、何の答えを出せって言われたの?」
答え所か質問さえ忘れていた私に美香さんがヒントをくれた。
「私がフラレタ理由は鬱陶しいから」
今彼が何をしてるのか何を考えているのか。
一々心配で不安だと思った事を口に出してよく喧嘩になった。
「好きって甘えるのと、好きって聞くのは違うって事」
聞いてはイケナイって感じたけど
聞いてしまった事で相手も言わざるえなくなる。
「もしあの時私が別れたい?って聞かなかったら今でも一緒にいたと思うの」
あの日。あの時。
この一言だけ聞かなかったら
「その時の顔見て聞かなきゃ良かったって今でも後悔してるよ」
顔を見て聞かなかったら
「多分、今でも一緒に居れたかもね」
そう答えたまま美香さんは涙を隠す為に私を席に戻した。
「空気が清清しいから帰ったのかと思ったわよ」
「今日ね?ある像を見たの」
「何言い出すかと思ったら。夢遊病じゃないの?」
女将さんの言ってる意味は良く判らなかったっていうか認めたくなかったけど。
「さっきの答えが出たの?」
「早く言いなさいよ」
「三猿になれって事ですか?」
「まあ、ちょこっとは当ってるんじゃない?」
「100点とは言えないけど20点ぐらいかしら?」
「違うんですか!?」
「違うといったら違う。当りと言ったら当り」
「女なんて来て欲しくないから特別に教えてあげる。イイ?」
自分が幸せになりたいなら
誰が見ても幸せだと思う方へ向かう事。
「私さえ我慢すればとか、私が頑張ればとかダメ!」
相手の為に自分が尽くさなければ、続かない関係は幸せにはなれない。
自分が無理をする相手なら幸せを望んではいけない。
「そういう恋しかしない女を」
【不幸好き】
ダメ男が寄って来るのではなく
騙されるのでもなく頑張ってる自分が好きなだけ。
「あの人は私がいなければダメなんですって言ってる自分が好きなのよ」
恋は頑張る物じゃない。
「恋は自分の気持ちを大事にする事。愛は相手の気持ちを大事にする事よ」
「相手の気持ち?」
「そう!アンタも次に恋したら愛に発展するように女を磨きなさい!」
「どうせ自分の気持ちだけ優先してきたんでしょ。だからフラレルの!」
確かに私は思った事を口にしてすぐに聞きたがる。
でも、聞かなきゃいられない事だってある。
不安で判らなくって。
「だからバカだって言うの!聞かずに寄り添ってみなさい」
「そう。何にも言わずにこうやって背中にギュ〜っとさ」
「じゃあ、電話の時は?」
「電話?」
「遠距離とか電話でしか話せない時は?」
「素直に相手の質問に答える事かしら」
「でも、言葉を選ばないとダメね」
「選ぶ?」
「聞かない方が。言わない方がって感じたら言わない事!」
「言わない事?」
「そう。アンタの言ったサルで例えたら見ざるがないでしょ」
「うん。」
「耳で聞いて口で話すだけしかないって事よ」
「そうですよ?」
「判ってないのにムカツク子ね〜!」
「本当にバカ!!遠いって事よ!」
「イイ?恋人同士って言うのはさ。寄り添って何ぼよ?」
一緒に過ごす時間を重ね
相手を思いやり尊重し
「同じ時間を喜び分かち合う」
「映画を見たり、食事をしたり」
「それってデートですよね?」
「そうよ。デートはお互いを知る大切な事よ?」
「食が合わないと上手く行かないし」
「癖でムカつく事あるわよね〜!」
「癖?」
「食事中に、イスでもどこでも片膝付いて食べるヤツ!」
「あ〜判る!判る!嫌よね〜」
「私は箸噛むヤツ!もう千年の恋も冷めるわ」
「爪楊枝をいつまでも噛んでさ!お前は岩鬼かって言うのよ」
「あの・・・」
「岩鬼ってドカベンに出てくるさ」
「判んないわよ!世代が違うんだから」
「あら・・・そう?で、何話してたっけ?あっそう!だから」
遠いという事は会えないという事。
