chapter1 初恋の男に似た男
智子が来たのは予定より2日後。
「見てよ!このアザ!あんな家2度と帰らないよ!」
久しぶりに家に帰るなりお父さんに撲られて
外から部屋に鍵をかけられ出れない状態。
苛立ちは狂気へと変わり
マンションの5階の窓から
下にある植え込み目掛けて飛び降り脱走して来たらしい。
「で!例の話だけどさ」
所々擦り傷が出来てる。
その血が乾いただけの傷が気になって
智子の言葉に1人私だけ怒る事も声を出す事も出来なかった。
智子の話によると
ライブに行ったらNFのファンの子達に篤君の事で文句を言われ
その際に自分は出入り禁止になった事を知った。
「ローディーにも言われたけど信じられなくって!」
ローディーが何回かREIさんからの伝言を言いに来たけど
信じない智子にREIさんが直接出て来て理由を言われたらしい。
「うち等はしたけど、優奈ちゃんはしてないのに!」
正確に聞きたかった。
REIさんに私の事を智子が何て言ったのか。
怒りを抑えきれない智子の口から出たのは
私が乱交に加わってたという
REIさんの間違いだけで私が知りたかった内容じゃない。
声に出して聞こうと思った時
「あの女がさ、私の事見て笑いやがって!本気でぶっ飛ばしたかったよ!」
その言葉に誰が何て言ってたのかなんてどうでも良くなった。
あの女が笑ってた。
憎しみで体中が怒りに震えてきた。
「で!YUIちゃんが打ち上げから出て来たから話そうと思ったけど」
きっと私に電話をして来た時だと思う。
「超無視されて!だから優奈ちゃんはやってない!って叫ぶしか出来なくって」
YUIちゃんとは、もう終ったと思った。
唯一の頼みの綱の智子が
YUIちゃんに私は何も知らないで来ただけって全てを話してくれてるって少し期待してた。
「もういいよって・・・」
「優奈ちゃん大丈夫だよ!私達がどうにかしてあげるから!」
もう終ってしまった
2度と元には戻れない事。
YUIちゃんから電話が来たって
写真と手紙の事で怒鳴られるかもしれない。
もし、本当の事を判ってくれたとしても
2度と前みたいには思ってくれない。
私も引きずって素直になんてなれない。
きっとあの女の嘘でまた私が傷つくだけ。
好きな人には素直になれば全て上手く行くって信じてた私の心は破壊してた。
【早く忘れたい】
YUIちゃんの顔と声。
温もりも匂いも。
一緒に過した幸せな時間も何もかも忘れたい。
【誰でもイイ】
YUIちゃんの感触を。
何もかも消したい。
本当はこのまま消えてなくなりたい。
でも、このままYUIちゃんに抱かれたままの私消えたくなかった。
「戻れないよ?それでもイイの?」
本当に怖かった。
あんなに怒った声で。
頑張って言おうと思ったのに
勇気を出して全部言おうと思ったのに全然聞いてくれなかった。
早く忘れてしまいたいYUIちゃんと過ごした時間。
あの女さえ嘘を付かなかったら今も幸せだったかもしれない時間。
「言わないでおこうと思ったけどさ。
YUIちゃんとあの女ね。途中でバックレたよ」
バックレるっていう意味が判らなかった。
途中で2人が打ち上げ会場を出てYUIちゃんの車で出たまま戻って来なかったらしい。
「ありがとう。もうコレで・・・」
「泣かないでよ!優奈!」
もう出ないと思ったけど、涙が溢れまくった。
バカな私でも、2人はそういう行為をしたって事ぐらい判る。
あの女への怒りで心が溢れ固まったと思ったけど
YUIちゃんへの悲しみで体がちぎれそうだった。
一緒に泣いてくれる夏美と智子の暖かさと匂いに抱かれてたら
女ではなく早く1秒でも早く
【男の匂い】が欲しいと思った瞬間
ナンパして来た間瀬に似た男の人が頭に浮かんだ。
「私この人がイイ〜!」
間瀬に似た男の名前は「相葉」と言った。
「何か予想外だな。
結構積極的なんだね」
ナンパされた時と同じ街の待ち合わせ場所で
会った途端に彼の腕に絡みついた。
どんな性格か何てどうでもイイ。
間瀬に似たこの人じゃないと意味がない。
「すっご〜い」
「ココは初めて?喜んでもらえて良かった」
ドラマに出てくるようなお洒落なお店。
あの日にいなかった1人と合わせて男3人と女3人。
「マジで!?」
智子は高1で夏美と私は高2の現役女子高生と知って3人とも驚いていたけれど
「今日は何時まで一緒にいれるの?」
引く事もなく、お酒を勧めた。
打上げで初めて行った居酒屋とは違って
お洒落な感じの料理と店内の雰囲気。
薄暗い照明で隣の相葉さんの顔がさらに間瀬に近づいた。