嬉しい事も
悲しい事も
どんな時も
一緒にいたら分かち合える事も
すぐに許しあえる事も
【無い】
「だから言葉でしか伝えられないんだけど」
「ほら。ネットの書き込みとかでよくあるじゃない」
顔が見えない分、相手の事を思いやる気持ちがなくなる。
「顔を見ながらケンカするのと電話では違うのよ」
「2度と会わずに済むヤツなら尚更よね!」
その言葉にYUIちゃんとの最後の電話を思い出した。
まだ心の傷は治ってない。
あの日と同じ場所が苦しくなってくる。
「例えばデート中にケンカするとするじゃない?」
「こうさ!待てよって腕を掴まれてさ。
その瞬間に相手の温もりが伝わって我に返るのよね」
「で!抱きしめられる!」
「もう言葉なんてなくたって許しちゃう」
「それで」
「何?」
「許せるんですか?」
「あら〜ゴメンナサイ!まだお子ちゃまだから判らないか」
「そうそう。経験がないから判らないのよ」
「ないです」
「あらどうしたの?急に素直になって」
「調子狂うわね〜。何か暗いし」
「何か思い当たる事でもあるの?」
雅恵ママの言葉に頷く事もできなかった。
壊れてしまった戻らない時間。
本当の事を知ってもらう事も許してもらう事も出来ない
まだ思い出に変えられない時間。
俯く私の隣に座り雅恵ママが肩を抱いて話し続けた。
「今どんな顔してるのかな?とか判らないって不安だけど
でも心の目って言うの?何故か相手の事を思ってると感じるじゃない?」
顔は見えないけど温かい時間。
YUIちゃんとの時間が蘇る。
「彼の声をまっさらな心で聞くの。
お金とか地位とか名誉とか関係すると見逃しちゃう」
「何を?」
「声で判るから。浮気してるとか嘘をついてるとか」
「そうなんですか?」
「アナタの事を本当に好きなら、声で相手も判るものよ」
「本当に?」
「そうよ?」
「信じてもらえなかったよ?」
「何が」
「YUIちゃん」
私が泣き止んで落ち着いたのは閉店時間から1時間が経過してからだった。
カーテンの隙間から朝日が見える。
「公ちゃん寝たら起きないのよ〜!」
酔いつぶれた相葉さんを女が背負ってる不思議な光景。
雅恵ママは相葉さんをベッドまで運んでくれた。
「相変わらず殺風景なイヤな部屋ね」
雅恵ママも何度かコノ部屋に来た事を勝手に開けて取り出したグラスで聞かなくても判った。
「少しは成長したみたいね」
「何がですか?」
「アナタよ。来た事あるんですねとか言わないじゃない」
「本当だ・・・」
「人ってね。出会った人によっても変われる者なの」
「変われる?」
「成長とも言うけどね。この人の良いなって思う所があったらどんどん真似して自分の物にしなさい」
「自分のもの?」
「人の良いなって思う所だらけに自分がなれたら素敵な女になれるわ」
【私みたいに】
という捨てゼリフはオカマのジョークには聞こえなかった。
服や化粧。髪型とか見た目ではなく
街を歩く女の作られた知的さでもなく
女も男も超越した1人の人間としての真の美しさ。
「雅恵ママみたいにキレイになれるかな」
「何年オカマやってると思ってるの?道は長いわよ」
そう言って雅恵ママは帰って行った。
もっとたくさん雅恵ママと話したかった。
もっと早く出会っていれば
昨日行った女将さんの所でも気の利いた事が言えたかも知れない。
あんな聞かなくても良い事だって言わなかったかもしれない。
私って本当に馬鹿な子だったなって気が付いた事で迎え入れられたのだろうか。
この部屋を冷たいとは何故かもう感じない。
【お帰り】
そう部屋が言ってる気がして。
パジャマを忘れた事など気にせず
家主の了解を得なくても、この家が私の存在を認めてる。
シャワーを浴びてスーツ姿のまま眠る相葉さんの隣で少し成長した私は眠りについた。