「何かショックだな〜!俺初めて会った時に優奈ちゃんに恋したのに!」
大人しそうで、遊びじゃなくって彼女にしたい子って感じたと
ナンパしてきた日に相葉さんと一緒にいた男がそう言うけど全然嬉しくない。
話しかけて来られる事さえ鬱陶しく感じた。
「相葉さんは私と夏美とどっちがタイプだった?」
「どっちだったら嬉しい?」
「じゃあ、私の方がタイプって言わせてみせる」
「何か優奈ちゃんって見た目と違うよね。好きだよ。そういう女」
もうこんな場所に用はない。
早く相葉さんと2人になりたい。
「優奈ちゃん!」
トイレを出るとさっきの男が立っていた。
「アイツさ彼女いるよ?だから」
「だから?別に彼女になりたいとかそういう関係望んでないんだけど」
きっと驚いてたと思う。
言い捨てて男1人置き去りにする優越というのを初めて経験した。
「良いの?心配してない?」
「相葉さんとバックれるって夏美にメールしたから大丈夫!」
相葉さんの腕に絡まりながら初めて泊まった思い出のホテル
YUIちゃんが抱きしめてくれたコノ道
幸せな女の子だった私に「サヨナラ」を告げながら歩いた。
「何処に行きたい?」
「相葉さんは何処に行きたい?」
「ホテルって言いたい所だけど、もう1軒連れて行きたい所がある」
そう告げられて入ったのは
車通りの多い大きな道路に面したビルの中。
エレベーターの扉が閉まって行くのを見たら急に
もう戻れないって。
壊されたYUIちゃんとの恋を思い出し
2度と私も戻れないって感じた。
「ここなんだけど。どうしたの?」
「ううん。何でもない」
扉に入る前に相葉さんは電話をかけだした。
「相葉ですけど」
そう一言だけ言って電話を切ると扉が開いて中から1人の男の人が出てきた。
店内はたくさんの大きな水槽。
水槽の電気だけしか明かりがないように見える
とっても不思議な大人の空間の中
窓も何もない水槽に囲まれたソファーの席に案内された。
「こういう所に来た事ないでしょ」
場違いともいえるような場所に言葉も出ない私を見て相葉さんが微笑んだ。
「よく来るんですか?」
「仕事の事でね。
ゆっくりしたい時とか落ち着いて考えたい時にね 大体1人で来るかな」
名前も判らない優雅に泳ぐ魚達を見てると
私も自然に落ち着いて行く気がする。
何が飲みたいとも聞かずに
相葉さんは何かを店員にオーダーして私の隣に移動した。
「向かい合わせよりコッチの方が落ち着くでしょ」
「何で判るの?」
相葉さんは私の事をお見通しなのかと思った。
失恋してヤケになって誰でも良いからと思ってる事まで見透かしてるのかと思ってた。
「優奈ちゃんって甘えっ子さんな気がしてさ」
店員が白いカクテルみたいな物と
相葉と書かれたボトルを持って来た。
相葉さんが選んでくれた飲み物はココナッツの味がして私好みでスゴク美味しかった。
「こんな事好きかな?喜ぶかな?って。
相手の事を考えればさ。何となく感じる物があるでしょ」
「相葉さんってイイ人だね」
「そんな事ないよ。この後はホテルに連れてこうと思ってるのに?」
「すっごくイイ人だよ」
「そう?悪いヤツかも知れないよ」
「彼女がいるのに女子高生をホテルに連れ込もうとしてるから?」
「誰が言った?」
「相葉さんがイイなら私はイイよ。今日だけでも幸せだよ」
「何かあったの?今日だけって淋しい事言うね」
子供って思われてもイイから全部話そうと思った。
全部を知っていて、そういう関係になれたら気持ちが楽になれるって思った。
「そう言えば俺に何となく似てるね」
間瀬の画像を見て相葉さんは照れた笑いを浮かべた。
「まだ好きなの?」
「好きだよ」
「じゃあ、俺の事さ。この彼の変わりだと思ってるのを変えに行こうか」
「え?」
「もう酔いは覚めたんじゃない?これはジュースだよ」
酔ってる状態じゃなく
酔いを覚まさせる為にココへ連れて来たと言った。
「今日は帰さないと言いたい所だけど、どっちが良い?」
「それって」
「怖いなら今日は止めておくけど?」
「同じ事言ってた」
「YUIって人?」
私の出した答えは
このまま帰らないって事。
「俺のマンションが良いかホテルとどっちが良い?」
「相葉さんって2択問題みたい」
「俺の家じゃあ安っぽく見られちゃうかなって。ラブホテルって行った事ある?」
「ないです」
「行ってみたい?」
「ちょっと行ってみたい」
「じゃあ、今日は可愛い系と・・・
ってまた選択って言われちゃうか。よし俺に付いて来い!」
手を上げた相葉さんの前にタクシーが止まった。